第12話 新たなる発見
「ふぅ、思っていた以上にお客さんが来てくれたわね」
なんとか初日を乗り切り店舗奥で、ただ今休憩中。
「すごかったですね、こんなに忙しくなるなんて思ってもいませんでしたよ」
そう言ってエレンが驚いているが実は私が一番驚いていたりする。
正直開店から一週間ほどは試食一辺倒で売り上げは期待していなかった。だけど現在そこそこの売り上げがレジに収納されている。ただ今グレイが集計しているところだ。
「でもいろいろ見直すところはあったわね。お客さんの流れがまだ読み切れていないし商品の売れ行き度を読み間違えてしまったわ」
前世での記憶を元に商品の量を調整していたのだけど、売れると思っていた生クリームのケーキ系が残り、逆にバリエーションのために用意したシュークリームやタルトが異様に売れてしまったのだ。
恐らく原因は見た目の形。
シュークリームやタルトは似たお菓子がこの世界に存在する。そのおかげで素直に受け入れやすいのだと思う。
まぁ、こればかりは試食を繰り返して生クリームを馴染んでもらうしかないだろう。
「お嬢様本日の売り上げが出ました」
「ありがとう」
グレイから売り上げが書かれた台帳を受け取り確認する。
金額的に予想を超えていたけど……これではダメだ。
「やっぱりもう少しケーキ系が売れてほしいわね」
「シュークリームばかりではダメなんですか?」
私が難しい顔をして台帳を眺めているとエレンが尋ねてきた。
「コストの問題なのよ。ケーキ類は手間はかかるけどスポンジ部分でコストを浮かすことができるの。逆にシュークリームはそれほど手間はかからないけれど、中のカスタードのコストがどうしても高くなってしまうのよ。それにシュークリームは見た目が地味でしょ? だから値段はケーキより下げなければ見向きもされなくなるわ」
実はシュークリームに入っているカスタードには果実糖と砂糖を混ぜて使用している、果実糖だけでカスタードクリームの試作を作ったのだけど、甘さがどうしても足りなかったのだ。そのため果実糖の中に砂糖を混ぜて作っているから少々コストが上がっている。
それにしても馴染んでもらうためとはいえ、試食用のケーキ代もなかなかバカにならない。
ここの立地はメイン通りではないせいで販売店舗等が少ない上、あまり買い物客も立ち寄らない。おまけに貴族区の境界線付近なので庶民の人たちは恐れ多くて近寄らないのだ。また逆に貴族からすれば庶民区の近くでは住みたくないようで、このお店の隣りに経っているお屋敷なんて長年買い手が見つかっていないという。おしゃれなんだけどなぁ。
話が逸れてしまったけれど、この辺りは元々不人気地区のため人通りが少ないのだ。
そのため通りがかる商家の人や貴族区で働かれている人たちに試食でアピールする方法を取ったのだが、思った以上にこの国の商人魂が強かった。
初めて見る食べ物に食いつくつ商人の人たち、凄まじかった……エレンたちは何度製造方法を聞かれていたか。
流石にレシピを教えるわけにはいかないので、一部の商人たちは食べて材料を調べようとするため食べるわ食べるわ、元々試食の風習が無いので何度も同じ人が食べたり、大量に持ち帰ろうとする人まで出る始末、思わず『お一人様一つでお願いします』なんて叫んじゃいましたよ。食い過ぎじゃ!
材料が分かったとしてもこの世界の人たちには作り方が分かるはずもないのに。
そして人集めの最大誤算はリリーたちの存在、あんな可愛い子たちが街頭で接客してるんですよ!
女の子たちが集まる集まる。
つまりね、リリーたち可愛い→女の子集まる→キャーキャー騒ぐ→メイン通りに女の子の声が届く→更に集まる→女の子甘いの大好き→試食ケーキなくなる→キャーキャー騒ぐの繰り返し。
女の子の声って遠くまで響くんですよね。女の子こえーーっ!!
おかげで予想以上に人が集まり結構な数をバラまいたというわけ。赤字とまではいかないけれど長期で続けるには正直キツイ。
「そんな難しい顔をしてますと美人が台無しですよ」
そう言って調理場から出てきたディオン手には、いつの間に作ったのか料理の皿が乗っていた。
「わぁ、いい匂い」
「ホントね、今日は忙しすぎてお昼もゆっくり取れなかったから」
「すきっ腹に優しいスープからお召し上がりください」
「ありがとうディオン」
こんな風にみんなで食べる食事っていいわね、ここ一年ほどは食事はいつもエリスと二人っきりだった。
エレンたちを何度も誘ったのだけど結局一度も一緒に食べてくれなかったわ。まったく頭が固いんだから。
「それでお嬢様、これからどのような戦略で進めていかれるのです?」
食事を食べながらディオンが私に尋ねてきた、同じ料理人として次に出てくる商品が気になるのだろう。
「しばらくはこのまま試食を進めていくわ、ケーキと生クリームを受け入れてくれるようになれば次の段階に進むつもりよ」
「次と言うのは新商品ですか?」
「ええ、ケーキのバリエーションはまだまだあるしね。ただ生クリームだけだとすぐに飽きてしまう人がいるし苦手な人もいるのよ。できればチョコレートがあればいいのだけれど」
実はこの世界にはチョコレートが無いのだ。チョコレートさえあれば一気にバリエーションが増えるし、ケーキに使用しなくてもミルクと混ぜてミルクチョコとしても売りやすい。
逆に見つかればバカ売れ間違いなし! なのだけれど、セネジオに聞いてもカカオなんて知らないと言われてしまい、結局未だに見つかっていない。もしかして世界には存在しないのかもしれない。
「なんですかそのチョコレートって?」
街へ買い物に行ってるエレンが知らないとなるとやっぱり無いのかなぁ。
「黒くて甘いものなんだけど……大人から子どもまで誰でも食べやすくて、『苦手な人がいないって』程のお菓子よ」
「そんなお菓子があるんですか?」
「それはどんな食材からできているんですか?」
「カカオって実の種から作るんだけど、ディオン知らないかしら?」
ディオンからの質問に思わず質問で返してしまったわ、頭を傾げてる様子じゃやはり聞いたことは無さそうね。
「そのカカオという実はどのような形なのでしょうか?」
「えっとね、たしか温暖な気候でしか取れなくて、大きな木に鈴なりのように実って、こう長細くてこれぐらいの大きさね、色はね……」
「黄色や茶色っぽい実じゃないですか?」
私が覚えているカカオの詳細を必死で思い出しながら、身振りや手振りで説明していたら途中でエレンが話しかけてきた。
「知ってるの!?」
「違うかもしれませんが、実の中身に白く綿のような物に包まれた種が入ってるんじゃないですか?」
「それよ!」
セネジオに聞いても分からなかったのに、なんでエレンが知っているのかしら?
「たぶんそれココナの実だと思いますよ? 私のお祖母ちゃんがインシグネ地方にある小さな村で暮らしていいるんですが、毎年送って来るんです。売れ残って邪魔だからって。
お父さんは『この苦味が癖になるんだ!』って言って食べてますが私は苦くて食べれませんでした」
「うふ、うふふふ、それよ! 間違いなくカカオだわ。あれはね加工しなければ苦くて食べられないのよ。驚くわよチョコレートにした時の違いの凄さに」
まさか名前が違っていたなんて盲点だったわ、今までの材料や食べ物の名前は一緒だったから考えてもいなかった。
あと問題なのは種の加工方法ね。まぁそれはいろいろ試してみれば分かってくるはず。
「エレン、その実の種だけ手に入らないかしら?」
「種だけですか? いいですよ、お祖母ちゃんに手紙を出しておきますね」
「お願いね、品物代は払うから」
「いえいえ、大丈夫ですよどうせいつも余って畑の肥料にしてるだけですから」
ひ、肥料ね、それが化けた時どんな反応をするのかしら。
その後、ココナの名前が地方の独特の訛りで、カカオのあまりの人気の無さに超超超マイナー商品だったと知るのはまた別の話である。




