第103話 新部隊の初陣 ☆レイ
湖からさらに南下した俺たちは、目の前に広がる広大な森を前にして足を止める。
なんだこの感じは?
俺の背中が一瞬、凍り付いたような感覚に陥った。
なぜだ? 一見、これまでに踏み入った森と何ら変わらない感じなのにな。
違和感を残しながらも俺は、踵を返して隊員たちの顔を見渡した。
彼らには移動を優先させるために一度も戦わせていないが、これまでにパーティを組んでいたはずだから、初めて戦うわけじゃない。
それが各々何かしらの理由があって、今ここにいるってだけの話だ。なので、俺の強化した武器があれば問題なく、魔物を倒せるはずだ。
クーガたちもそうだったからな。
ただし、戦士組が13人、盗賊組が4人で、盗賊組は2人一組だから問題ないが、戦士組は5人組を二部隊しか作れずに3人余ることになる。
「戦士組は一度の戦闘において囮役を2人立ててくれ。囮役は敵を攻撃して相手の攻撃にひたすら耐えるという役目で、一戦ごとに交代だ。攻撃対象は通常種だ。囮役の2人がそれぞれに通常種を攻撃し、通常種の攻撃に耐えている間に残りの戦士組が敵を囲んで倒す、そんな感じだ」
「そうなると俺たちは13人いるから人数を二つに割ると、どちらかが1人多くなる」
腰まで伸びる真白なロングヘアーの男が、即座に反応した。
雪のように白い髪が静かに揺れる――だが、その眼光は、鋭利な刃のように冷たく光っていた。
「1人は休みでも構わない。状況で判断したらいい。あんたの考えだと常に通常種の魔物が2匹以上いる前提になっているが、1匹の場合もある。その場合、半数を休ませても構わないということだ」
「ずいぶん、柔軟なんだな」
そう返した男は、それ以上、何も発しない。
測れないタイプだな。だが、この状況下で即座に反応した点は期待できそうだ。
「あんた、名は?」
「私の名はレイだ」
「なら暫定的だが、あんたに戦士組と盗賊組のまとめ役を頼みたい。主に誰が戦って、誰が休むとかをだ」
「分かった。引き受けよう」
「助かる。基本的には、一度の戦闘であんたらが戦う魔物の数は最大4匹になる。戦士組は通常種2匹、盗賊組は2人一組になって下位種2匹を倒す。それ以上の数の魔物は俺たちが倒すから、あんたらは気にしなくていい。だが、この森には俺たちも初めて入るから連戦になる可能性もある。まぁ、その辺は臨機応変に対応してくれ。何か質問はあるか?」
俺はしばらく待ったが、誰からの質問もなかったので、俺たちは森の中へと踏み入った。
森の中は、【戦士の村】から西にある森と変わらない感じだ。
とにかく、前進するしかない。
俺は戦闘になることを考慮して、なるべく広いルートを選択して進む。
〈まえにちっちゃいのがいっぱいいるよ〉
俺の肩にダークと一緒にのっているマークⅠが思念で言った。
小さいの? なんだそりゃ?
「ちいさいのがたくさんいるわん」
ワンちゃんも辺りをクンクン嗅ぎながら俺に報告する。
「おそらく、俺たちがこれまでに遭遇したことのない新種がいそうだ。マークⅢと盗賊組は何か気づいたら知らせてくれ」
マークⅢと盗賊組が頷いた。
俺たちが警戒しながら進んでいくと、盗賊組の一人が声を上げる。
「見えました!! 10センチぐらいの虫系の魔物が――ざっと200ほど。30センチぐらいの奴が10ほどいますね」
『千里眼』か……さすがだな。俺にはこの距離ではまったく見えないからな。
しかし、10センチとは小さいな。いったい、何の魔物なんだ?
「……で、俺たちに気づいているのか?」
「いえ、気づいてないと思いますね。奴らは密集したままですから」
なんにせよ、マークⅢのアナリシスの魔法が届く距離まで近づくしかない。
俺たちが息を殺して慎重に進んでいくと、マークⅢが思念で俺に話しかけてきたので、俺は即座に腕を横に伸ばして隊員たちを制止させる。
〈相手はダニの魔物、マイト種ですの。持っている特殊能力が厄介ですわ〉
ダニだと? それで10センチしかないのか……
俺はマークⅢからマイト種の詳細を聞いて顔を顰めた。
「相手はマイト種、ダニの魔物だから弱い。だが、数が多すぎるから今回は戦士組が前衛、盗賊組とマークⅠとダーク、ワンちゃんが中衛で戦士組のフォロー、残りは後衛だ」
皆が頷き、俺たちが進んでいくと、接近を感知したマイト種たちが、無数の弾丸のように戦士組に襲いかかる。
戦士組の全員が俺が強化した大盾を持っているので、レッサー・マイトたちの攻撃を容易に跳ね返すが、相手は小さすぎる上に、素早さも【戦士】とさほど変わらないので戦士組の攻撃は当たりにくい。
だが、中衛の盗賊組は前衛を通り抜けたレッサー・マイトたちを、難なく剣で斬り裂いている。マークⅠたちとワンちゃんからすれば雑魚でしかない。
俺が盗賊組を前衛にしないのは、彼らは紙装甲なので、鎧以外の部分に攻撃を受けると致命傷になるからだ。
戦士組はレッサー・マイトたちの攻撃を体で受けても、ダメージには繋がらない。なので、羽虫を叩き落とすかのように躍起になって、レッサー・マイトたちを攻撃していたが、その動きは精彩を欠き始めていた。
マークⅢから聞いた『体力減衰』『気力消失』が原因であることは明白だ。
『体力減衰』は噛まれると1分ごとにHPが10減少し、『気力消失』は噛まれる度に集中力が徐々に失われていくというものだからな。
しかし、【戦士】【剣士】のHPはレベル1でも500はあるので時間的猶予はあるが、集中力が低下して命中率が下がるのは問題だ。だが、隊員たちにはポーション二本とキュアポーションを持たせているから、いつでもこれらの状態異常は回復できる。
半数ほどのレッサー・マイトを倒したところで、これまで動きを見せなかったマイトたちが動き出す。
一気に距離を詰めたマイトたちが戦士組を強襲する。その様は、まるで大砲による砲撃そのものだった。
あまりの威力に完全に虚を突かれた戦士組の数人が、命綱である大盾を手放してしまい、戦士組は混乱状態に陥った。
「マークⅠ、ワンちゃん、マイトたちを盗賊組に近づけさせるな!!」
〈うん〉
「わかったわん」
即座にダークに騎乗したマークⅠ、そして、ワンちゃんが、盗賊組の前に庇うように立つ。
「な、なんだよこれっ!?」
「噛まれた腕がどす黒く変色してるぞ!?」
「あ、脚がぁ!? 脚が痛ぇええぇ!!」
マイトたちに噛まれた戦士組から絶望的な叫び声が次々に戦場に響き渡る。
「噛まれた部位が変色した者は下がって回復しろ!!」
おそらく、噛まれた箇所が腐れ落ちる『腐食牙』だろうな。だが、処置が早ければキュアポーションで回復できるはずだ。
「マスター、予定通りに戦士組を助けにいきますわ」
何匹かは倒せるかと思っていたが、一匹も倒せないとは俺もまだまだだぜ。
「ああ、任せる。マークⅡと一緒にマイト種を全滅させてくれ」
迷いなく突き進んだマークⅡとマークⅢが、瞬く間に刃でマイトたちを斬り裂き、残ったレッサー・マイトたちも雑草でも刈るかのように次々と殲滅したのだった。
その圧倒的な光景を目の当たりにした戦士組の面々は、茫然自失といった表情で立ち尽くしている。
「体に異変がある者はポーションやキュアポーションで回復しろ」
俺の声に、我に返った戦士組が弾かれたように動き出す。
「盗賊組はマイト種の死体を回収してくれ」
頷いた盗賊組がマークⅢから麻袋を受け取って走り出す。
だが、レッサー・マイトは10センチしかない。首を切断するより、死体ごと回収したほうが早いだろうな。
俺はそう思いながら盗賊組の回収作業を眺めるのだった。




