45.戻す
界は駆けた。
背中に暁を背負って、儀式の間へ戻るために。
理論上は、戻る必要はない。
戻らなくても父と母はきっと生きていてくれる。
頭ではそう思っていても、恐怖は完全に拭えてはいなかった。
「父ちゃん! 母さん!」
儀式の間へ戻るなり、界は叫んだ。
「「界……!」」
父と母も界の顔を見るなり、叫んだ。
「父ちゃん……、母さん……」
(やった……生きてる……。父ちゃんも母さんも……生きてる……生きてるぞ……。運命を……運命を変えたんだ……!)
界は安堵からその場で、へたり込んでしまう。
「暁ちゃんも無事で……よかった……」
父は一瞬、安堵した表情を浮かべる。
「でな、界、戻ってきて早々、悪いのだが、実は父ちゃん、絶賛、必死中でな……」
「え……?」
「今、封印術で弱体化したテンシ様をなんとか抑えつけている状態だ」
(……! あ、本当だ……)
界はあまりに必死過ぎて、小さく球状の魂の状態となったテンシの姿が目に入っていなかった。
(え……? この後、どうすればいいんだ……?)
「真弓のおかげもあり、幸い、赤ちゃんの容態は良くなってきた。だが……、戻さなければならない……」
「え……?」
「テンシ様を依代の子に、戻さなければならない……」
「っ……!」
その父の言葉に、界は驚く。
そして、もう一人。
「……戻す?」
暁が反応する。
その時、暁は周囲を確認する。
赤子の近くには界の母。母の必死の治癒術の甲斐もあり、赤子の顔色は悪くない。
助産師が暁の母である瑠美の看護をしていた。
瑠美さんは眠っているようで、少なくとも意識はなかったが、胸は上下に動いていた。
そして消えそうな声で確認する。
「お父さんは……」
青海慶三……、暁の父はこの場において、唯一、救命措置が行われていなかった。
というよりも、状態が悪く、救命措置をやっても意味がなかった。
「…………」
父も母も答えてあげることができなかった。
だが、暁は正しく理解していた。
「お父さんは……殉職したのですね」
「っ…………」
父は言葉に詰まる。だが、
「そうだ。暁ちゃん……、慶三は殉職した」
父は暁も一人の破魔師として扱った。
「…………それで、テンシ様を赤ちゃんに戻すと……どうなるのですか?」
「っ……」
暁の核心的な質問に、大人達は再び言葉に詰まってしまう。
「…………答えにくいですよね。ごめんなさいです。わかっています。今度は、お母さんが…………」
暁は涙を流すこともなく、ほとんど無表情で呟くように言う。
なんとかしてあげたい。
父も母も助産師も、そして界もそう思った。
しかし、これまで、界の時の特例を除き、なんとかできずに歴史は繰り返されてきたのだ。
そして、タイムリミットも迫っていた。
「そして、申し訳ない……、私がテンシ様を抑えつけていられるのもそう長くないんだ……」
父は歯痒そうに唇を噛み締める。
「……わかっているのです」
暁は下を向く。
「私が戻るのを待っていてくれたのですよね? ありがとうございますです」
「っっ……、……感謝なんて」
その言葉に父は一瞬、下を向く。
だが、すぐに、顔を上げ、そして、
「…………それでは、これよりテンシ様を依代に戻す……。慰霊であることを受け容れてくださった聖乱テンシ様、依代の子、そしてその母に惜しみない感謝を……」
父は球状の魂を依代の子へ宛がっていく。
(くそ……、こればかりは本当にどうしようもないのか……? くそ……)
界も胸が詰まる思いであった。
自分は両親の死という運命を変えることができた。
それと引き換えというわけではないのだろうが、これから両親を失うことになる暁に対して、言葉では表現できない辛さがあった。
その時であった。
【田介、儂様に全権限を委譲しろ。そしてお前の光属性を貸せ】
(「え……?」)




