93.やらないでもない
「ギィ……?」
ヴェックマンの視線の先には、先ほどまではいなかったはずの幻想的な姿をした少女がいた。
長い銀藍の髪。
瞳は全てを見透かした水底のようだ。
半透明のローブは波のように揺らめき、生地の端は靄が掛かっている。
◆
先刻、ヴェックマンはリーゼを地面に固定し、襲撃を図った。
しかし、リーゼは気持ちを切らすことなく、ヴェックマンに抵抗し、ヴェックマンの両目に霊核弾を命中させた。
そうして、ヴェックマンが視界を失っていた僅かな時間のことであった。
【……なんで?】
「え……?」
リーゼの脳内に微かな声が響いた。
「なに……?」
【……なんで……我に頼らない?】
「……!?」
リーゼは気づく。
それが自身の中に宿る精霊の声であると。
【……以前の君は何か問題があると、いつも我を頼ろうとしていたように思うけど?】
(「……そうかもね」)
【自覚があるというわけだね……。なら、どうして今はそうしない? 我に期待するのはやめたということかい?】
(「……違うかな」)
【……ふーん。なら、なぜかな?】
(「…………言わない」)
【えっ……!? な、なぜだい?】
(「だって恥ずかしいんだもん」)
【は、恥ずかしい? そ、そうか……。……べ、別に……その……気になったりは……】
(「…………」)
【な、なんだ……?】
リーゼの口角が少し上がる。
【な、なぜ笑う!? 我を愚弄する気か……?】
(「ご、ごめん。そんなつもりは……」)
【ならなぜ……】
(「ローレライってもっとひんやりしてるのかと思ってた……」)
【……ひんやり?】
(「心配してくれてありがとう……、でも、私、集中しなきゃ……」)
リーゼは意識を目の前のヴェックマンへと向ける。
と……、
【…………やらないでもない】
(「……え?」)
【……協力して…………やらないでもない】
(「……!」)
◆
「ギィ……?」
ヴェックマンは、突如現れた少女、ローレライに警戒するように後ずさる。
リーゼはゆっくりと息を吸い込む。
そして、その口から音を放つ。
「ラァ……」
リーゼはローレライがどのような精霊であるかは知っていた。
しかし、具体的な力の扱い方は知らなかった。
だから、発声するというその行動はほとんど闇雲であった。
だが、その闇雲は大きく外れた行動でもなかった。
声が魔力を纏い、響き渡る。
空気を伝わる振動が清らかな水の波紋のように広がり、リーゼの足元にまとわりついていた小型のヴェックマンたちに触れた。
「ギ……!?」
次の瞬間、小型のヴェックマンたちは、ひび割れ、サラサラと粉になって崩れ落ちていく。
「フフフ……フ!?」
本体のヴェックマンは慌てたかのように、その体をラスクのように硬質化させて突進してくる。
同時に、再び体を引きちぎり、分裂体を生成しようと試みる。
しかし、歌声が魔力に干渉しているのか分裂がうまくいかない。
リーゼはただ、静かに歌い続ける。
「ラァ……アア……」
旋律が、一段と高くなる。
リーゼを中心に魔力がドーム状に形成され、突進してきたヴェックマンの拳がその壁に阻まれる。
「ギィイイイイイ!!」
ヴェックマンは焦燥に駆られ、めちゃくちゃに腕を振り回す。
だが、その攻撃はリーゼには届かない。
ローレライがリーゼの背後にそっと手を重ねる。
すると、歌声が収束するように力強いユニゾンとなる。
「ラァアアア」
超高音のソプラノ。
やがて声は青白い光を放つ。
青い閃光は、ヴェックマンの頭部に突き刺さり、そして激しく振動する。
「ギ…………」
ヴェックマンの動きが停止した。
断末魔の叫びはない。
ただ、その体中に無数の亀裂が走り、内側から漏れ出す光が鼓動するように明滅する。
そして、砂糖菓子が溶けるように、その巨体は静かに崩れていく。
戦場には静寂が戻った。
「はぁ……はぁ……っ」
リーゼはその場に膝をつく。
「リーゼ……」
ヨハンが、信じられないものを見るような目で妹の名を呼ぶ。
「……ローレライを……」
「う、うん……なんかよくわからないけど協力してくれた……」
「すごいじゃないかっ! すごいっ! すごいすごいぞ! リーゼ!」
「あ、ありがとう……」
突然、語彙力を失くした兄に少々、動揺しつつリーゼは感謝を告げる。
「でも、ヨハン、これで終わりじゃないんでしょ?」
「あ、あぁ……」
リーゼは革のアタッシュケースに目を向けていた。
ヨハンらが任されている8体の最後の1体が残っていた。
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