37.熊燐乱入
「ウボォオオオン!」
熊燐は現れるや否や猛然と界や暁の元へ突進してくる。
(いきなり敵意むき出しか……)
「界くん、ここは私に任せるのです」
(えっ……?)
暁が果敢に前に出る。
(大丈夫なのか……!?)
界はそう思い、父親二人の方をチラ見する……と、
(え、まじ……?)
なんと二人とも仁王立ち。
手助けしようとする素振りすらなし。
まるで手ごろな実戦訓練相手だと言うように。
(そうか……、そうだよな……。これがこの世界の……破魔師の日常か……)
「水術:水弾、三連発なのです!」
暁は水の弾丸を三発放つ。
「ウボォん! ウボォん!!」
そのうち二発が熊燐に被弾する。
熊燐は水弾の勢いに圧され、大きく仰け反る。
「続いて……水術合術:水刃連弾なのです」
(さっきの訓練で見せてくれた技だ……)
暁は水の刃を熊燐に向かって飛ばす。
「これで終わりなのです!」
暁は勝利を確信する。
しかし、
「ウボぉ!」
「えっ……!?」
熊燐はすんでのところで水の刃を回避する。
(発動が少しもたついた。その一瞬で体勢を持ち直したんだ……)
「ウボォオオ!」
(っ……!)
熊燐は今度は向きを変え、界の方に突進してくる。
(こっちに来たか……。望むところだ……)
界は身構える。
と、
「ダメなのです! その子は私が守るのですよぉお!」
(え……?)
「くらうのです! 水術合術:波砕刃弾!!」
暁は熊燐に両の手の平を向ける。
手の平に水が集まり螺旋を描きながら圧縮されていく。
波打つ水弾の表面には、鋭利な刃がきらめき、周囲の空気がわずかに震える。
次の瞬間、水がうねる音とともに刃弾が発射された。
(すごい……!)
巨大な水の刃が熊燐を側面から襲う。
「ウボぉ? ウボォおおおん!」
刃は熊燐を直撃する。
「よし……なのです!」
暁は小さく歓喜する。
が、しかし、
(って、おいおい……)
「あっ……!」
暁の出した水術合術:波砕刃弾は熊燐を通り越し、界の方に向かっていた。
「あぁああああ! やばいのです! 界くん、逃げてなのです!」
暁は激しく動揺する。
界は対処しなきゃなぁと思っていた時であった。
「え……?」
大気が震えた。
雷電。
そんな表現が好ましいだろうか。
界は確かに強い電流の気配を感じ、そして、暁の放つ水刃の直線上から外れていた。
「界……、大丈夫か?」
そうして、今、界を抱えている人物が界に声を掛ける。
「あ、うん……、ありがとう。父ちゃん」
一瞬にして、界を抱え、安全な地帯に逃れたのは、父、彰彦であった。
(初めて間近で見たけど……父ちゃんの雷術…………すげぇ……)
なお、結果として、父が界を運ぶ必要はなかった。
「彰彦、界くんは大丈夫……ですか?」
「あぁ、問題ないぞ、慶三」
青海が父に尋ね、父はそれに答える。
その青海は、巨大な水の壁を発生させ、暁の水刃の進行を妨げていた。
「界くん、彰彦、申し訳ない。暁が……。暁……!」
「はぅ……、ごめんなさいです」
青海は技を暴発させてしまった暁にすごむ。
暁は申し訳なさそうに小さくなる。
「いやいや、慶三、大丈夫だ。そのために我々がいるのだ」
青海の謝罪に対し、父はほがらかに応える。
「……本当は……界には助けは必要なかったかな……?」
さらに、界にだけ聞こえるように、ぼそっと言う。
「あ、いや、そんなことないよ。父ちゃん」
必要なかったとしても他人の善意を完全否定するのは憚られた。
実際のところ父の雷術が見れて、界はちょっとお得な気分であった。
「まぁ、たまには父ちゃんにもカッコいいところを見せさせてくれ」
そう言って、父はウインクする。
(…………父ちゃんはいつだってかっこいいよ)
と、
【…………田介が雷術が割と得意なのは、親からの授かり物もあるのかの……】
(「……ん?」)
【あ、いや、なんでもない……】
(……)
間接的ではあるが、ドウマが珍しく他人を褒めていた。
界はなんだか少し嬉しかった。それが自分の父なら尚更だ。
なお、熊燐は山に帰った。
◇
暁との稽古の後、界達は一度、母方の実家に帰ることにする。
「それじゃあ、慶三、また後程な」
「あぁ、彰彦、真弓さん、界くん、今日は来てくれてありがとうな」
「いえいえ……、瑠美さん……くれぐれもご自愛ください」
「ありがとうございます」
慰霊〝聖乱テンシ〟の依代の子の母である瑠美は深々と頭を下げる。
(……)
界は言葉にすることができない複雑な感情になった。
そうして、界達は、青海家を後にして母方の実家へ向かうのであった。
と言っても、実は結構、近くて、なんなら最寄りのバス停より全然近かった。
「さぁ、着いたわよ。あぁ、久しぶりだぁ」
屋敷の近くまで来ると、珍しく父よりも前を歩く母がそんなことを言う。
「あ、界……いつもみたいにその……アレなんだけど……その……気にしないで……」
角を曲がりながら、母が若干、きまずそうに何かを言いかけた時、
「界様ぁあああ!」
「「「っ……!」」」
突然、大きな声が聞こえて三人はちょっとびくっとする。
「界様だ……! 界様がおいでなさったぞぉお! 首を垂れよ!!」
敷地の外で十人くらいが並んで、深々と頭を下げていた。




