第105話 オオムラサキ
な、なんだ今のは!?
〈おおきいチョウチョがどっかいった〉
「でも、もどってきたわん」
ワンちゃんは目を白黒させてビックリしている。
何だと!? マジかよ!?
俺は思わず空を見上げると、紫紺に輝く魔物が通り過ぎていった。
でかすぎるだろ!? 六メートル――いや、それ以上のでかさだ。何度も俺たちの上を通り過ぎているってことは、俺たちを探しているのか?
「はわわわわわっ、あれはジャイアント・パープル・エンペラー!! オオムラサキの魔物ですわ!! わ、私たちは怒りを買ったのですわ!!」
ぷっ、こいつのこの取り乱し様、面白いな。いつもの冷静さはどこに行ったんだ?
だが、そうなると、ハイ・ヒューマンキラー級か、それ以上の魔物ってことだ。
「マークⅢ、お前は皆を連れて俺から離れろ。奴は俺一人で倒す」
「そ、そんなマスター、あ、あまりにも危険すぎますの……」
「いいから行けっ!!」
「……わ、分かりましたの」
名残惜しそうなマークⅢは仲間たちを率いて来た道を引き返し、空に視線を転じた俺は、『プリン砲』を発動しながらオオムラサキに目掛けて森の中を疾走する。
射線が通った瞬間、俺はバスケットボールぐらいまで大きくなったプリンを放つ。
だが、オオムラサキは七色に輝く極太の光線を放ち、俺のプリンは搔き消され、巨大な光線が俺に降り注ぐ。
「――なっ!?」
咄嗟に俺は『フルフル』を発動して光線を回避する。
振り返ると、背後の森が数百メートルにわたって消滅し、焦げ付いた地面から煙が立ち上がっていた。
な、何だこの威力は……異常過ぎるだろ。
オオムラサキは無音で俺の頭上を一瞬で通過したが、その後には、プリズムのように輝く鱗粉が降り注ぐ。
思わず俺はそれを避けたが、鱗粉に触れた木々や大地は一瞬で石化した。
マジかよ!? やばすぎるだろ!?
ていうか、まずはなんとかして奴に近づかないと話にならん。
森の中という地形は俺にとっては都合がいいが、奴にとっては広いスペースがないと下りてこれない――つまり、奴が仕掛けてくる場所は見当がつく。
森の中を駆け抜けた俺は開けた場所に出る。その瞬間、目前に巨大な竜巻が降ってきた。
――こいつ、俺の行動を読んでやがったのか!?
『フルフル』を発動した俺は、神がかり的な動きで巨大な竜巻を回避し、開けた大地に転がり込んで振り返る。
俺がいた場所の辺りは、何もかもが巨大な竜巻に飲み込まれて、上空に吹っ飛んでいた。
さっきの光線ほどではないにせよ、マジでやべぇ。
――奴はどこだ?
俺が空に目をやろうとした瞬間、俺の目前に巨大な羽があった。
間一髪、槍で羽の一撃を受けた俺は、踏ん張りが効かずに吹っ飛び、木々や岩の中を突き抜けていた。
ちぃ、こいつ、音もなく現れるから、マジで厄介過ぎる……
ていうか、また森の中かよ。
勢いよく起き上がった俺は、怒りを抑えながら迷いなくオオムラサキへと駆ける。
広場に出ても同じ二の舞になる。俺のレビテーションの魔法は浮くことはできるが、移動が致命的に遅く、歩く程度の速度しか出ない。なら、跳躍して一撃離脱を繰り返すしかない。
俺は点在する巨木に目を向ける。
木を足場に空へと駆け上げる……いや、無理だな。
ゆっくり上ることは可能だが、俺の脚力で木を蹴ったら、木は消し飛ぶからな。やはり、地面から一気に上空まで跳躍するしかな――
思考を終えるより早く、唐突に前脚の連撃をくらった俺は、砲弾みたいに空を裂いて吹っ飛んだ。
巨木をなぎ倒しながら山のような岩にぶち当たって、俺の体は静止した。
「ぐはっ!?」
俺は口から血反吐を撒き散らす。
腹の一発が“全耐性の腕輪”を貫通しやがった。
なんてパワーだ!? こいつ蝶だろ!? マジかよ!?
しかも、完全に想定外、意識の外からの攻撃だった。こいつ、上空から森を破壊して強襲しやがったのか!?
……だが、面白い。
『プリンシェイク』を発動した俺は、掌を口に当てて液体プリンを飲む。
さっきの一発で俺のHPの半分近くをもっていかれたが、重要なのはそこじゃない。HPが減った分だけ、SPも減っていることのほうが問題だ。
ハイ・ヒューマンキラーとの戦いでは、SPがネックだったが、今の俺には『プリンシェイク』がある。
要するに、俺の戦い方はHPよりも、SP管理が重要だということだ。
俺が瞬時に起き上がると、オオムラサキが羽で森を破壊しながら真っすぐに、俺に目掛けて突っ込んでくる。
下りてきたのなら話は早い。望むところだ。
俺は、弾かれたように突進し、オオムラサキと激突する。
オオムラサキは紫電と化した前脚の連撃を繰り出してくるが、俺は事もなげに槍で弾き、紫電の閃光を躱す。
……遅い。
こいつは飛行しているときは俺よりも速かったが、地上にいるときは明らかに俺より遅い。
おそらく、飛行速度が上がる魔法か特殊能力を持っているんだろうな。
よくよく見ると、こいつの羽は紫紺に輝きながらも時折、光の加減で青から緑へと美しく変化している。
まるで、その羽は綺麗に作られたステンドグラスのようだ。
……とはいえ、こいつの速度は遅いが、攻撃をくらえば、一撃、いや、二撃で俺は散るだろう。
しかし、俺はオオムラサキの攻撃を躱しながら、淡々と執拗に綺麗に光り輝く羽に槍を突き入れる。
やがて、オオムラサキの片翼が地に落ち、オオムラサキの口から耳をつんざくような奇声が迸る。
くくっ、不意打ちの成功で、俺を殴り殺せると思っていたようだが、甘かったな。
オオムラサキは薙ぎ払うように七色の光線を放ったが、俺は側面に回り込み、羽を削がれ、無防備な胴体に無数の穂先を突き立てる。
狂ったように暴れ回ったオオムラサキは、空へと逃れようともがいたが、宙に浮くことすら叶わなかった。
オオムラサキは退きながら、光り輝く鱗粉を周囲に撒き散らし、オオムラサキを中心に、その周りの石が不安定に浮き上がり、半球体の透明な膜が一気に膨れ上がる。
――全方位攻撃かっ!?
我知らず『フルフル』を発動した俺は、地面を踏み抜き、それによって生じた大穴に身を投じて衝撃波を回避した。
……あ、危なかった。なんて攻撃をしやがるんだ。くらっていたら詰んでいたかもしれん。
穴から飛び出した俺は、オオムラサキが反応する間もなく距離を詰める。
「終わりだ」
俺の槍が一閃し、オオムラサキの首が弧を描いて宙に舞う。
その直後、首を失ったはずの巨体が魂を引き裂くような旋律を轟かせ、身体中から金色の光を拡散させる。
――やべぇ!?
俺の背中が戦慄に凍りつく。
瞬間的に“威風の腕輪”を使った俺の体から、深紅の輝きが吹き荒れる。
その刹那、紅蓮の閃光と化した俺は、オオムラサキの体を突き抜けた。
振り返ると、オオムラサキの体は三つに分断されて崩れ落ち、金色の輝きは静かに失われた。
「あまりに速すぎるな……」
“威風の腕輪”を解除した俺は思わず呟いた。
……にしても、この森はやばすぎるだろ。こんな奴がごろごろしているとは思えないが、これ以上、バタフライ種を狩るのは危険だ。少なくとも、こっちからは攻撃しないほうがいいだろうな。
俺はその場から動かずに、仲間たちを待っていると、森の奥からマークⅢが仲間たちを連れて姿を現した。
「まさかジャイアント・パープル・エンペラーを倒せるとは思いもしませんでしたの。さすが私のマスターですわ!!」
上機嫌なマークⅢの顔に、無邪気な笑みが花のように広がった。
「マークⅠ、すまんが俺の体力を回復してくれ」
〈わかった〉
俺の体が金色に輝き、それが何度も繰り返されると、俺の体力が全快する。
「それにしても、『金剛蛹』を持っているジャイアント・パープル・エンペラーを、近接戦で仕留めるなんて信じられませんの。私は『プリン砲』でしか勝機はないと思っていましたの」
マークⅢが歪んだ空間に、オオムラサキの死体を入れながら言った。
「『金剛蛹』? 何だそれは?」
「追い詰められると蛹になり、その間は攻撃が無効ですの。孵化すると一段階強さを増して、体力などのステータスの値も全快しますの」
おそらく、最後の光の輝きのことだろうな……しかし、それはどう考えても反則じゃねぇか。
「まぁ、『プリン砲』での決着は俺も考えていたが、奴は俺に殴りかかってきた。その時点で奴の未来は詰んでいたということだ」
「……もしかすると、それは習性かもしれませんの」
「どういうことだ?」
「オオムラサキは樹液をめぐる争いで、相手がカブトムシや大雀蜂でも、全く退かずに戦うファイターですの」
なるほどな。しかし、オオムラサキは日本の蝶だと思っていたが、こっちにも存在していることに俺は違和感を拭えなかったのだった。
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