27.少しお姉さん
「氷術〝大氷環〟……!」
「グベェ……」
雨は大型のリングを狒々の周囲に発生させ、そして、瞬間的に凍結させる。
狒々はリングの中で拘束される。
「グベェ……冷テェダぁ……」
狒々は動きを封じられるが、どこか余力がありそうだ。
その間に、
「界くん、ここは任せて……!」
「え……?」
雨が界にそう告げるので、界は驚く。
「だって、狒々は私を追ってくる。私はここで時間を稼ぐから、その間に篝火堂院長を連れてきて……!」
「……!」
篝火堂院長。それは栗田が退所の日に、界と雨の二人に、なにかあれば頼れと言われた人物である。クラス5〝力級〟の破魔師であるという。
「だ、だったら、雨さん! 僕と一緒に狒々を院長室まで、誘導した方が……!」
「ダメよ……。もしもそこまで辿り着くまでの間に他の子ども達がいたら?」
(っ……)
「私とアサネの問題に他の子供達を巻き込むわけにはいかない。界くん……他の子供達にはあなたも含まれる。もう、少し巻き込んじゃっててごめんね……」
「っ……、そんなこと……」
「とにかく界くん、ここから離れて……!」
「…………嫌だ!」
(…………雨さん一人、置いていくなんて……そんなこと……)
「界くん……、栗田先生が何かあれば篝火堂院長を頼れって言ってたよね?」
「っ……! い、言ってたけど……」
「界くん……私の方が少しお姉さんなんだよ? …………私と栗田先生を信じて……」
「っ……!」
その時、界の頭の中を生まれ変わってから、これまでの出来事がフラッシュバックする。
父や母、妹のこと。鏡美のこと。雨と栗田のこと。そしてドウマのこと。
(…………死ぬ前……、あっちの世界では独りだった。でも、この世界では独りじゃない。信じるべき人がいる)
「っっっ……、わかったよ……雨さん」
「……ありがとう、界くん」
「うん…………だけど、その前に……」
「えっ……?」
界は雨の背中に軽く触れる。
「……か、界くん……なに?」
雨はちょっとだけ恥ずかしそうに界に尋ねる。
「……うーん、おまじないかな」
「……そう、よく効きそうね」
「ははは……、それじゃあ、雨さん、必ず篝火堂院長を連れてくるから、それまでなんとか持ちこたえて……!」
「えぇ……」
雨の相槌を確認し、界は意を決して走り出す。
(……ここから院長室は少し遠い……、急がないと……!)
界はペース配分なんか考えずに全力疾走する。
「界くん、行ったわね……」
雨は界が静寂の間から立ち去るのを確認する。
「アサネぇ……!!」
狒々は自身を拘束していた氷のリングを力づくで破壊し、雨に向かって接近してくる。
「っ……、もう外したの? 結構、力強いのね?」
「ソウ、オデ、力強イ……強イ子デキル。 交尾スル」
「…………さっきから交尾、交尾って…………それって動物だけがするものでしょ?」
雨は不思議そうな顔をする。
雨はふと、家で飼育されていたカブトムシのメスがオスをおんぶしていた時のことを思い出す。
◆
『ねぇ……お父さん……この昆虫は何をしているの?』
『え……えーと、……それは交尾……だね』
『交尾……? なにそれ……』
『ど、動物は交尾をすることでな……子孫を残すんだ』
『ふーん』
◆
「…………あ、そうか、猿は動物だから、別に変なことじゃないのかな?」
などと、雨は自分なりの解釈をする。
「でも、そもそも霊魔って子孫なんて残せるのかしら? ……それ以前に、私は動物でも霊魔でもなくて、人間なんだけど……!」
人間も動物に含まれることに気付いていない七歳児は、その言葉と同時に、狒々に向けて、大きな氷の礫を飛ばす。
「グベェ……!」
氷の礫が直撃した狒々は大きく仰け反る。
「氷術〝氷塊連弾〟」
「グゲ……、グガっ……、ガゲ……!」
雨は追い打ちで氷の礫を何度も狒々にぶつける。
狒々はバランスを崩し、後方に派手に倒れる。
「…………界くん、もしかしたら篝火堂院長は不要かも」
雨は凍てつく視線を狒々に送る。
「だって、私がこいつを倒しちゃうかもしれないから」
◇
雨が狒々と交戦している頃――。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
(……着いた)
界は薄暗い寂護院を全力で駆け抜け、院長室の前に辿り着いていた。
(……ここにクラス5〝力級〟の篝火堂院長がいる。雨さんが一人で狒々と戦っている……)
「急がなきゃ……!」
界は息を呑むこともせず、急いで扉を開けた。




