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92 大胆な告白

 火継の魔女の鶴の一声で、庭にいた使用人たちはドヤドヤと捕り物に出て行った。

 続いて何が起きているか分かっていない様子の使用人が屋敷の中からゾロゾロ出てきて、火継の魔女の前に集まりブリーフィングを受ける。


「おい、何をボケっとしている? 私達も行くぞ!」

「お? ああ。俺もか。なんか人を探す魔法とか無いのか?」

「無い。マーキングしたモノを追跡する魔法ならあるが、継火には印をつけていない。ほら早く」


 ヒヨリにせっつかれ、俺は自己強化魔法をかけヒヨリと共に火継邸を飛び出した。大通りを端から端まで見渡すが、フィギュアサイズの火の妖精の姿はどこにもなかった。


「影も形もねぇな。あんなちっこい奴、どう探す? 燃えてるから夜になれば目立つだろうけど、昼は目立たんぞ」

「……継火にとっては80年後の世界だ。街は変わった。ほとんど全て知らない景色だろう。知ってる建物を見つければそちらに行くはず」

「古い建物探せって事か?」


 ヒヨリは頷き、俺達は品川を駆け回り始めた。

 そもそも俺は奥多摩で引き篭もり生活をしていたから、品川がどんな場所だったかほぼ記憶に無い。それでも、景色が様変わりしているだろうというのは分かった。


 令和日本は、こんなに煉瓦建築ばかりじゃなかった。

 ガス灯なんて無かった。

 郵便局の窓際で突っ張り棒に留まったツバメとスズメの群れが、おしくらまんじゅうしながら囀っているなんて有り得ない光景だ。

 ペットショップは「動物」「魔獣」で入口が分かれているファンタジーさなのに、入口の案内板が日本語で書かれているチグハグさ。ここが日本なのか異世界なのか分からなくなってくる。


 焼肉屋の立て看板のくるぶしぐらいの高さに焦げ跡を見つけ、店のトラブルで焦げたのか継火が焦がしたのか検証しているヒヨリに言う。


「これ効率悪いだろ。別れて探した方がいいんじゃないか?」

「捨て台詞を聞いただろう? 男は嫌だとかなんとか。大利が一人でいると何をされるか分からない」

「ええ……?」


 逆恨みで股間蹴られるかもみたいな話? 痛そう。それは嫌だな。

 時間が経つにつれ、俺達と同じように探しものをしている人が増えてくる。道端で腹這いで座り込み額に「駐禁」の紙を貼られションボリしている虎の魔獣の腹下を覗き込んだり、側溝の板を剥がして水路整備をしている作業員さん達に似顔絵を見せ聞き込みをしていたり。

 火継一族はかなりの人数を人探しに動員できる権力と組織を持っているらしい。そこに二人加わったところで、できる事はたかが知れている。


 俺達は相談し、昔の金属加工工場があった地域に足を向けた。かつて継火の魔女が産業振興のため力を入れた、奴にとって馴染み深いはずの場所だ。

 実家が敵陣と化している継火にとって、逃げ込める場所はもうそこぐらいしか無いだろう、という推定だ。


 ヒヨリの案内で金属加工工場があったあたりに行くと、そこには超大型工場が広大な土地を占領し、何本もの太く高い煙突からもうもうと煙を上げていた。重機械が稼働する重厚な音と振動が工場外の道にまで聞こえてくる。

 工場の正門には立派な看板が掲げられていて、「品川マテリアル第一工場」と記されていた。


 しめた!

 俺はこっちをジロジロ見てくる正門の守衛と目を合わせないようにしながら、ヒヨリにコソコソ囁いた。


「おい、この工場俺のだ」

「はぁ?」

「品川マテリアル。継火封印の時に権利書貰った工場だよ。俺のオーナー権限で継火探しに人を出してもらおうぜ」

「ああ、あったな。でもお前一応死亡扱いになっていたから権利がまだあるか分からんぞ。そのあたりは現金資産と併せて蜘蛛の魔女が管理していたはずだ」

「く、蜘蛛さん……!」


 俺はジーンとしてしまった。

 そうだよな。フヨウは子供、火蜥蜴は幼児、ヒヨリは旅に出ていたんだから、そのあたりの管理ができるのは彼女しかいない。ありがてぇ〜。会ったら大感謝を伝えよう。


 しかし死後80年は確かに著作権も余裕で切れる長い歳月。ヒヨリが守衛にオーナーの名前を聞くと全然別人の名前になっていたので、例の銀色のカードを見せて工場の併設事務棟の応接室に通してもらった。

 そのカード強くね? どこでもフリーパスじゃん。


 ヒヨリはふかふかのソファに座り、俺は応接室の隅の木彫りの山熊に興味を持ったフリをして隅っこに陣取る。俺、通りすがりの一般芸術鑑賞者だから。話は全部ヒヨリに任せた。


 そうして数分待つと、応接室に杖をついたヨボヨボのお爺ちゃんが入ってきた。髪は白髪を通り過ぎ禿げ上がり、全身シミと皺だらけ。足腰が弱っているのか一歩一歩が短く遅い。

 それでも、背筋はシャンと伸び、部屋の隅っこで木彫り山熊の象嵌細工に過剰に気を取られ我関せずを装う怪しい男に何も言わないだけの度量もあった。

 この爺さん、できる……!


 腰に気を遣いながらゆっくりソファに座ったお爺さんは、かくしゃくとした声で言った。


「お久しぶりです、青の魔女様。品川マテリアル四代目オーナーを務めさせて頂いております、鉄井(てつい) 悠真(ゆうま)と申します」

「あー……すまない、前に会ったか?」


 気まずそうに頬をかく青の魔女に、鉄井さんは皺くちゃの顔をもっと皺くちゃにして微笑んだ。


「無理もありません。目玉の魔女様の葬儀の折にご挨拶に伺った有象無象の一人でしたからね」

「ああ、あの時の。仔細は覚えていないが、あまり良い対応はしなかった記憶がある」

「昔の話です。本日はどのようなご用件で?」


 話の枕を短く切り上げ、鉄井さんはヒヨリに水を向けた。

 ヒヨリは軽く頷き、話し出す。


「これは内密の話で頼む。二時間ほど前に火継の屋敷で継火の魔女の封印を解いたんだが、奴は錯乱し、逃走した。このあたりの工場に逃げ込んだ可能性がある。私の権限外の頼みだが、敷地内を調べ、可能なら人を出し捜索に参加してもらいたい」

「継火の魔女様ですか……」

「ああ、見た目が分からないか。何か書く物あるか? 似顔絵を描こう」

「いいえ、初代オーナーのお顔は存じております。直接お会いした事もあります」


 そう言って鉄井さんはヒヨリの背後、部屋の壁の上の方に目をやった。視線を追うと、壁には歴代オーナーの肖像画がかけられていた。

 初代は中学生ぐらいの背格好の継火の魔女。

 二代目は「0933」という数字だけが書かれている。

 三代目が火守乃杖を持っているからたぶん火継一族の誰か。

 そして四代目が鉄井さんだ。


 継火に会った事があるという事は90代か、もしかしたら100歳の大台に乗っているかも知れない。ヨボヨボなわけだ。いや逆に歳の割に相当元気な方か。

 あの時代を生きていた若者の多くが鬼籍に入り、生きていても大お爺ちゃん。そりゃあ全てが変わるわけだよ。


「継火の魔女様には個人的に大変お世話になりました。私を雇って下さったのはあの方ですからね。すぐに社員に探させましょう……発見しても悪いようにはなさいませんね?」

「…………。そう……だな。まあ。殺しはしない。するべき事をさせるだけだ」

「貴女を信じましょう。誰か!」


 鉄井さんは応接室の外に声をかけ人を呼び、伝言を伝え下がらせた。

 話はすぐに済んだ。居座る理由も無いし俺達は退室しようとしたのだが、鉄井さんは俺に声をかけてきた。


「もし、そこの方」

「ヴェッ……!? は、は、はい……」


 無関係の一般通過者を装うのには失敗していたらしい。

 俺が足元の柔らかい高級そうなカーペットとしっかり目を合わせ精一杯の小声で答えると、鉄井さんはカーペットよりもっと柔らかな声で聞いてきた。


「守衛から聞きました。オーナーはまだ0933か? と尋ねられたと。貴方が0933なのですか? 何かの魔法でこの世に戻られた?」

「そ……あ……い、いえ……あの……違います。俺、わた、自分は大利と言いまして……です……」

「では、お知り合いですか?」


 俺がちょっと顔を上げてヒヨリの顔色を伺うと、ヒヨリは小さく首を横に振った。

 黙っておいた方がいいか。そうだよな。

 でも意見聞いた意味ないけど、俺が死んだ後の0933の評価は気になる。


 時代と共に忘れ去られた過去の遺物と化したのだろうか?

 それとも教科書に載ってる歴史的な偉人?

 はたまた杖産業に関わっていれば名前ぐらいは耳にするけど、一般人とは無縁ぐらいのホドホドな立ち位置?


 俺は勇気を出し、鉄井さん評を聞くために頷いた。


「知り合い、のようなものです。鉄井さんから見て、その……だいたいでいいんですが。0933はどういう……?」

「恩人です」


 鉄井さんは簡潔に答えた。

 恩人? 知らねぇよ? なんのこっちゃ。

 身に覚えのない恩を着られ困惑していると、鉄井さんは真摯に続けた。


「本人にお伝えする機会があれば、本人へ。墓前に参る機会があるのなら、墓前へ。伝言をお願いできますか? 鉄井悠真が深く感謝していたと。何度も何度も、下働きの小僧にまで、惜しみなく多額の支援金を下さった。貴方のお陰で、素晴らしい人生であったと。どうか伝言をお願い致します」

「あっはい」


 身に覚えあったわ。

 思いっきりあった。

 どうせ使い道が無いからと、杖の販売で儲けた金は八割か九割ぐらいこの工場にブチ込んでたわ。

 ボーナス貰ったらみんな嬉しいだろ! 絶対顔出しに行かないけど俺の知らないところで元気に働け! ぐらいのつもりで気軽にやった札束ビンタをまさか80年経っても覚えているとは。

 お爺ちゃん、けっこう記憶力いいね? 俺もたぶんネットオークション時代に運営からサービスクーポンとか貰った事あるけど、どんなんだったか全然覚えてないぞ。


「ああ、それと」


 満足そうな訳知り顔でウンウン頷いているヒヨリに、鉄井さんは更に言った。


「継火の魔女様をお探しなら、先月ウチで拾った火の魔人が何か知っているかも知れません。継火の魔女様の同族のように見受けられました。

 本人は親のいない野良の魔物だと言っていましたが、言葉を話したので、魔人の孤児かと。

 彼女は『セキタン』と名乗っていました」









 大工場では重機械が重々しい音をたてあちこちでフル稼働していた。作業服を着た社員がわらわらとウロつき、鎖で吊り上げた溶けた金属が入った大坩堝を下げ傾けて型金に注いだり、はたまた業者が納品してきた鉱石の検品をしていたり、忙しなく働いている。

 セキタンは溶けてドロドロになった金色の金属が流れる太い樋の中で、のほほんと半身浴をしていた。時々、片手をちょいちょいと動かしては強烈な魔法火を炉の中に燃え盛らせている。セキタンと同じように火仕事をしている魔物はちょこちょこ工場内にいた。燃えてる鳥とか。燃えてるイノシシとか。


 顔を見ればヒヨリか継火の血筋だと分かるだろ! と思ったのだが、実際に会ってみると分からないのも無理はないと納得した。

 セキタンの顔立ちは、両親のどちらとも全然似ていなかった。


「あー、セキタンは祖父似だな。私の父親に似ている」

「なるほど? そういう感じね」


 そりゃそうか。そういう事もある。子が親のどちらかに似ているとは限らない。当然といえば当然だ。

 デカイ炉の火の調整係をやっているセキタンは眠そうに舟をこいでいたが、俺達に気づくと目をぱちくりさせて覚醒した。



「あ、オーリだ。おはようオーリ、眠りすぎ。お寝坊さん」

「すまんすまん。セキタンは元気でやってたか?」

「おー。オーリ、喋ってる。なつかしー。ね、オーリ、また鱗磨いて? ……鱗無かった」


 セキタンは熱々の融解金属が流れる樋の中から立ち上がろうとしたが、人型になっている事を思い出ししょぼんと座り込んだ。

 うーん、人型になっても可愛い。

 でも顔がアレだとなんかちょっと……なんかだな。

 無論、セキタンはどんな姿になっても可愛い可愛い大利家の一員だ。しかしヒヨリ似のモクタンと違い、見知らぬ顔立ちに変わってしまった。今度耐熱性の高い仮面を作って送ろう。仮面を被ってもらえれば思いっきりヨシヨシしてやれるはず。


「お前はここで働いてるのか。ご飯ちゃんと貰ってるか?」

「うん。アメリカ直送のねぇ、コークスねぇ、毎日いっぱい。私、ここずっと住む。みんな優しーし、やる気メラメラする」


 そう言って、セキタンは胸を張った。

 言葉尻をとらえた感があるが、少し不安になる。


 メラメラする? それ、継火のムラムラみたいなやつではないんだよな?

 ママの悪い性癖受け継いで放火ックスに走ったりしないよな?

 朝起きたらこの工場が全焼して100匹ぐらい火蜥蜴が生まれてるとかないよな?


 俺と同じ事を考えたらしく、ヒヨリがひそひそ耳打ちしてくる。


「大丈夫だ、大利。基本的に超越者に孫世代は生まれない」

「え。そうなのか?」

「遺伝学的雑種というやつだ。私もそんなに詳しいわけではないが、ほら、馬とロバの間に生まれるラバという奴がいるだろう? ラバは生殖能力を持たない。変異学科の見解によればそれと同じ原理らしい」

「ふーん……?」


 別々の種族の間に生まれた子供は遺伝的にバグってるから、遺伝子が密接に関係する繁殖はバグのせいでNGって事か。たぶん。


「じゃ鉄井さんが言ってた魔人ってのは超越者の子供って意味か」

「あー、大体? 魔人は、魔力コントロールができて、生まれつきグレムリンを持っていて、人間の血統の流れを汲む者……だったかな。定義的には」

「オーリ、ご用事なあに? お散歩? 日向ぼっこ?」


 のんびり屋のセキタンは80年経って羽化してもマイペースで、俺の劇的蘇生を気にした様子がない。なんなら昨日会ったばかりなのではないかというぐらい普通に接してくる。

 顔色はいいし、ストレスを受けている様子でもない。独り立ちして上手くやっているなら、それが幸せなのだろう。

 うむ、セキタンにはここで達者で暮らして欲しい。


「用件の一つはお前に会う事だ。もう一つなんだが、実は継火の魔女を探している。知らないか? お前のミニサイズみたいな、これぐらいの奴なんだが」


 俺がダメ元で用件を言うと、セキタンはあっさり頷いた。


「知ってる」


 そしてセキタンは溶けた金属の川に手を突っ込み、小さな火の妖精を引っ張り出した。

 ジタバタ暴れる継火の魔女は、首根っこをセキタンに掴まれて恐れおののき、こめかみに青筋を立てるヒヨリを見て逃げ出そうとする。

 出たな、変態! そんなところに潜んでいたならそりゃ見つからないわけだ。


「ちょっ、ナイショだって言ったじゃないですか!」

「言った。でも、オーリが探してるーて言った。はい、あげる」

「やだやだ、いやあーっ!」


 軽く投げられた火妖精を、ヒヨリは無詠唱で出した氷の鎖でぐるぐる巻きにして確保した。

 もともと弱って低熱になっているせいもあり、氷の鎖は溶けないし壊れない。継火はすぐに諦め顔で大人しくなった。


 本人は知らない事とはいえ、子供の前で親の修羅場を繰り広げるわけにはいかない。俺はヒヨリに外に出ようと合図したのだが、ヒヨリは立ち去る前に振り返った。


「あー、セキタン?」

「なーに?」

「コイツから何か聞いたか?」

「んー、急にごめんねーて言われた。私、分かんないけどいいよー答えたよ。それからねぇ、何かして欲しい事あるかー聞かれたから、一緒にお風呂しよーよ、した。それでね、ちっこいの、ココいるのナイショね、言ってかくれんぼしたよ」

「……そうか。セキタンは偉いな」

「うん。私エラい。ほんとは私の名前、セキタン・エライゾ。これナイショね」

「やっべ……」


 変な覚え方してるぅ! 「セキタン、偉いぞ~」って言いまくってたせいだ。フルネームだと思っちゃってるよ。

 本人が誇らしげなので訂正するのも忍びなく、俺は口をつぐみ手を振って別れた。


 帰路は殊勝なもので、氷の鎖でぐるぐる巻きにされた継火は大人しかった。郷土の偉人を鎖で縛り歩かせて連行する羞恥プレイは品川区民の心臓に悪かろうという事で慈悲をかけられ、ヒヨリは例の深淵金(アビスゴールド)を変形させて作った箱に継火を入れ、秘密裏に火継邸に戻った。


 変態御先祖様が無事戻ったのを知った当代火継の魔女はこの数時間で一気にやつれていて、どうやら騒ぎが品川区全域に広まらずに済みそうだと分かり心底ホッとした様子だった。

 醜聞を爆発させた継火を庇う気力も無いらしく、屋敷の書斎を自由に使って良いという許可だけだし、自分は椅子に座り込みぐったりとした。

 お、お疲れさんです。すみませんね、なんか修羅場の飛び火ですっごい騒動起こしちゃって。


 気遣いをありがたく受け取り、俺達は書斎を借り、しっかりカーテンとドアを閉め裁判を開始した。

 被告人、継火の魔女。何か申し開きはあるか?


 箱から出され椅子にちょこんと置かれた継火の魔女は、しなしなになってヒヨリに謝った。


「ごめんなさい、青ちゃんさん。頭がカーッてなって酷い事を……」

「…………」

「もう消えます。消えてしまいたいです。青ちゃんさんに嫌われたら、私もう生きていけない……」

「…………」

「青ちゃんさんの、しっ、しっ、幸せを……うううっ、祈っています……職人さんも、ぐぅううう、お幸せに……うぇ、えええええん……!」


 泣いちゃったよ。

 ヒヨリと俺が付き合ってるの、だいぶ不満そうだな? 相当無理して言葉を絞り出した感がある。

 俺はまあ、許してもいい。火蜥蜴たちとの暮らしはなんやかや楽しかった。可愛いマジカルペットと過ごす経験は得難いものだった。

 しかし俺は許してもヒヨリが許すかな? 問題はそこだ。


 地獄の沙汰もヒヨリ次第。

 俺が裁判長の顔色を窺うと、裁判長は長い長い溜息を吐き、懐から小瓶を出し、中身を無抵抗の継火に飲ませた。

 途端にしおしおと縮んで風前の灯になっていた継火の火勢が強まり、あやふやだった輪郭がハッキリし、温風がぶわりと書斎に吹き荒れる。

 継火の魔女は驚いてヒヨリを見上げた。


「あ、青ちゃんさん!?」

「お前はセキタンに自分が親だと言わなかった。子の重荷になる真実を自己満足で告げる事をせず、ただ、気遣った。お前には理性が無い時があるが、ほとんどの場合は、理性的で、思いやり深い」

「青ちゃんさん……!」

「生きて償え。これからは娘たちのために生きるんだな」


 継火の魔女は今度は感激の涙を流し始めた。

 

 うーん。

 感動的な雰囲気だけど一個いいか? 

 継火は寿命間近だったんだろ。

 で、フヨウの蜜で寿命復活してるみたいだ。

 という事は、同じ蜜を飲まされた俺、寿命伸びてない?

 コレってそういう事だよな?


 なるほどな、こいつぁ厄ネタだ。

 寿命を延ばす薬なんて300%血で血を洗う大騒動の元になる。

 ヒヨリさん、俺に隠すなら隠し切ってもらえます?

 流石の俺の壊滅的コミュ読解力でもこんな目の前でこんなんやられたら察するって!

 お前、俺を舐めすぎ。目の前で何やっても鈍すぎてバレないと思ってるだろ? そんな事ないからな!

 ……たぶん!


「できれば青ちゃんさんのためにも生きたいです。もう二度と、こんな事はしないと誓いますから。どうか償いの機会を頂けませんか?」


 継火の魔女は継火の魔女なりに真摯に頭を下げたが、ヒヨリの答えは冷たかった。


「お前が私につけた汚れは、お前には消せない。汚れの上塗りになるだけだ」

「そうですか……ごめんなさい……」

「だから大利。お前に上書きして欲しい」

「おあ? 俺? なんで俺?」


 二人の会話だったはずが、突然ヒヨリは俺に矛先を向けてきた。

 なんだ? 上書き? なんの話?

 ヒヨリは時々変になるが、今回はいつにもまして変だ。

 一体何を言い出すのかと訝しんで目を見つめると、ヒヨリはさっと目線を外した。


「こいつにつけられた忌々しい記憶をお前に上書きして欲しいんだ。つまりだな」


 そして、咳払いをしたヒヨリは、恥ずかしそうに赤面して言った。


「大利。私と一緒に放火してくれないか?」

「あ、青ちゃんさん!?」

「ヒ、ヒヨリ!?」


 俺と継火は破廉恥極まる大胆な言葉に揃って驚愕した。


 あまりにもえっち過ぎる!

 どうした!? そんなドスケベ発言をしていいのは継火だけだぞ!

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書籍化しました! コミカライズ連載中!!
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― 新着の感想 ―
>株があまり下がってない継火さん やらかした当時の様子から見ても、継火さんって「トンでもねー性癖隠し持ってた真面目系委員長」な感じだったし……。(委員長どこから出た) やらかしはやらかしだが、だからと…
ここで再び、毎日家を焼こうぜか 毎日は大利の体力が持たなそう
そりゃ工員のみんなからしたら「このご時世に大枚はたいて自分達のことを気にかけてくれた大恩ある人物」でしかないもんなぁ大利氏…本人の思惑置いとけばw 青ちゃんの「私と放火してくれないか?」にまた吹き出…
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