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【最終章開始!】婚約破棄された私、魔獣と話せるスキルで暴れる竜を通訳したら、冷徹騎士団長様に「俺の恋心も通訳してくれ」と溺愛されています  作者: 月雅
第4章

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第5話 嵐の夜の脱走



 稲妻が夜空を引き裂き、一瞬だけ世界を白く染め上げた。


 バリバリッという衝撃音と共に、窓ガラスがガタガタと震える。

 直後、遠くの演習場から、別の破壊音が響いてきた。

 木材がひしゃげ、何かが弾け飛ぶ音だ。


『ギャオオオオッ!』


 悲鳴のような咆哮が、雨音を切り裂いて届く。

 小竜だ。

 雷の音にパニックを起こし、檻を破ったのだ。


「ママ! パパ!」


 廊下から、切羽詰まった声が聞こえた。

 寝室の扉が開くと、パジャマ姿のアレンとレンが立っていた。

 二人の顔は蒼白で、唇が震えている。


「ポチが! ポチが逃げちゃった!」

「雷が怖いんだ! 助けてあげなきゃ!」


 二人は私たちに報告するや否や、返事も待たずに玄関へと駆け出した。

 外は暴風雨だ。

 子供だけで行かせるわけにはいかない。


「待って! アレン、レン!」


 私はショールを掴んで立ち上がった。

 グレイド様も無言で上着を羽織り、私の手を取る。


「行くぞ、エルマ。だが約束だ。……手は出すな」

「わかっています。でも、もしもの時は……!」

「その時は私が守る。君は、彼らの勇気を見届けてやってくれ」


 彼の力強い眼差しに、私は頷いた。

 私たちは嵐の中へと飛び出した。


 ***


 庭園は泥沼のようだった。

 激しい雨が視界を遮り、強風が体温を奪っていく。


 私たちは庭木の陰に身を潜め、演習場の方角を凝視した。

 闇の中で、何かが暴れている。

 時折走る稲妻の光で、その姿が浮かび上がった。


 小竜だった。

 双子が作った木製の檻は跡形もなく粉砕され、小竜は泥まみれになりながらのたうち回っている。

 怪我をした足を引きずり、見えない敵を威嚇するように噛み付く動作を繰り返している。


『くるな! あっちいけ! 殺される!』

『光るな! 大きな音がするな! こわいよぉ!』


 錯乱した思考が、私の脳内に流れ込んでくる。

 可哀想に。

 まだ子供なのに、怪我と飢えで弱っているところに、この嵐だ。

 正気を保てという方が無理だろう。


「ポチー! ポチー!」


 雨音に負けない大声で、アレンとレンが叫んでいた。

 二人は泥だらけになりながら、暴れる小竜に近づいていく。

 小さな体で、必死に風に耐えながら。


「大丈夫だよ! 僕たちがいるよ!」

「怖くないよ! こっちにおいで!」


 レンが毛布を広げて見せる。

 昼間、一生懸命温めていたミルクの入った水筒を、アレンが掲げる。


 けれど、パニック状態の小竜には届かない。


『敵だ! 人間だ! 俺を捕まえに来たんだ!』


 小竜が二人を敵と認識し、牙を剥いた。

 低い姿勢で構える。

 飛びかかる予備動作だ。


「危ない!」


 私が叫びそうになった口を、グレイド様の手が塞いだ。

 見上げると、彼は厳しい表情で首を横に振った。

 信じろ、と目が言っている。


 その時。

 上空の木の枝で、黒い影が動いた。

 ヴェルドアだ。

 彼は姿を見せず、気配だけでそこにいた。

 ふわりと、不可視の障壁が子供たちの前に展開されるのを感じる。

 最悪の事態――爪や牙による致命傷だけは防げるように、彼が守ってくれているのだ。


 ありがとう、ヴェルドア。

 私は心の中で感謝し、祈るように両手を組んだ。


 小竜が飛びかかった。

 しかし、足がもつれて転倒する。

 弱っているのだ。

 泥水を跳ね上げて転がる小竜。

 みじめで、痛々しい姿。


 アレンとレンは、逃げなかった。

 転んだ小竜に駆け寄り、毛布をかけようとする。


「痛かったね! ごめんね!」

「もう大丈夫だよ! 僕たちが守るから!」


 その優しさが、逆に小竜を追い詰めた。

 追い詰められた獣は、最後の手段に出る。


 カッ!


 小竜の喉の奥が、赤く発光した。

 熱気が周囲の雨粒を蒸発させ、白い湯気が立ち上る。

 ブレスだ。

 幼体とはいえ、竜の炎だ。至近距離で受ければただでは済まない。


「逃げて!」


 今度こそ、私は叫んでいた。

 グレイド様も体が動いている。

 ヴェルドアの結界があるとはいえ、炎の熱までは完全に防ぎきれないかもしれない。


 けれど。

 双子は動かなかった。

 逃げるどころか、一歩前に出たのだ。


「アレン、レン!」


 二人は両手を広げ、立ちはだかった。

 小さな体で、小竜の視界を覆うように。


「吐いちゃダメだ!」

「そんなことしたら、もっと悲しくなるよ!」


 二人の叫び声。

 言葉は通じないはずだ。

 小竜には「ダメだ」の意味なんてわからないはずだ。

 でも、彼らの気迫だけは、確かに空気を震わせていた。


 ゴォッ!!


 小竜が口を開いた。

 赤い炎の塊が吐き出される。

 しかし、それは本来の破壊的なブレスではなかった。

 体力が尽きかけているせいか、あるいは迷いがあったのか。

 吐き出されたのは、咳き込むような、ボッと燃え上がる小さな火球だった。


 炎は双子の足元の草を焦がし、雨に濡れてジュッと音を立てて消えた。

 ボヤ騒ぎ程度の熱気。

 それでも、子供たちの顔を照らすには十分な明るさだった。


 アレンとレンは、瞬きもしなかった。

 炎の熱さに怯むことなく、まっすぐに小竜の目を見据えている。


「……僕たちは、君を傷つけない」

「君も、僕たちを傷つけたくないはずだよ」


 アレンが静かに言い、一歩近づいた。

 レンも続く。


 小竜は口から煙を吐きながら、呆然と二人を見ていた。

 威嚇の姿勢が解け、困惑したように首を傾げる。


『……なんだ、こいつら』

『なんで逃げないんだ……怖くないのか……?』


 恐怖よりも、困惑が勝っている。

 通じない言葉の代わりに、彼らの「逃げない」という行動が、小竜の心に小さな風穴を開けたようだった。


 木陰で見ていた私は、へなへなと力が抜けてグレイド様に寄りかかった。

 心臓が止まるかと思った。

 でも、あの子たちはやり遂げた。

 親が思うよりもずっと強く、優しく成長していたのだ。


「……見事だ」


 グレイド様が低く呟く。

 その声には、隠しきれない誇らしさが滲んでいた。


「行くぞ、エルマ。ここからは、彼らの時間だ」


 小竜はまだ警戒を解いていない。

 けれど、決定的な拒絶の壁は、今の一瞬で崩れ去った気がした。


 雨脚が弱まっていく。

 嵐の中心で、小さな三つの命が向かい合っている。

 私たちは息を潜め、奇跡の続きを見守ることにした。


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