32.小さくとも
(そもそも運命の収束なんてものが本当にあるのだろうか?)
界はふとそんなことを考える。
心配し過ぎの取り越し苦労かもしれない。
その可能性も否定できなかった。
界は前世での、その出来事について想起する。
前世において、界の両親は九州に行った時に震災を被災した。
父は仕事の事情で九州に数日間、出張しなければならなくなった。
実は母の実家も同じ九州であった。
当時、妹の巡は1歳過ぎであったのだが、巡が保育園に入園することができず、母は育休中であった。
そんな母に、近くに住んでいた父方の祖父母が、子供達を預かるから、子育ての息抜きとして、九州の実家に行っておいでと送り出したのである。
「ガハハハッ! 界、でかくなったな!」
「あ、うん」
「ほれ、界、じいじの胸に飛び込んでおいで」
【ひっ……】
頭の中で拒否反応を示している人がいる。
(……困ったなぁ)
誕生日の翌日、父母、界、巡の四人は父方の祖父母の家に訪れていた。
祖父母は同じ敷地であるのだが、別の建物に住んでいた。
「ほれ、界、遠慮せずに!」
祖父はわりと豪傑な人であった。
(じいじ、骨骨してて痛いんだよなぁ……)
そこへ、
「ほら、じいじ、界くんが困ってるじゃない」
(ばぁば……)
物腰柔らかそうな老婦人が祖父を窘める。
祖母である。
「そうかぁ? じゃあ……、巡ちゃーん」
そう言って、祖父は巡の方に近づいていく。
「…………きゃはははは」
巡は愛想よく笑っている。
「……巡ちゃーん」
祖父はそれを見て、じーんとしている。
(巡……ナイス……! 巡はあんまり物怖じしないなぁ……この頃は……)
今世において、祖父母も家柄は変わっているものの人柄は変わっていなかった。
「真弓さん、体調はどう?」
「お義母さん、おかげ様でようやく落ち着いてきて」
「あらまぁ、よかったわぁ」
祖母と母がどこの家庭にもありそうな、世間話を始める。
「あ、界くん、お茶でも飲む?」
「ありがとう、ばぁば」
「あら、ちゃんとお礼が言えて偉いわねぇ。麦茶がいいかしら?」
【煎茶を頼む】
「……せ、煎茶で……」
「あら、界くんは大人ねぇ……」
どこにでもある家族団らんの一幕である。
そんな幸せの象徴のような状況においてか、だからこそか、界の頭の中はやはり差し迫っていた例の日のことがチラついていた。
(運命の収束……、考え過ぎだろうか……。まぁ、今世の日本は災害そのものが少ないし、ましてや九州なんて……)
「あ、そうだ、親父」
「なんじゃ? 彰彦」
「今度、青海家の件で九州に行ってくる」
「ぶぅうううううう!」
界は盛大にお茶を吹く。
「ど、どうした!? 界!」
「あ、ご、ごめんなさい……! お、お茶を……」
界は慌ててお茶を拭こうとする。
「あらあら、界くん、いいのよ」
祖母がどこからともなく布巾を取り出し、手早く原状復帰に着手する。
【あぁ……煎茶が……】
(おいおい……嘘だろ……行くのか? 九州に……、なんで?)
「おぉ、そうか。例の件だな。それじゃあ、その期間は、界と巡はわしらで預かればいいのだろ?」
(っ……!!)
「親父、申し訳ないがお願いしたい」
「あぁ、ええぞ。行ってこい行ってこい」
「そんなこと言って、じいじ、界くんと巡ちゃんと一緒に寝たいんでしょ……」
「えっ!? そんなこと……ないっすけど……」
祖母の言葉に祖父は視線を逸らしながら、そんな風に応える。
それを傍らで聞いていた界は、頭を押さえ、思いつめた顔をしていた。
(っ…………、既視感が……、おぼろげだけど……覚えている。前世でもあった。こんな出来事が……)
「界くん、いいのよ? お茶をこぼしたくらい、そんなに気にしなくて……」
そんな界に、祖母が心配そうに声を掛ける。
(ごめん、ばぁば、今それどころじゃない……。どうする……、このままじゃ……、嫌な予感がする……)
界は全力で思考する。
そして、一つの結論に辿り着く。
「…………父ちゃん」
「ん……?」
「イヤダイヤダーー! 父ちゃんと母さんから離れたくないーー! イヤダイヤダーー!」
「「「「えっ……?」」」」【えっ……?】
「イヤダイヤダーー! 絶対イヤダーー!」
「「「「……」」」」【田介、何してんの?】
聞き分け良すぎ系男児であった界が突如、駄々をこね始め、父母、祖父母は唖然とする。
「し、しかしな……大事な用事だからな……行かないわけには……」
「だったら、僕も一緒に行くーー! 絶対、行くーー! 九州行くー!」
「「「「……」」」」
「まぁ、界はもう六歳だしな……。親父、巡だけ預かってもらってもいいかな」
「……わかった」
祖父は少ししゅんとする。
(…………よし)
界は心の中で小さくガッツポーズするのであった。
界が九州に同行する。
小さくとも確実に運命を変えたのだ。
次話、いざ九州へ……!
(テンポ良くいきましょう!)




