第102話 甘いお菓子と幻夢の霧
翌朝、俺は甘い香りに誘われて目を覚ます。
すでに仲間たちは起床してテーブルを囲んでいて、そのテーブルには色とりどりのお菓子があふれんばかりに積まれていた。
まぁ、マークⅢが人の姿になったことで、食べ物の美味さを知ったんだろうが買いすぎなんだよ。
「キュキュッ!! キュキュッ!!」
お菓子を食べているのはマークⅢとワンちゃんで、翼をバタつかせてダークがお菓子を催促している。
マークⅢが饅頭を一つ手に取って口に運ぶと、いつになく真剣な表情をしているワンちゃんも饅頭を一つ取って食べる。
微妙そうな表情のマークⅢがチョコレートケーキに手を伸ばす。
その表情に、静かに頷いているワンちゃんが、饅頭が入っている箱をダークの前に置き、チョコレートケーキを手に取った。
「キュキュッ!! キュキュッ!! キュキュキュッ!!」
ダークは嬉しそうに鳴きながら饅頭を食べている。
なるほどな。マークⅢとワンちゃんがお菓子を食べて、あまり美味しくなかったらダークに回しているのか。
しかし、二人はともかく、魔物をバクバク食べているダークに、お菓子の味が分かるのか?
「マスター、あの武具を強化してほしいですの」
焼いたリンゴのような果物に、蜂蜜をたっぷりとかけたお菓子を頬張るマークⅢが武具を指し示す。
マークⅢが差し示した方向に俺が目をやると、部屋の隅に所狭しと木箱が積み上げられていた。
俺が木箱の中身を確認していくと、ガダン商会の鋼の剣が100本、鎧、大盾、ブーツが50、さらにはミスリルまで2セットあった。
昨日、新メンバーが17人入ったことで、装備の数は減ったからガダン商会の鋼の武具の強化は急務だが、金は大丈夫なのか? ミスリルが2セットだぞ?
全てHQだったとすると、剣が6000万、鎧が1億6000万、盾が1億2000万、ブーツが4000万で、1セットで4億ぐらいかかっていることになるはずだ。つまり、8億だぞ?
「マークⅢ、お前に金のことは丸投げしているが、本当に金は大丈夫なのか?」
「実は破産してましたの」とか平然と言われたら、笑うに笑えないからな。
「前にも言いましたが、耐久値が上がった武具は二倍の値段で売っているので、ガダン商会の武具をいくら買っても問題ないですの」
問題ないだと? ――そうか!? 金の計算を全くしていなかったから気づかなかったが、俺が強化した武具の半数は耐久値が上がる。それを買った値段の二倍で売ったらプラスマイナス〇だ。
要するに、ガダン商会の武具を買えば買うほど、無料で硬度が上がった武具が増えていくってことだ。
まぁ、俺が魔法で強化するという手間はかかっているが。
「だが、俺の装備やお前らの装備はミスリルだ。その時点でかなりの金を使っているのに、さらにミスリルを二セット買った金はどこから出てきたんだ?」
「剣や斧に比べて、槍は人気がなく、盾も大盾のほうが人気なので、そういう人気がない武具で、硬度が上がった武具を売りましたの。1つ売れば500万円になりますわ」
500万だと!? マジか? 100売れば5億になる……マジかよ?
「この方法でお金を稼いでミスリルの武具を増やそうと考えていますの。日本に戻るとミスリル製品はもう買えませんから」
ぐうの音も出ないとはまさにこのことだ。こいつがいてくれてマジで助かるぜ。
「もう金のことは聞かん。お前の思うように進めてくれ」
「分かりましたの」
その後、俺は武具をひたすら強化してから、狩りに出かける。
メンバーはマークⅠとダーク、マークⅡ、マークⅢにワンちゃん、そして、新人の17人だ。
クーガたちには狩りに出かけるように、先に指示を出しているが、半日ほどで帰還するように伝えてある。
彼らは昨日の狩りで、見守っていたマークⅡたちの手を借りることなく、無事に戻ってこれたようだ。だが、まだ終日の狩りは危険で心配だからな。
俺は移動速度を優先させるために、マークⅢたちに邪魔な魔物を排除するように指示を出し、俺たちは南の砦をさらに南下して進んでいく。
南の砦周辺で俺たちが狩りをしないのは、クーガたちと魔物の奪い合いになることを避けるためだ。
「このまま進めば、湖側の勢力と黒亜人の勢力が戦争している可能性が高いですわ。新人たちに黒亜人を倒させるんですの?」
「まぁな。お前らが新人たちでは倒せない通常種を倒せば、残るのは下位種だからいけるだろ?」
「確かにそのほうが手っ取り早いと思いますわ」
俺たちが進んでいくと、湖が見え始める。
「ん? なんか数が少なすぎるな?」
「確かに少ないですわ。ウェアウルフが10匹ほどしかいませんの」
いや、よく見ると、ウェアウルフたちの後方には多数の黒亜人たちが転がっている……おかしいのは、湖側の勢力が見当たらないことだ。
それでも俺たちが進んでいくと、ふいに違和感を感じた俺は足を止める。
何だ今の感じは?
俺が辺りを見回すと、先ほどまであった巨大な湖がなくなっていた。
「すぐに引き返せっ!!」
鋭く声を発した俺が身を翻すと、何事だと面食らう仲間たちも引き返す。
俺は時折、湖があった方向を見ながら進んでいくと、唐突に湖が出現した。
そこから、少し歩いた場所で俺は立ち止まって湖を注視する。
「突然、どうしたんですの?」
気づいていないのか? 湖が消えたことに。
俺は視線を遥か前方にいるウェアウルフたちに転ずると、10匹ほどいたウェアウルフたちが半数ほどに減っていて、見えない敵と戦っているような動きをしていたウェアウルフが湖に落ちた。
だが、ウェアウルフたちは気にすることなく、一人芝居を続けている。
「見てみろ。ウェアウルフの数が減っているだろ?」
その言葉に、マークⅢたちが一斉にウェアウルフたちを見る。
「本当ですわ……でも、なぜ数が減ってるんですの?」
「見ていれば分かる」
俺たちがウェアウルフたちの動向を注視していると、さらに一匹のウェアウルフが湖に落ちた。
「えっ!?」
マークⅢたちは驚愕に目を見開く。
「なぜ、ウェアウルフは湖に落ちましたの?」
マークⅢの言葉に、皆の視線が俺に集中する。
「あいつらには、湖が見えていないんだろうな」
「意味が分かりませんの……なぜ?」
マークⅢが不可解そうに呟く。
「俺が引き返せと言った辺りで、俺にも湖は見えなくなっていた。要するに、その辺から湖側が何かを仕掛けているんだろうな」
「た、確かにウェアウルフたちはおかしな動きをしていますし、彼らの後ろには夥しい数の黒亜人が倒れていますの」
「まぁ、幻術っぽい何かだと思うが、範囲が広すぎる」
あいつらと俺たちの距離は確実に一キロ以上は離れているからな。
最後のウェアウルフが湖に転落し、どうしたものかと俺が逡巡していると、空高くからマリンウィッチが俺の前に静かに舞い降りた。
「やはり、さすがだな」
マリンウィッチは薄い笑みを浮かべている。
「何のことだ?」
「お前たちがすぐに引き返したことに対してだ。お前たちの接近を知った時、我は肝が冷えたからな」
「俺たちもウェアウルフたちみたいに、同士討ちか湖の藻屑になるからか?」
「その通りだ。“幻夢の霧”は一度放てば数時間は効果が消えないからな」
幻夢の霧……やはり、幻術系の特殊能力だろうな。
「それにしても、特殊能力にしては効果範囲が広すぎるんじゃないか?」
「幻夢の霧は我らの秘宝の魔導具だからな。今回はウェアウルフの数が多かったから仕方なかった」
やばすぎる魔導具だろ……だが、仕方なくと言うからには気軽には使えない、何かしらの制限があるようだ。
「で、ここから先に行くには数時間待たないといけないのか?」
「いや、黒亜人たちが倒れている先まで迂回すれば問題はない。しかし、ここから先に進むとなると森に入るのか?」
「まぁな。俺たちは黒亜人を倒しに来たんだが、当てが外れたからな」
「では、お前に依頼したい」
「依頼って何をだ?」
「蝶族の羽や死体が欲しいんだ。幻夢の霧を発生させるためには、それらが必要だからな」
「……まぁ、探しはしないが遭遇したら倒して持ってきてやるよ」
「頼む」
そう言って、マリンウィッチは空へと消えて行ったのだった。
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