96.なーんも
一本の雷がグリム・アスシュナーベルの身体に触れた。
「ギィ……?」
グリム・アスシュナーベルは不思議そうにそちらに視線を向ける。
ヨハンとリーゼも同じ方向を見る。
そしてヨハンがその人物の名を呼ぶ。
「白神のじいじさん……!」
そこにいたのは、界のじいじであった。
「せぇあっ!」
そのじいじは槍でもって、グリム・アスシュナーベルに一撃を加え、ヒットアンドアウェイで、すぐに後退する。
「キイィ……」
だが、グリム・アスシュナーベルにダメージはないようで、首を軽く傾げるのみであった。
とはいえ、不意を突かれたことで、いくらか警戒している様子もあった。
その間、
「よかった……、じいじさん……」
リーゼも束の間の安堵を見せる。
「じいじさん、ドッペルゲンガーを……、っ……!」
この時、ヨハンはふと一つの可能性を思いつく。
まさか……今ここにいるのが……ドッペルゲンガーなのではないか? ということだ。
その可能性に気が付いたヨハンは顔を強張らせる。
「……ヨハンくん、君は本当に優秀だな」
常に最悪の可能性を考慮するのは、破魔師として優秀な証拠であった。
「だがまぁ、俺はドッペルゲンガーではない。俺は俺だ……」
「っ……」
この状況では証明のしようがなかった。
だが、
「信じますよ……。貴方がうちの爺さんの偽物なんかに負けるはずがない」
「その通りじゃ」
じいじは、にかっと笑う。
◆
少し前のこと。
界のじいじである元が対峙していたのは、ヴィルヘルム・ヴィンターシュタインの20年ほど前の姿をしたドッペルゲンガーであった。
ドッペルゲンガーは、ヴィルヘルムの守護霊体『鉄拳の騎士』によりじいじに迫っていた。
肉体的に衰えていたじいじは魄術で具現化した槍により、鉄拳の騎士に一撃を入れるも、鉄拳の騎士はすぐに再生してしまった。
「おいおい、元よぉ……、20年の間にボケちまったのか? お前はもう20年前には、すでにその『槍』の魄術を使ってたじゃねえか……。なんなら身体能力の衰えがもろに影響してるじゃねえの」
「……そ、そうだったかのう?」
「完全にボケてるな……。もういい……。『鉄拳の騎士』よ……そこの老いぼれを粉々に破壊しろ」
ドッペルゲンガーがそう呟くと、鉄拳の騎士は猛烈な速度で、じいじに接近する。
そして、その鉄の拳を振り下ろす。
「っ……」
じいじは雷術の肉体強化を駆使しながら、かろうじてその攻撃を回避する。
「追い打ちをかけろ……鉄拳の騎士よ……」
ドッペルゲンガーの指示に従い、鉄拳の騎士はじいじに対し、乱打を仕掛ける。
「……っ」
じいじは一方的に、責め立てられる苦しい展開となり、唇を噛みしめる。
「どうした? 元よ……、逃げているだけでは勝つことは難しいぞ」
「……ちっ……、おしゃべりが好きなところは本物そっくりだ。だから今、なんとか打開する方法を考えているのじゃ」
「そうかいそうかい、ぜひ、とびっきりの方法を考えて楽しませてくれよ……!」
会話の間にも、鉄拳の騎士の猛攻は収まることはなかった。
そんな状況がしばらく続いた。
「お、おい……元……、いつまでそうしているつもりだ?」
ドッペルゲンガーは僅かにではあるが、焦っていた。
特に、状況が不利になっているとかそういうことではない。
むしろ、全く状況が変わっていなかった。
あれからじいじはひたすら鉄拳の騎士の攻撃を避け続けるのみ。
速度では鉄拳の騎士に利があるのだが、経験によるものなのか、スレスレではあるものの、大きなダメージを受けることもなく、のらりくらりと避け続けていた。
少々、奇妙であったのは、逆に、なにか状況を打開するようなこともしていなかったのだ。
「おい、なにか打開する手段を考えているんじゃなかったのか?」
ドッペルゲンガーはしびれを切らし、思わず、そんなことを尋ねる。
「…………はて?」
じいじはそんなこと言いましたか? とでも言うように聞き返す。
「この老いぼれ……本当に完全にボケてやがるのか?」
ドッペルゲンガーは怒りの表情を浮かべる。
「いや、すまんすまん……。なんとか打開する方法を考えている……確かにそう言ったかもしれない」
「……?」
「嘘なんだな、これが」
「っっ……!?」
「実は、なーんも考えておらん」
「ど、どういう……?」
ドッペルゲンガーが疑問に思ったその時、
「ギアァアアアアアアアア」
突如として、鉄拳の騎士がうめき声をあげ始める。
「なっ……!? どういう…………、ま、まさか……」
「そう……」
じいじは自身の持つ槍の切っ先に視線を向ける。
「毒なんだな、これが」




