47.助け舟
暁と界が熱い会話を交わしている傍らで、父は別のことをしていた。
青海の弔いである。
「汝の影、汝の名、ここに刻まれしもの。
されど闇の手、これに届くことなかれ。
陽は昇り、夜は巡る。
願わくば、汝が影、再び闇に堕ちることなからんことを」
父は鎮魂の呪文を唱える。
それは青海が霊魔になることを防ぐのが目的である。
青海は、〝強い悔恨を持ち殉職した強力な破魔師〟という人間の霊魔化の条件を十分に満たしていたからだ。
「慶三…………私だって過らなかったと言えば、嘘になる。破魔師としていかんのだろうな。だが、私にはどうしても君を責めることはできない……」
そんな風に呟く。
と、
「界……」
父は界を呼ぶ。
「はい……?」
「あの……暁ちゃんをさらった霊魔は何者だったのか分かるだろうか? 慶三に憑く程の霊魔だ。高位の霊魔であることはわかっているが……」
「あ、えーと、シビョウっていう奴らしいよ」
「シビョウ……!?」
「え、うん……」
父は驚く。
母と助産師も同じように驚いている。
「シビョウってあのシビョウ……様か……?」
「え? 僕は、あのシビョウがどのシビョウかは知らないけど……」
「あ、そうだよな……。すまん。シビョウと言うと……英霊〝神王シビョウ〟様のことだろうか……」
【ぶっ……!】
父の言葉に、界の頭の中でドウマが吹き出す。
(「ど、どうしたの!?」)
【英・霊・神・王だぁ? あいつがぁ? あははははは! 片腹痛っ!】
(「はぁ……」)
「あの……父ちゃん、英霊って……?」
「あ、えーと……そうだな……。霊魔の中でも、奉られている存在……とでも言えばいいだろうか……」
「そんな奴らがいるの?」
「あぁ……、極めて強大な力を持ち、その怒りに触れれば甚大な災厄をもたらすと文献に残っている。しかし、神王シビョウ様に関しては謎が多くてな……。実際にその存在を確認したものはこれまでいなかった」
【狡猾なチキン野郎だからな……】
(散々な言いようだな……)
「神王シビョウ様が相手だったのか……。慶三……」
父は悲しげな表情を浮かべる。
父にとっても青海は切磋琢磨しあった友であったのだ。
「しかし、界……そんな存在と対峙して……よく……」
父は界にそんな言葉をかける。
「なんか今回いたのは分身体らしいから、本体はもっと強いかも」
「そうか……、それでも凄いことだよ……」
「それより、父ちゃん、そんな英霊とか奉られてる奴に危害を加えちゃって大丈夫だったのかな?」
「こんなこと言うと、また角が立つのだが……私は信用していない。英霊などと呼ばれていようと霊魔は霊魔だ。飛行機の中で言っただろう? 本当に危険なのは霊魔だと」
「うん」
界は頷く。
「であれば、父ちゃん、一点頼みがある」
「ん? なんだ?」
「シビョウに敬称をつけるのは止めて」
「……!」
「ドウマがそいつ嫌いみたいなんだ。だから止めてほしい」
【…………田介】
「……! わかった。界、すまない。ドウマ様、申し訳ありません」
【……別に儂様はやめろなんて言ってないんだけどな】
「ありがとう、父ちゃん!」
「あぁ、しかし実際のところ、この状況、どうやって説明しよう……参ったなぁ……」
父は頭を抱える。
「シビョウに乗っ取られた慶三が依代の子を手にかけようとして、テンシ様が出てきて、シビョウを六歳児が倒して、私程度の者がテンシ様を抑えつけて、依代の子に戻したけど、界の中のドウマ様が助けてくれて母親は死ななかった……なんて、誰も信じてくれんよ……。しかも英霊を倒したなんて報告したら一部の勢力から、変な因縁つけられそうだし……」
「それでは、慶三様が謎の霊魔の襲撃により殉職され、なぜか瑠美さんが生存した……とだけ報告することにしてはいかがですか?」
「「「「え……?」」」」
父、母、界、暁はちょっぴり驚く。
その提案をしたのは助産師であったから。
助産師はそれを提案しつつ、マスクを外す。
「って、え……? 酒十院さん……!?」
父がその人の名前を口にする。
「はい」
酒十院と呼ばれたご婦人はにこりと微笑む。
「ま、まさか酒十院さんだったとは……、今まで気づかずに申し訳ありません」
(「誰……?」)
【知らん】
界とドウマはわからなかったが、酒十院は助産師界隈では有名な人であった。
「第三者であるおばさんが口裏を合わせれば、そうそう疑われることもないでしょう?」
「あ、ありがとうございます……。大変助かります。酒十院さん程の方の言葉であればなおさらです。で、ですが、なぜ……」
「……おばさんもシビョウさ……いや、シビョウよりもドウマ様を信じてみたくなったから」
そう言って、酒十院は界を見て、微笑む。
(……!)
【当然だろ】
こうして、本件は、かなり簡略化されて報告されることとなった。
実際のところ、界としては、酒十院の助け舟により面倒ごとにならずに済んで、かなり助かった。
なにせ、界には向こう一年間でやらなくちゃいけないことがあったから。
界はこの日、両親の死を回避するという悲願を成し遂げたわけであるが、すでに想いは未来へと向いていた。




