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【最終章開始!】婚約破棄された私、魔獣と話せるスキルで暴れる竜を通訳したら、冷徹騎士団長様に「俺の恋心も通訳してくれ」と溺愛されています  作者: 月雅
第4章

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第7話 小さな手、大きな奇跡



 レンの小さな指が、硬く逆立った鱗の下へと潜り込んだ。


 ビクリ、と小竜の体が跳ねる。

 痛いのだ。

 化膿して熱を持った患部に、異物が触れる感触。

 野生動物なら、反射的に噛み付いていてもおかしくない瞬間だった。


『ギャッ! い、痛ぇ! 何すんだ!』


 小竜の悲鳴が脳内に響く。

 暴れようとして、後ろ足が地面を掻く。


「ダメだ! 動いちゃダメ!」


 正面で小竜を抱きしめていたアレンが、さらに強く腕に力を込めた。

 顔を小竜の鼻先に押し付け、泥だらけの頬を擦り寄せる。


「痛いよね、ごめんね。でも、レンが治してくれるから。信じて!」


 アレンの声は震えていた。

 怖いのだ。

 目の前には鋭い牙がある。

 もし噛まれたら、大怪我をするかもしれない。

 それでも、彼は逃げなかった。


『放せ! 痛いんだよぉ!』


 小竜が首を振る。

 アレンの体が振り回される。

 それでも、しがみついて離さない。


「アレン、もう少し! もう少しで取れる!」


 背後にいるレンが叫んだ。

 彼の指先は、患部の奥深くにある「何か」に触れていた。

 泥と膿で固まった、鋭利な小石。

 それが肉に食い込んでいるのが、原因だ。


「……んんっ!」


 レンが歯を食いしばる。

 指先が切れて、血が滲んでいるのが見えた。

 竜の鱗は刃物のように鋭い。

 無茶だ。

 見ているだけで、私の指先まで痛くなってくる。


「止めますか?」


 隣のグレイド様が、低く囁いた。

 いつでも飛び出せるよう、筋肉が張り詰めている。

 子供たちの血を見て、父親としての忍耐が限界に近いのだ。


 私は首を横に振った。


「いいえ。……見てください、小竜の目を」


 暴れているけれど、小竜はアレンを噛もうとはしていなかった。

 口を開けて威嚇はしても、牙を立てることはない。

 迷っているのだ。

 目の前の小さな人間たちが、自分を傷つけようとしているのか、助けようとしているのか。


 言葉は通じない。

 でも、アレンの体温と、レンの必死な指先の感触は、確かに伝わっているはずだ。


「……とれた!」


 レンが勢いよく手を引き抜いた。

 その指先には、黒く汚れた小石が摘まれていた。

 小指の先ほどの、尖った石ころ。

 たったこれだけのものが、この小さな竜を苦しめ、狂わせていたのだ。


 プシュッ、と患部から膿が出る音がした。

 圧迫されていた神経が解放される。


『……あ?』


 小竜の動きが止まった。

 痛みが、引いていく。

 代わりに、ジンジンとした熱と、不思議な爽快感が広がっていく。


『痛く……ない?』


 小竜は信じられないという顔で、自分の背中を見ようと首を捻った。

 そこには、泥と血で汚れた手で、心配そうにこちらを見つめるレンがいた。


「どう? まだ痛い?」


 レンが恐る恐る尋ねる。

 アレンも、抱きしめていた腕を緩め、小竜の顔を覗き込んだ。


「ごめんね、痛かったよね。よしよし」


 アレンが小竜の頭を撫でる。

 その手つきは、私がいつもヴェルドアにしてあげているのと、そっくりだった。


 小竜の瞳から、険しい光が消えていく。

 ギラギラとした野生の敵意が霧散し、代わりに幼い子供のような、頼りなげな色が浮かぶ。


『……お前ら、俺を……治したのか?』


 私にしか聞こえない、心の声。

 でも、その意味は、双子たちには伝わっていた。


 小竜が、クゥンと小さく鳴いた。

 そして、アレンの頬に、ザラザラした舌を伸ばした。


 ペロリ。


 泥だらけの頬を、舐める。


「あっ! くすぐったい!」


 アレンが笑った。

 レンも駆け寄ってきて、小竜の首に抱きつく。


「よかったぁ! 怒ってない! 友達だ!」

「うん! 僕たち、やったよ!」


 小竜はされるがままになっていた。

 むしろ、もっと撫でてくれと言わんばかりに、二人に体を擦り付けている。


『あったかい……いい匂い……』

『こいつら、敵じゃない……仲間だ……』


 完全に、心を許している。

 言葉なんていらなかった。

 「痛いのを治してあげたい」という純粋な思いと、それを実行する勇気。

 それだけで、種族の壁も、言葉の壁も、簡単に乗り越えてしまったのだ。


「……すごい」


 私は木陰から出て、ふらふらと歩み寄った。

 涙が止まらなかった。

 自分の子供たちが誇らしくて、愛おしくて。


 そして、同時に肩の荷が下りた気がした。


 私はずっと、自分の「魔獣通訳」という能力がなければ、竜と心を通わせることはできないと思い込んでいた。

 だからこそ、子供たちに能力が遺伝しなかったことを気に病んでいた。

 「この子たちは、私がいなければ竜と仲良くなれない」と。


 なんて傲慢だったのだろう。

 

 目の前の光景が、答えだ。

 言葉がわからなくても、心は通じる。

 いや、言葉に頼らない分、もっと深く、強く、相手を感じ取ることができるのかもしれない。


 私の能力は、単なるきっかけに過ぎなかったのだ。

 本当に大切なのは、相手を思う心と、汚れることを厭わない手。

 「孫の手」がなくたって、彼らの小さな手は、魔法よりも素晴らしい奇跡を起こした。


「ママ! パパ!」


 私たちが近づいてくるのに気づいて、双子が満面の笑みで手を振った。


「見て! 仲良くなれたよ!」

「石が刺さってたんだ! 僕が取ったんだよ!」


 泥だらけで、傷だらけの勲章を見せびらかす二人。

 私は駆け寄って、二人まとめて抱きしめた。

 泥がドレスについても構わない。


「ええ、見ていたわ。とっても……とってもかっこよかったわよ」

「本当?」

「本当よ。パパもママも、びっくりしちゃった」


 グレイド様も、優しく目を細めて二人の頭を撫でた。


「よくやった。お前たちは、最高の竜騎士だ」


 父からの最高の褒め言葉に、双子は照れくさそうに、でも誇らしげに胸を張った。


 小竜――ポチが、私の方を見て首を傾げた。

 私が誰なのか、探っているようだ。


『……お前、あいつらの親か?』


 生意気な口調。

 でも、そこにはもう敵意はない。


「そうよ。あの子たちのママよ。よろしくね、ポチ」


 私が微笑むと、ポチはフンと鼻を鳴らし、アレンの後ろに隠れるように体を寄せた。


『ふん。俺のダチに手を出すなよ。……あと、腹減った』


 現金なやつだ。

 でも、それが生きていくということだ。


 雨雲が去り、雲の切れ間から月が顔を覗かせていた。

 嵐は過ぎ去った。

 そして、私たちの家族に、新しい、小さな家族が増えた夜だった。


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