92.独り言
お菓子の身体を持つガイスト〝ヴェックマン〟の拳が魔力切れを起こしたヨハンへと迫っていた。
「ッッ……?」
ヴェックマンは自身の拳の進行を妨害する攻撃を受け、首を傾げる。
そして、その攻撃が来た方向に視線を向ける。
「……霊核弾」
そこにいたのは拳銃の銃口をヴェックマンに向ける少女であった。
「り、リーゼ……!」
ヨハンが自分を助けた少女の名を呼ぶ。
「こっちよ……お菓子くん」
リーゼはヴェックマンを挑発するように、手招きする。
「フフフ……」
ヴェックマンは嬉しそうにリーゼへと向きを変える。
「っ……」
ヨハンは悔しそうに唇を噛みしめる。
本来であれば、自分だけでなんとかしたかった。
己の無力により、妹が戦わざるを得ない状況となってしまった。
そんなヨハンの思いなど知る由もなしヴェックマンは、まるでスキップでもするかのように軽やかに跳ね、リーゼに襲いかかった。
だが、リーゼは冷静に引き金を引き続ける。
放たれる霊核弾は、ヨハンの霊晶砲ほどの破壊力はない。
しかし、着弾した箇所を瞬時に結晶化させ、動きを鈍らせる特性を持っていた。
パン生地の体に弾丸がめり込み、その周囲が砂糖菓子のように白く結晶化していく。
しかし、分裂した小型のヴェックマンが左右から襲いかかってくる。
リーゼは寸前で身を翻し、すれ違いざまに二体の眉間に正確に弾丸を撃ち込んだ。
小型ヴェックマンは結晶化し、砕け散る。
だが、
「ンーー……フフフ……」
ヴェックマンは少し考えるように視線を向けた後、不気味に微笑む。
そして、
ぶちっ
「えっ!?」
ヴェックマンは結晶化させられた部分を自ら引きちぎる。
すると新たな腕を生やしてくる。
さらに……、
ぶちっ……ぶちっ……ぶちっ……
ヴァックマンは次々に再生した腕を引きちぎり、放り投げる。
引きちぎられた腕から、また新たな小型ヴェックマンが生成され、そしてリーゼに襲い掛かる。
「はぁ……はぁ……」
リーゼの呼吸が乱れ始める。
「あいつにだって……魔力の限界はあるはずだ……」
リーゼは自分に言い聞かせるように、絶え間なく動き、射撃を続ける。
しかし、魔力、そして体力の限界があるのはリーゼもまた同じであった。
照準がぶれ、これまで的確に捉えていた攻撃が僅かに逸れ始める。
ヴェックマンはその隙を見逃さなかった。
「フフフフフ!」
本体が大きく腕を振りかぶり、リーゼの注意を正面に引きつける。
その裏で、数十体にまで増殖した小型のヴェックマンたちが、リーゼの足元に殺到していた。
「しまっ……!」
小型ヴェックマンたちがリーゼの足にまとわりつき、その動きを封じる。
パン生地でできた手足が、まるで蟻地獄のようにリーゼを地面に縫い付けた。
そして、正面。
リーゼの動きが止まったことを確認したヴェックマン本体は飛び跳ね、ラスクのように硬質化させた拳を振り上げる。
「リーゼ!!」
ヨハンが力の入らない体で叫ぶ。
飛翔の最中、ヴェックマンはリーゼと視線があう。
「……ッ」
ヴェックマンは少々、不思議に思う。
なぜならリーゼの目は死んでいなかったからだ。
リーゼは銃口を上方に向ける。
「霊核弾!」
「ウギャッ!」
リーゼの放った弾丸がヴェックマンのレーズンの目に命中した。
ヴェックマンは視界を失い、うめき声をあげつつも、なんとか姿勢を保ち、地面に着地する。
と、
「え……? なに……?」
視界を失ったヴェックマンの耳に、リーゼの独り言が聞こえた。
少々、気になりつつもヴェックマンは自ら硬化したレーズンを引きちぎる。
幸い、敵からの追撃はないようだ。
その間にも、次第に視界は回復し、再び敵を視認する。
「ギィ……?」
その時、ヴェックマンの視線の先には、先ほどまではいなかったはずの幻想的な姿をした少女がいた。




