55.共に歩まん(一部、じいじ視点)
「なんじゃと!?」
(ひぃっ)
界は萎縮する。
界は解呪術について一つのアイデアをじいじにに提案したところであった。
(やっぱり……ダメかな?)
「……」
じいじは界の提案を聞き、一度、強く聞き返したものの、しばらく考え込むように沈黙する。
「解呪詠唱の改変じゃと……? 封魔術とはデリケートなものだ。過去の偉大なる破魔師達が作り上げた伝統的な方法を変えることは、想像だにしない結果をもたらすかもしれない」
「…………そ、そうなんだね……。軽はずみなこと言って、ごめん」
界は頭を下げる。
だが、じいじの次の言葉を前の言葉とは、違う方向性の言葉であった。
「…………じじいになるとな、大抵は頭が固くなるものじゃ……」
「……?」
「きっとな、変化を受け入れられなくなるのじゃろうな……」
(……じいじ?)
「じいじも界くらいの時は、そんな頑固な大人達を疎ましく思ったものだ……。気づけば自分がそんな大人になっていたというわけか……」
じいじは自嘲するように少し微笑む。
「…………じいじ、そんなこと……」
「界……やってみろ」
「え……?」
「一度、やってみたらいい。何か問題が起きたら、じいじが何とかする。そのために、この老いぼれ達はここにいるのだから」
「……!」
ふと気づくと、くまじいじも傍らで頷いている。
「おい、白神、界様が失敗するわけないじゃろ……」
(く、くまじいじ……そ、それはそれでちょっとプレッシャーが……でも……)
「ありがとう、じいじ、くまじいじ……」
そうして、界はじいじにとある解呪詠唱の改変についての許可を得る。
(よし……やってみよう……)
界は熊燐が封じられた札を取り出し、左手の人差し指と中指で挟むように持ち、一呼吸する。
そして……、
「封ぜし鎖、今解かれたり。
汝が意、汝が在り処へと」
(ここまでは同じ……。本来はこの後、〝我、干渉せず。ただ扉を開ける〟と続く。だけど……)
その時、ふと、今朝方、ドウマに相談したことが想起する。
◆
『ねぇ、ドウマ、やるとしたらこんな感じでいいかな? 〝共に歩まん。我と共に〟』
【あん? 相変わらずセンスがないな】
『え……!? なんで……!』
【共にが二回続いているのがダサい】
『ひどい……』
【こんな感じでいいんじゃないか? ごにょごにょごにょ】
『え……? ちょっと恥ずかしいんだが……』
【何を言うか、お前がやろうとしていることを考えれば、これくらい堂々としていないとな!】
『……わかったよ』
◆
界は解呪の際に、最後に札を手放す動作を行わない。
そして……、
「望むなら共に歩まん、我が覇道へと!」
「「っ……」」
札は強い光を放つ。
そして、内部から、熊燐が現れた。
「うにょ?」
◇◇◇
おかしい……。
明らかに霊魔の様子がおかしい。
「うにょにょ」
霊魔が俺の孫の界に、擦り寄っている?
「熊燐……、くすぐったいよ……」
「うにょにょにょ」
鳴き方もなんかおかしい。
っ……!
俺は何をしているのだ!?
俺が本来しなければならないことは、この奇妙な霊魔を即刻、排除することであるはずだ。
「界、そいつを排除するぞ……!」
「え? なんで!?」
っ……! 俺の非情とも言える発言に、界はめちゃくちゃ驚いている。
「なんでって……お前なぁ……そいつは……」
「…………そ、そうだよね」
「うにょッ!?」
「じゃ、せめて僕の手で……」
え、本当か!?
界は手の平を熊燐に向ける。
が、
「うにょ……」
な、なんだと……?
霊魔が全てを受け入れている?
今しがた、消滅させられようとしているにも関わらず、その運命に全く抵抗することなく……?
「か、界……! ちょっと待て……!」
「あ、うん」
界はあっさりと手を下げる。
「どうしたの? じいじ」
「っ……」
…………俺は今、前例のない歴史的な出来事を目の当たりにしているのかもしれない。
どういうロジックだ?
伏印の時に霊魔を屈服させることなく、締印の際に、浴びせるように魔力を込められたことで、霊魔に何らかの変化が生じたのか?
そして、解呪の時に……〝望むなら共に歩まん、我が覇道へと〟……か……。
…………くっ……この詠唱…………ちょっとカッコいいじゃねえか……。
「し、しばらくだぞ?」
「へ……?」
「しばらく……様子を見てみよう」
「…………うん!」
界は目を細めて微笑む。
「……」
…………かわいい。




