第1話 七光りと言われても、僕らは僕らだ
月日の流れは早いもので、あれから数年の時が過ぎていた。
公爵邸の庭園では、今日も今日とて賑やかな声が響いている。
けれど、その声の主たちはもう、よちよち歩きの幼児ではない。
「アレン、右だ! ポチ、左から回れ!」
「わかってる! レンこそ遅れるなよ!」
芝生の上を疾走するのは、10歳になった双子の息子たちだ。
背も伸び、手足も長くなり、少年らしい精悍さが顔つきに現れ始めている。
彼らがまたがっているのは、立派な若竜へと成長したポチだ。
『グルルッ!』
ポチが喉を鳴らし、風のように駆ける。
言葉など交わしていないのに、三者の動きは一つの生き物のように滑らかだ。
「……大きくなりましたね」
私はテラスからその様子を眺め、感慨深く呟いた。
隣には、同じく年を重ね、目元の笑い皺が魅力を増した夫、グレイド様がいる。
「ああ。来月からは、いよいよ騎士団での見習い生活が始まる」
「心配ですね。あの子たち、うまくやれるでしょうか」
「お前が心配することはないさ。彼らは強い」
グレイド様は私の肩を抱き寄せた。
その温かさに、少しだけ不安が和らぐ。
そう。
アレンとレンは、特例として竜騎士団の「見習い候補生」に入団することが決まっていた。
まだ正式な騎士ではないけれど、竜の世話や訓練の補助をする従者枠としての採用だ。
もちろん、団長であるグレイド様の息子だからという理由だけではない。
彼らの騎乗技術と、竜を手懐ける才能は、大人たちをも凌駕しているからだ。
けれど、世間の目は冷たい。
「伝説の巫女の息子なのに、魔獣の声が聞こえない落ちこぼれ」
「親の七光りで入団できただけだ」
そんな心ない噂が、私の耳にも届いていた。
***
入団初日。
私は双子の制服の襟を整え、送り出した。
「いい? 挨拶は元気にね。あと、ポチのご飯は忘れないように」
「わかってるって、ママ」
「行ってきます!」
二人は元気よく手を振り、ポチを連れて騎士団の駐屯地へと向かった。
私は祈るような気持ちで、その背中を見送った。
その日の夕方。
私はこっそりと、騎士団の様子を見に行くことにした。
過保護だとはわかっているけれど、どうしても気になってしまったのだ。
グレイド様には内緒で、フードを目深に被って訓練場の隅に紛れ込む。
そこには、黙々と厩舎の掃除をする双子の姿があった。
ポチも手伝って、鼻先で箒を押している。
微笑ましい光景だ。
しかし、その背中に浴びせられる視線は、決して温かいものではなかった。
「おい見ろよ。あれが団長の息子たちか」
「フン、いい気なもんだな。竜語も話せないくせに、コネ入団とは」
休憩中の騎士たちが、わざと聞こえるような大声で陰口を叩いている。
古参の騎士たちだ。
彼らは「竜騎士とは、言葉で竜を支配するものだ」という古い伝統を重んじている。
だから、言葉を使わずに心で通じ合う双子のやり方が、気に入らないのだろう。
「……悔しい」
私は木陰で拳を握りしめた。
あの子たちの才能は本物なのに。
言葉なんてなくても、誰よりも竜と通じ合えるのに。
飛び出して行って、文句の一つでも言ってやりたい衝動に駆られる。
「私の息子たちを馬鹿にするな!」と。
でも、私は動かなかった。
いいえ、動けなかった。
アレンとレンが、手を止めたのだ。
彼らは顔を見合わせ、そしてニッと笑った。
「……聞こえてる?」
「うん。でも、関係ないよね」
二人は再び掃除に戻った。
怒るでもなく、悲しむでもなく。
ただ淡々と、自分たちのやるべきことを続けている。
その姿は、痛々しいほどに大人びていた。
「ポチ、あそこの汚れが残ってるよ」
『ワンッ!』
ポチが尻尾でゴミを掃き出す。
彼らの間には、外野の声など入り込む隙間もないほど、強固な世界が出来上がっていた。
私は胸が熱くなった。
あの子たちは、もう私が守らなければならない弱者ではない。
自分の足で立ち、自分の力で偏見と戦おうとしているのだ。
「……立派になったな」
背後から声がして、私はびくりと振り返った。
グレイド様だった。
彼もまた、柱の陰から息子たちを見守っていたらしい。
「あ、あなたこそ。過保護ですね」
「お互い様だ」
グレイド様は苦笑し、私の手を取った。
「彼らは強い。私たちが思う以上に」
「ええ。そうですね」
私たちは並んで、子供たちの背中を見つめた。
親ができることは、もう手出しをすることではない。
信じて、見守ることだけなのだ。
その時。
ガシャガシャと鎧を鳴らして、一人の騎士が双子に近づいていった。
恰幅のいい、強面の中年騎士だ。
先ほど一番大きな声で悪口を言っていた男だ。
「おい、小僧ども」
騎士が威圧的に声をかける。
双子は作業の手を止め、礼儀正しく振り返った。
「はい。何か御用でしょうか」
「掃除ごときで竜騎士気取りか? 言葉もわからん半端者が、ここにいるだけで目障りなんだよ」
騎士は双子の足元に唾を吐き捨てた。
あまりの無礼さに、私は息を呑んだ。
グレイド様の目が、氷のように冷たくなるのがわかった。
「お前らが本当に団長の息子なら、実力で示してみろ」
騎士は腰の木剣を投げ渡した。
「模擬戦だ。俺に一撃でも入れたら、認めてやるよ。……もっとも、竜とお喋りもできない餓鬼に、何ができるとも思えんがな」
挑発だ。
大人が子供相手に、しかも入団初日の見習いに決闘を申し込むなんて。
アレンとレンは、足元の木剣を拾い上げた。
そして、顔を見合わせ、静かに頷いた。
「わかりました。お受けします」
逃げなかった。
彼らは真っ直ぐに騎士を見据え、構えを取った。
その瞳には、恐怖も、驕りもなかった。
ただ静かな闘志だけが燃えていた。
ポチが低く唸り、二人の背後に立つ。
三人対一人の、変則的な模擬戦。
「……止めますか?」
私が尋ねると、グレイド様は首を横に振った。
「いや。彼らが選んだ道だ。最後まで見届けよう」
風が吹き抜ける。
訓練場の空気が、一瞬にして張り詰めた。
言葉なき連携を見せる時が来たのだ。
新時代の竜騎士たちの実力を、大人たちに思い知らせてやる時が。
私は祈るように手を組み、息子たちの戦いを見守ることにした。




