12.魄術
界は鏡美がそうしていたように、腕を前に出し、手の平を上に向ける。
「やります……妖術〝蛍火〟」
(…………)
結論、なんも出なかった。
【あはははは! お前、なんか雰囲気、一発で成功させちゃいますよ……みたいな感じ、醸し出してたのに何も出ないじゃねえか】
(……おい、やめろ。なんか恥ずかしいだろ)
ドウマの冷やかしが界には結構クリティカルヒットする。
「っっ……」
鏡美も絶句している。
(うわ……鏡美先生、絶句する程、驚いてるよ……)
「なぜ、できな……まさか……っっ……あ、も、申し訳ございません!」
(できないことに驚いた上に、まさかの憐みの謝罪……やっぱりこの妖術ってめちゃくちゃ簡単なんだろうな……)
界は少しへこむ。
「え、えーと……界様……やはりまずはしっかりと体術の訓練をいたしましょう。体術は少々、地味ではありますが、決して無駄になることはございません」
「……あい」
結局、その日は体術の訓練という名の筋肉トレーニングを行った。
やはり、それはそれで、結構、きつかった。
翌日――。
「鏡美先生」
「あ、はい……どうなさいましたか? 界様」
界は鏡美に会うなり、ニマニマとしながら、声を掛ける。
「見ててくださいね」
「……? はい」
「妖術〝蛍火〟」
界の手の平から、ほんのりと青い炎が発生する。
「っ……!!」
その様子を見た鏡美は明らかに動揺する。
「界様……これは……?」
「えーと、実は昨日、悔しくて訓練の後、自主練してみました」
界は鏡美との訓練の後、こっそりと蛍火の練習をしたのだ。
何度も何度も失敗を繰り返したが、ついに小さな炎を出すことに成功したのだ。
「これを……界様ご自身で……?」
「……ん? そうですけど……」
「っっ……」
鏡美はやはり絶句する程、驚いていた。
そんな様子を見て、界は思う。
(鏡美先生、昨日はできないことに驚いてたけど、今日はできたことにこんなに驚いて……鏡美先生ってひょっとしてリアクション芸が得意なのかな?)
そんなことはない。
鏡美がこれほどまでに驚いていたのには理由がある。
依代の子が簡単な妖術すら使えないこと。
普通の子の四歳児が妖術を使えること。
どちらも別の意味で前例がなかったのだ。
「はぁ……鏡美先生、でもこれでちょっとすっきりしました」
「え……?」
「自分、全く才能がないのかなぁと思っていたので……」
「そ、そんな……界様、滅相もございません」
「はは……」
(励ましてくれてるな……なんかリアクション激しいけど、なんだかんだ、鏡美先生は優しいな……)
「あのそれで、先生……できれば〝心〟についても概要を教えていただけないでしょうか?」
「え……?」
これまで心技体のうち、体が体術、技が妖術までは教わったが、心については何も聞いていなかった。
「そ、そうですね……心については、しばらくはお預けになるかと思いますが、ご希望であれば概要についてはお話いたします」
「お願いします」
「心……それはすなわち心を映し出す術です。その特殊な術は魄術と呼ばれています」
「魄術……? 妖術とは何が違うのですか?」
「妖術は言ってしまえば、適正さえあれば誰にでも使うことができます。一方で魄術は、術者の心を形にした術です。すなわち、術者固有の術というわけです」
「な、なんだかすごそうですね」
「えぇ……そもそも魄術は使える者自体がそう多くはありません」
「そうなんですね……それで鏡美先生、どうやって使うんですか?」
「全く……界様はせっかちですね…………あっ! 私としたことが……た、大変申し訳……」
「鏡美先生、いちいち謝らなくていいですよ」
「えっ…………は、はい……」
鏡美は虚を突かれたような顔をしている。
「あ、それでえーと、魄術の使い方なのですが……これに関しては本当に特に教えられることはございません。その才がある者は魔力の形を変えることができるのです」
「な、なるほどです……」
(魔力の形を変える……か……)
界はふとどんな感じかなと魔力に意識を向ける。
「あぁあああ! 界様、ストップです!」
「え……!?」
「お、恐れ入ります。い、今、魔力の形を変えようとしませんでしたか?」
「あい……ちょっとやっちゃいそうになりました……」
「それ自体は悪いことではないのですが……実は魄術は一度、魔力のイメージが固定化されると二度とその形を変えることができません」
「……!」
「魄術能力者の中には、どうも術にしっくりこないと悩まれる方もいらっしゃいます。な、なので……しっかりと自分の心と向き合った上で、挑戦された方が……」
「あい……鏡美先生、教えてくださりありがとうございます」
(一度、魔力のイメージが固定化されると二度とその形を変えることができないか。危ない危ない……。要するにうっかりお試しで、〝○んこ〟とか作っちゃったら、それが固有能力になってしまうということか……?)
そんなアホなことを考えていた界はふと気づく。
(あれ……? 前にも一度、魔力を変形させようとしたことが……)
それは界が二歳の時だった。
母にスマホをロックされてしまった界は独学で魔力を変形させようとしたのである。
(憎まれ口を叩きながら、それを止めてくれたのは……)
【…………】
「……ありがとな、ドウマ。お前って実は結構、いい兄貴分だよな……」
【っ……!? はぁ!? 急にどうした!? 何がだよ!】
界の突然の謝意に、ドウマは少し動揺していた。
【というか、小僧……! 貴様は一つ大いなる誤解をしている!】
(へ……? ……!)
ふと、気づくと鏡美が界をじっと見ていた。
(あ……やば……またドウマとの会話を口に……)
界はちょっと焦ったのち、妙に冷静になる。
(まぁ、いいか……このくらいの年齢ってのは、内なる自分と会話しちゃう感じでしょ……)
それは中学二年生くらいの話であり、四歳児には少し早い。




