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【最終章開始!】婚約破棄された私、魔獣と話せるスキルで暴れる竜を通訳したら、冷徹騎士団長様に「俺の恋心も通訳してくれ」と溺愛されています  作者: 月雅
最終章

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第7話 言葉を超えた対話



 通信水晶に映し出される映像は、鮮明でありながら、どこか現実味のない光景のように見えた。


 北の国境付近。

 荒れ果てた平原の中心に、一体の巨大な魔獣が暴れていた。

 岩のような皮膚を持つ巨獣。

 その体躯は、ポチの二倍はあるだろうか。

 振り回される腕の一撃で、大木がマッチ棒のように折れていく。


「……大きいな」


 隣で映像を見つめるグレイド様が、低く呻いた。

 公爵邸の作戦室。

 私たちは固唾を呑んで、子供たちの戦いを見守っていた。


 画面の中で、黒い疾風が駆け抜ける。

 ポチだ。

 背中にはアレンとレンが乗っている。

 彼らは魔獣の懐に飛び込み、しかし剣を振るうことはしなかった。


「討伐しないの?」


 私が呟くと、グレイド様が目を細めた。


「いや、彼らは気づいているんだ。あの魔獣が、ただ暴れているだけではないことに」


 確かに、魔獣の動きはおかしい。

 周囲を破壊してはいるが、特定の方向へ進もうとはしていない。

 その場でのたうち回り、何かを振り払おうとしているように見える。


『グルォォォッ!』


 魔獣の咆哮が、水晶越しにも響いてくる。

 私には聞こえる。

 その声に含まれる、苦痛と混乱の響きが。


『痛い! 取れない! 誰か助けて!』


 助けを求める声。

 かつて、ヴェルドアや始祖竜が発していたものと同じだ。


 私は反射的にマイクに向かって叫ぼうとした。

 「怪我をしているのよ! 背中を見て!」と。

 通訳してあげれば、すぐに解決する。

 双子を危険に晒さなくて済む。


 けれど。


「……っ」


 私は言葉を飲み込んだ。

 画面の中の双子が、すでに動いていたからだ。


 ポチが急停止し、アレンが飛び降りた。

 彼は剣を抜き、盾を構えて魔獣の正面に立つ。


「こっちだ! 僕を見ろ!」


 アレンが叫び、剣の腹で盾を叩く。

 カンカンッ! という音が響き、魔獣の注意が彼に向く。

 危険な囮役。

 一歩間違えれば踏み潰される距離だ。


 しかし、アレンは退かない。

 その瞳は、恐怖ではなく、相手を理解しようとする強い意志で輝いていた。


 その隙に、レンを乗せたポチが、音もなく背後へと回り込む。

 レンはポチの首に捕まりながら、魔獣の背中を凝視していた。

 観察しているのだ。

 かつて、小竜だった頃のポチを救った時と同じように。


「……見つけた!」


 水晶越しでも、レンの口がそう動くのがわかった。

 彼が指差した先。

 魔獣の背中の、分厚い皮膚の隙間に、何かが食い込んでいた。

 古びた槍の穂先だ。

 昔の戦いで受けた傷が、化膿して痛んでいるのだろう。


 原因はわかった。

 でも、どうする?

 相手は暴走する野生の魔獣だ。

 ポチの時とは違い、近づけば反撃される。


 その時、ポチが動いた。

 攻撃ではない。

 彼は翼を広げ、魔獣に向かってゆっくりと歩み寄った。

 そして、低く、穏やかな声で鳴いた。


『グルルルゥ……』


 威嚇ではない。

 それは、同族に語りかけるような、宥めるような響きだった。

 不思議なことに、その声を聞いた瞬間、魔獣の動きがピタリと止まった。


 ポチの声には、特別な力が宿っていた。

 それは、亡きヴェルドアから受け継いだ「王の威厳」と、始祖竜から教わった「慈愛」が混ざり合った、彼だけの言葉。


『大丈夫だ。俺たちが楽にしてやる』


 私には、ポチの心がそう言っているのが聞こえた。

 そしてそれは、言葉が通じないはずの魔獣にも、確かに届いていた。


 魔獣の瞳から、狂気の赤色が引いていく。

 代わりに浮かんだのは、戸惑いと、期待の色だった。


 その一瞬の静寂を、レンは見逃さなかった。


「今だ! ポチ!」


 ポチが跳躍する。

 レンがポチの背中で立ち上がり、魔獣の背中に飛び移った。

 彼は槍の穂先を両手で掴み、渾身の力で引き抜く。


 ズプッ!


 黒い血と共に、錆びついた槍が抜けた。


『グオォォッ!』


 魔獣が悲鳴を上げ、体を震わせる。

 けれど、暴れはしなかった。

 痛みが消えていくのを、驚いたように確認している。


 レンは魔獣の背中をポンと叩き、すぐにポチの背中へと戻った。

 深追いはしない。

 相手の尊厳を守る、見事な引き際だった。


「……終わったな」


 グレイド様が、ふぅと息を吐いた。

 彼の手が、私の手を強く握りしめる。

 その手が微かに震えていることに、私は気づいていた。

 最強の騎士団長であっても、親としては心配でたまらなかったのだ。


「ええ。あの子たち、またやりましたね」


 私は涙ぐみながら微笑んだ。

 画面の中では、魔獣が大人しく森へと帰っていく後ろ姿が映っていた。

 去り際に一度だけ振り返り、双子とポチに向かって小さく頭を下げたように見えた。


 言葉はいらない。

 通訳もいらない。

 彼らはもう、自分たちのやり方で、世界と対話する方法を確立していたのだ。


 周囲の騎士たちが、歓声を上げて双子に駆け寄っていく。

 古参の騎士が、涙を流してアレンの手を握っている。

 「団長そっくりだ」という声が聞こえた。


「……私の負けですね」


 私は水晶に映る息子たちの笑顔を見つめながら、呟いた。


「通訳がいなければダメだなんて、私の思い上がりでした。あの子たちは、言葉を超えてしまった」

「いや。君の勝ちだ」


 グレイド様が私を引き寄せ、優しく肩を抱いた。


「君が教えたんだ。『相手を知ろうとする心』こそが、最強の武器だと。彼らはそれを、君の背中を見て学んだんだよ」


 彼の言葉に、胸がいっぱいになる。

 私の「孫の手」は、物理的な道具としてだけでなく、精神的な教えとしても、確かに受け継がれていたのだ。


「……早く、帰ってきてほしいですね」

「ああ。ご馳走を用意して待とう」


 私たちは顔を見合わせ、頷いた。

 モニターの向こうで、アレンとレンがこちらに向かって手を振っているような気がした。


 英雄の凱旋だ。

 でも私にとっては、愛しい息子たちの帰宅でしかない。

 

 「おかえり」と言う準備をするために、私たちは作戦室を後にした。

 外はもう、雪が止み、晴れやかな青空が広がっていた。


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