52.結印
「じいじ、それって、つまり封魔術を解かない限りは、使える魔力量が常時、減ってしまうってこと?」
「その通りじゃ」
「……!」
(霊魔を無効化するには自分を弱体化させなくてはならないなんて、まさに呪いだな……)
「ここまでは前提知識じゃ。まぁ、百聞は一見に如かずというし、まずは実演を見てみるかな?」
「うん……!」
「よし」
じいじはそう言うと、ポケットから札を取り出す。
「その札に霊魔が封印されているの?」
「そうじゃ。それじゃあ、今からこいつの封印を解くぞ」
(えぇ? 大丈夫なの!?)
などと思っているうちに、じいじはなにやら封印を解呪する呪文を唱えだす。
「封ぜし鎖、今解かれたり。
汝が意、汝が在り処へと。
我、干渉せず。ただ扉を開ける」
すると、札が裂け、光の中から熊のような姿をした奇妙な生物が現れる。
「ウボォオオオン!」
(こ、この独特な鳴き声……! こ、こいつは……)
「熊燐……!」
それは九州で、暁と訓練していた時に現れた霊魔であった。
「熊燐は彰彦から預かっていた封印札じゃ。なんでも九州で封印したとな。手ごろな霊魔だから、界に封魔術を教える時にでも使ってくれとな」
(……あの時、逃げた熊燐……、父ちゃんがちゃんと封印してたんだ……)
「この解呪をしたことで、熊燐を封印するために使用していた彰彦の魔力は元に戻ったはずだ」
「な、なるほどです」
「ウボォ! ウボォ!」
解呪された熊燐は心なしか気分よさげに鳴いている。
と、
「影の名を断ち、力の流れを塞ぐ。
ここに印を刻み、我が結界に縫い止めん」
「ウボォ……?」
「汝が咆哮、いま鎮まりて封ぜられよ――封鎖!」
「ウボォオオ……ォ……ぉ……」
「と、まぁ、こんなもんじゃ……」
熊燐は再び札へと戻っていった。
(…………く、熊燐……)
と界は熊燐への憐憫の情が湧きつつも、それよりも驚いていることがあった。
それはじいじのあまりにも速い印を結ぶ手捌きである。
「封魔術を成功させる最低条件として、まずは霊魔を弱らせる必要がある。まぁ、熊燐くらいなら元気いっぱいでも十分、封印できるがな。あとは先ほどから説明している通り、適切な依代とそして一定量の魔力が必要だ。その霊魔の強度に合わせて、必要最低限の魔力で抑えることができることが一流の封魔術の使い手の必須条件と言えるだろう」
「うん」
「だが、それだけではダメだ。界も見ていたと思うが、もう一つ重要なのが、結印じゃ」
そう言いながら、じいじは手でいくつかの印を結んで見せる。
「まず最初に縛印じゃ」
じいじはそう言うと、両の手を胸元で組んだ。
そうして、両手の中指と薬指を交差させてから、人差し指を真っ直ぐ立てて前方へ向けた。
その後、界はじいじから封魔術の結印に関する概要を教えてもらった。
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縛印
┗指を組むなどの動作。封印の対象を定める印。
伏印
┗手のひらを下に向けるなどの動作。封印の対象を抑えつける印。
締印
┗開いた手の平を閉じるなどの動作。封印の締めに使う印。
縛印 → 伏印 → 締印の順で行う。
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そして、じいじは再び、熊燐の封印を解く。
「ウボォ……」
「いいか! 界! こうやってこうやってこうじゃ!」
「ウボォオオ……」
熊燐は札へと戻っていく。
じいじは再び、熊燐の封印を解く。
「うぼぉ……」
「ほれ、界、やってみろ」
「え……? こう……?」
「ウボォぉ……うぼ?」
身構えた熊燐であったが、何も起きなかった。
この機を逃すまいとエッホエッホと駆けていく。
しかし、
「ちがーう! こうやって……こうやって……こうじゃ!」
「ウボォオオ……」
熊燐は札へと戻っていく。
「こうやって……こうやって……こう?」
「ちがーう! こうやって……」
……
数時間後――。
(むっず……!)
界は苦戦していた。
(これまでの妖術や響術は割と感覚頼りな部分が強かったけど、結印の訓練は基本的に模倣だ。言ってしまえば、スポーツ……ダンスとかに近いなこれ……。正直言って、得意分野ではない……)
「どうした? 界、彰彦からお前は天才だと聞いていたが、こんなものか?」
「っ……! じいじ、まだ始まったばかりだろ!」
「そうだ、その意気だ……!」
「おう、いくよ! 熊燐……!」
「ウボ!」
なんか心なしか熊燐も協力的になってた。




