31.顛末【一部、雨視点】
「遅れてごめん……、大丈夫? 雨さん……」
「え……? …………界くん?」
狒々を止めてくれたのは界くん……? え……? え……?
「雨さん……! 治癒術できる……!?」
「っ……、す、少しなら……」
「篝火堂院長をお願い……!」
そう言って、界くんは倒れた女性を指差す。
え……? あれが篝火堂院長?
ど、どういうことぉ?
「アサネトオデノ邪魔ヲスルナぁ!」
「界くん……!」
っ……! 界くんが狒々の攻撃を避けた……?
私にはどうしても視えなかったのに……。
破魔師の基本、心技体。
そのうちの体術の技量が私とは全く比べ物にならない……。
響術の訓練の時は気づくことができなかった。
どうして、界くんはあんなに……。
……。
「うぐぅっ……」
「っ……!」
この人が篝火堂院長……。
なぜこんな状況なのかわからないけれど……。
…………助けなきゃ。
私にできることをしなきゃ。
私は篝火堂院長の救命に全力を尽くした。
「ふぅ……」
水術の治癒妖術を少しかじっててよかった。
篝火堂院長の顔色は確実によくなってる。
「ゴ、轟天衝……!」
「風術〝風縛〟」
「っ……」
狒々の突進は界くんの手前で封殺される。
……すごい。
界くん、あんなに強い奴を相手に……全然、涼しい顔をしている。
「ウボォオオオ! アサネ、オデノ! アサネ、オデノ!! 邪魔モノ、潰ス!」
っ……、…………私は……、私は……。
「人違いだろ? アサネじゃなくて、雨さんだ」
「っ、…………界くん……」
「闇炎術〝黒蓮冥火〟」
「ガァアアアアア……! コンナ小童ニ……コノオデサマガ負ケルワケ……オデノ……オデノアサ……、アゃメぇえええええええ…………」
「なんだ……、ちゃんと言えるじゃん? 雨って……」
っ…………~~~~~~。
◇◇◇
狒々との戦いを終えた界は一目散に雨と篝火堂の元へ向かう。
「雨さん! 篝火堂先生は……!?」
「ひゃいっ……!」
「ん……?」
「あ、えーと、ごめん……なさい。だいぶ、顔色がよくなってると思い……ます」
「……よかった。ごめんね……。急にこんなことさせちゃって」
「い、いえ……そんな……全然ない……です」
(……なんで急に敬語?)
「もう少し……続けようと……思います」
「あ、うん……お願いします」
そうして、雨は篝火堂への治癒妖術を継続する。
(……)
「……」
しばし沈黙が流れる。
が、
「あ……あの界くん……?」
「え? なんでしょう?」
「その……あの〝おまじない〟ってなんだったのでしょう?」
(っ……!)
界は篝火堂を呼びに行くために静寂の間を離れる時に、雨におまじないと称する何かをかけていたのだ。
「あの…………ひょっとして、変なものじゃないですよね?」
「変なもの……?」
「あの……えーと……その……鼓動が早くなる……とか……」
「え……? 鼓動?」
「あぁああ! ごめんなさい! なんでも……なんでもないんです!」
「あ、あい……」
【この……あんぽんたんめ……】
(……なにが!?)
「えーと、雨さん……、あれはですね……」
【おい、田介……!】
(ん……?)
【それは発動していないからノーカウントだ】
(あ……。そうか……、ドウマは使ったら負けって言ってたよな……)
「…………雨さん、あれは本当にただのおまじないですよ」
「……? そう……なんですね」
雨はなぜか少し寂しそうに眉を八の字にする。
(……ドウマを尊重して、雨さんには言えないけど、実はあれは遠隔お守り用光の壁。ついでに感知しづらいように細工してみたものだ。強度は多少落ちるけど、いざという時、対象を護ってくれる)
【あー、憎たらしい……。〝隠術〟もなんだかんだ、あっさりできるようになりおって……】
(「あっさりじゃないでしょ! 栗田先生がいなくなってから毎日、必死こいて練習してたんだよ。 ドウマが最初に兵藤にやってたのがちょっと羨ましくて、こっちは頑張ったんだよ!」)
【あー、はいはい……】
ドウマは呆れた様子であった。
と、
「う……うぅ……」
「「っ……! 篝火堂院長……!」」
篝火堂が目を開ける。
「篝火堂院長、だ、大丈夫ですか?」
「………………私は……生きながらえてしまったのだな……」
篝火堂は呆然としている。
そして、呟くように言う。
「…………ありがとう。白神くん、銀山さん」
◇
2か月後――。
「鏡美先生……、また、ご指導よろしくお願いします!」
「界様…………もう一度、ご指名いただけるなんて……思ってもいませんでした」
鏡美は本当に驚いた顔をしていた。
界は無事に保護観察期間を終え、雨から遅れること2か月で、寂護院を退所していた。
狒々の事件は、兵藤が亡くなったにも関わらず大事とはならなかった。
篝火堂が顛末を知っていたこともある。
しかし界にとっては、破魔師が霊魔に殺されることなど日常茶飯事であるというこの世界の常識を再認識する出来事となった。
そして、界は家に戻ることができ(父と母による大袈裟な退所祝いも催された)、今日は久しぶりに鏡美先生の個別指導を受けるのであった。
「あ、そうです。鏡美先生、始める前にお一つだけ……」
「はい、なんでしょう?」
「実は寂護院で、鏡美先生に個別指導された元依代の子に何人か会ったんです」
界は雨が退所してから、定期通所などで寂護院を訪れていた元依代子と話す機会があった。
「そうですか……」
鏡美は複雑そうな顔をのぞかせる。
「それで、鏡美先生……元依代の子は……みんな鏡美先生に感謝してましたよ」
「え……?」
「誰もが触らぬ神に祟りなし……と、自分に近づかないようにしてる中で鏡美先生だけは向き合ってくれたって……。申し訳ない気持ちで一杯で、だけど……心から、本当に嬉しかったって……」
「っっ…………、……し、失礼します……」
それを聞いた鏡美はくるりと界に背を向けてしまう。
なぜかは簡単に分かる。
後ろからでも目を何度もこする動作は分かってしまうから。
「界さま……も、申し訳ありません……こんな姿……プロフェッショナルが聞いて呆れますね……」
(……プロフェッショナル?)
「…………呆れなんてしませんよ」
◇
それから半年程が経った。
2016年4月3日――。
界は6歳の誕生日を迎える。
例年通り温かい誕生日会を催した界は、はっきり言って、緊張していた。
6歳の誕生日。
それは即ち、両親の命日である4月14日まで二週間を切っていた。




