66 リザルト
二月上旬に開かれた日米会談に出席したヒヨリは、三日後に大日向教授を連れ奥多摩に顔を出した。
疲れた様子の二人を居間に通し、茶を出して話を聞く。
日米会談はどうなったんですか、お二人さん!
具体的には俺の魔法杖への反応は?
ウケた? ウケない? どうなんですか!
「まず言っておくと、日米会談は無事終わった。死者や負傷者は誰も出なかった」
「えっ」
仮面をずらし茶を啜ってホッと息を吐くヒヨリの物騒な語り出しにビビる。
何? そんな物騒な感じだったんですか? 黒船は友好的だって話だったじゃん!
話を聞くと、途中でいったん日米戦争が始まりかけた以外は平和的に話が進んだらしい。どこが平和的? 危うく第三次世界大戦じゃねーか。こわいよ。
アメリカの訪日用件は魔王対策だったそうだ。
甲類魔物異常の原因であり、世界中の甲類魔物を呼び寄せ破滅的大軍勢を作り上げた魔王は現在アメリカ大陸にいる。
放置すれば間違いなく日本を含め世界を滅ぼす激ヤバ魔王くんをぶっ倒すために、アメリカは日本に協力を求めてきた。日本の情報については地獄の魔女から聞いていたらしい。
地獄の魔女、アメリカまで行ってたのか。長旅どころじゃない。でも元気なようで何より。
なお地獄の魔女は日米会談に同行するよりもアメリカで人々を助ける道を選んだので、日本には戻ってきていない。まあそうね。彼女の性格的に、地元への帰省より衆生救済を優先しそう。
ヒヨリは地獄の魔女が同行していたらもっと話は簡単だったのにと愚痴った。そんなの地獄の魔女の勝手だろ、と俺は思ったのだが、大日向教授が深々と頷いてヒヨリに同意していたので、平和的会談の途中で起きたアクシデントは相当ヤバかったようだ。こええ。絶対同席したくないぞ。
魔王には生半可な魔女や魔法使いが立ち向かっても打ちのめされ吸収されてしまう。だから、魔王に立ち向かうには超越者の中でも上澄みの強者が必要だ。
日本における該当者は竜の魔女と青の魔女、後方支援として未来視の魔法使い。
このうち、竜の魔女は「宝石の州」の異名を持つアメリカ合衆国アイダホ州の主要宝石鉱山所有権と引き換えに協力を快諾した。
竜の魔女は貴重な航空戦力でもある。今のご時世ではカスの役にも立たない宝石鉱山と引き換えに全面協力が取り付けられたので、アメリカもニッコリだ。
魔王を倒しアメリカを奪還しない限り、アメリカの宝石鉱山で採掘などできないという事に気付いているかは謎。気前よく前払いで所有権を貰ったという話だが、事実上の後払いなんだよなあ。
一方、青の魔女は協力を渋った。報酬の問題ではない。
魔王は魔石と超越者を執拗に狙い、放置するほど強くなる。いずれは我が身なのだから、アメリカの討伐作戦に参加し早い内に叩くのが合理的だ。
問題は魔王討伐隊に参加するという事は、渡米するという事。大日向教授と俺を守れなくなる。
ところがその大日向教授がアメリカ留学を希望したため、話が変わった。
アメリカは魔法文字技術を持っている。
しかし、日本も魔法文字技術を持っていると思い込んでいたので、一流の技術者と知識人は全員本国に置いてきてしまっている。
黒船に乗船していた魔法文字習得者の一人が日本に残留し技術を伝える事になったものの、伝えられる技術には限りがある。
大日向教授は魔法言語学者だ。魔法言語への好奇心と情熱は人一倍ある。
本格的にアメリカの魔法文字技術を学ぶため、アメリカ留学を希望するのは無理からぬ事だった。
要人だから当然ストップがかかったが、大日向教授は実務面に問題が起きない事を示した。
大日向教授は確かに第一線で活躍している魔法言語学者だが、魔法大学ではかなり人材が育っている。大日向教授は既に自分の知識を継承し終わり、自分がいなくてもなんとかなる体制を作っていたのだ。偉過ぎる。なんとかなるだけで、超優秀な研究者が消える事には変わりないのだが。
一時的に日本からオコジョが消えても、アメリカから魔法文字を学び尽くし帰還すれば物凄い利益が見込まれる。アメリカ的にも、アメリカに存在しない迂回詠唱の第一人者が渡米してくれるのは非常に助かる。諸手を挙げて歓迎したい人材だ。英語ペラペラだし。
人間関係の面では、大日向教授は自分の希望を伝えた上で青の魔女に判断を任せた。
大日向教授の身柄は青の魔女へのジョーカーになる。
大日向教授は何もアメリカ本土の土を踏みに行くわけではなく、キューバに置かれた臨時政府の下で魔法文字と魔法言語学の技術交換をするだけだ。決して戦場には出ないし、戦いに巻き込まれる気配がしたら一目散に逃げる。
しかし安全性の面では危なっかしい。悪漢に襲われでもしたら? また青の魔女への人質にされたら?
アメリカは友好的だ。しかしそれだけで大日向教授を安心して預けられるほどには信用できない。大日向教授の渡米可否は最終的には青の魔女の判断次第になる。
大日向教授はどうしても魔法文字の本場アメリカに行き、魔法文字を学びたい。
自分がいなくなっても学術的には困らない体制を作ってある。
滅多にワガママを言わない大日向教授の珍しいワガママだ。
しかし青の魔女としては可愛い可愛いオコジョちゃんをアメリカに行かせるなんて気が気ではない。いくら戦場には出ないとはいえ、だ。
大日向教授のおねだりを聞きたい気持ちと安全な場所にいて欲しい気持ちとの間でフリーズしてしまった青の魔女だったが、未来視の魔法使いが太鼓判を押した。
大日向教授の未来は明るい。アメリカ臨時政府の下で専属SPがつき厳重に保護され、猫可愛がりされる未来しか視えないという。代わりに魔王討伐隊の未来の方は苦難が待ち受けているという話だが……
青の魔女はそれでも不安がり、適性が無いのに無理して未来視魔法を使い一発で昏倒してまで己の眼で未来を確認した。
結果は紛れもないシロ。
青の魔女は悩みに悩んだ末、自分と共に大日向教授がアメリカに行くのを受け入れた。
これで、竜の魔女、青の魔女、大日向慧の三名が渡米する事になる。
アメリカは未来視の魔法使いも招聘したがったが、流石に拒否。
東京魔女集会戦力ツートップが消え、魔法大学トップも消え、未来視まで消えたら東京はガラ空きだ。魔王を倒せて世界を救えても、東京が更地になっていました、ではシャレにならん。
未来視魔法の詠唱は別に秘匿されていないし、そちらをアメリカに教える事で手が打たれた。
青の魔女の同族はいた、入間の同族もいた。アメリカで未来視魔法に耐性がある未来視の同族が見つかれば、現地での未来視魔法運用も可能だろう。
たった一度の未来視で魔女・魔法使いが一人昏倒し丸一日動けなくなる非効率さと脳への後遺症が残る危険性を許容すれば、最悪アメリカの超越者総数に物を言わせての未来視魔法運用もできなくもないし。
伝説的魔法杖職人0933の招聘もあったが、これは青の魔女が断った。
拒否代行助かる。陽キャ大国(偏見)アメリカになんて行くわけねーだろ! 大人しい民族の国と言われる日本の中でさえ田舎でひっそり小さくなって暮らしてるんだぞ。アメリカに行ったら小さくなりすぎて消滅してしまう。
魔王関連の事情と人事異動を一通り聞いた俺は頷いた。
「じゃあ、二人はアメリカに行くのか。お土産期待してる」
「もちろんです!」
「いや、ええ……? 数カ月か一年か、もしかしたらそれ以上会えなくなるんだぞ。もうちょっとこう、寂しいとか無いのか」
「全然? 俺、一人でいるの好きだし」
確かに最近、親友や友達と遊ぶ楽しさの味は覚えた。
しかし一人で過ごす楽しさもまた格別だ。
友達がいなくなったらつまらない。しかし寂しいとは全く思わない。
一人万歳! だ。
「……私は寂しいが」
「へえ。大変だなあ」
「……心配とか無いのか。私が魔王に負けたらどうする?」
「何言ってんだ? お前世界最強だろ? 最強の魔女様が俺の杖持って戦うんだ。魔王なんかに負けるわけねぇだろ」
不思議に思って首を傾げると、なんだか不満げだったヒヨリは笑った。
おろおろしていた大日向教授も俺とヒヨリの顔を見てニコッと笑った。
「ああ、そうだな。必ず慧ちゃんと一緒に生きて戻る。大利の杖で戦うんだ。負けるわけがない。
留守の間の奥多摩の護りは蜘蛛の魔女に頼んでおいた。フヨウに言って精油を切ってもらってくれ。蜘蛛が死ぬ。
それと、帰還魔法の帰還地点をここに設置して良いか?」
「あ、私もいいですか? ここ安全ですし」
「帰還魔法?」
なんぞそれ。
知らん魔法の名前を出されオウム返しに聞く。
話によると、帰還魔法はアメリカ使節から学んだ魔法なのだそうだ。
帰還地点設置魔法を唱え、場所をマーキング。
それから帰還魔法を唱えると、いつでもどこからでもマーキング地点に一瞬で戻れる。大陸間移動すら可能だ。凄すぎる。
バチクソ便利な魔法だが、制限もある。
まず、マーキング可能なのは一カ所だけ。
帰還できるのは自分一人だけで、誰かを連れて一緒に帰還する事はできない。
片道一方通行なので、帰還してから元の場所へ戻る事はできない。
魔力消費もデカく、140K。しかし火継の魔女なら使えるし、大日向教授も魔力鍛錬増加分込みでギリギリ届いている。今のところ日本の人類で使えるのは二人だけだ。
ふん。おもしれー魔法。
帰還魔法見たさにOKを出すと、二人は裏庭に移動し、早速帰還地点設置魔法を唱えた。
「若木の一葉までもが王の帰還を信じた」
呪文を唱えると、ヒヨリと大日向教授の足元に金色の輪が一瞬浮かび上がり消える。
「よし。緊急時か、魔王討伐が終わった暁にはここに戻る」
「ほー。戻るってどういう感じで? シュッ! って瞬間移動して現れるワケ?」
「そうだな、一度見せておこうか。ちょっと目立つから初見だと驚くかも知れない……海よ山よ、道を開けよ。頭を垂れよ、王の凱旋だ」
ヒヨリが唱えると、ヒヨリの全身がたちまち金色の粒子に変わった。
金色の粒子は空に立ち昇り地上と空を繋ぐ黄金の天の川を描き、残滓を残して消える。かと思えば黄金が落ちてきて、地上に降り注いだ粒子がヒヨリの姿を形作った。
俺は拍手して出迎えた。おおー、綺麗じゃん?
確かにコレは相当目立つ。夜中に使ったらもっと綺麗なんだろうな。
「つまりアレだよな、行きは長いけど帰りはすぐってわけだ。予約制片道切符みたいな」
「私は留学が終わるか、キューバが危なくなったら戻ります。青さんと別々で戻るかも」
「承知。帰還地点に物は置かないようにする」
帰還地点の設定も終わったので、ドヤドヤと居間に戻る。
そしてそのまま二人が一仕事終えた顔でまったり茶をしばき始めたので、また催促する。
帰還魔法は面白かったけど、知りたいのはそこじゃないんだよな。
「で、俺の魔法杖の反応は? アメリカにウケた? ウケなかった?」
「あ、すみませんテーブルに置いたコレが注文書というか、アメリカの反応と0933、大利さんに作って欲しいモノを纏めた書類です。すごくウケてましたよ!
優先順位が高い順に上から並べました。先方にはどれを作るかは職人が判断すると断ってあります。一つも作らなくても大丈夫ですし、全部作っても大丈夫です」
「完璧ッ! 流石有能オコジョ!」
「えへ」
オコジョの頭を指で撫でて褒めてやり、書類に目を通す。
アメリカ合衆国国防省魔王対策部隊総隊長の肩書でずらずら要望が書かれているが、筆頭はやはり魔法杖だった。
七層構造、逆流防止機構、魔法圧縮交叉円環、魔力計測器のフルスペック魔石杖30本が一番上に書かれていたので、横線を引っ張って消す。馬鹿野郎通るかこんなもん! そもそも素材がねぇよ。
その下が現実的ラインで、三層構造、逆流防止機構、魔法圧縮円環、魔力計測器のグレムリン杖30本。横にオコジョのイラストが描かれていて、吹き出しで「大学納品用を出してもらってOKです!」と喋っている。
ふむ。まあこれなら。
今年度の大学卒業生用のグレムリン杖はもう作ってある。大学学長が流用していいというならそれをそのままアメリカに流せる。
魔法圧縮円環と魔力計測器はつけていないが、その二つを付け足せば要望通りのスペックだ。
ただし、納期が黒船が出航する十四日後。
魔力計測器は一個作るのに一日かかるから、十一日で30本分なんて到底作れない。それにそもそも作るのダルい。技術見せびらかしドヤのために1つだけ作っておこう。
クヴァント式魔法圧縮円環はけっこう簡単で手癖で作れるから、30本分もそれほど苦にならない。こっちはOKだ。ちょこちょこ進めればすぐ終わる。
ベーシックな杖の次の要望は、儀式魔法十三祭具が4セット。
うーん、言うだけタダの精神で突っ込んだ要求してきてるな。まあ作るか作らないか決めるの俺だし、別にいいんだけど。
十三祭具ならぬ三祭具なら六日で作れるから、これは三祭具1セットに仕様変更。
その次に優先順位が高いのは、正十二面体フラクタル型魔法杖が10本。日本にも2本しか無いのに(大日向&煙草の魔女)、10本とな。
俺は10本のところのゼロに横線を引き、1本に変えた。一本作るのに超特急で三日、無理ないペースで五日かかるんだぞ。1本で我慢しなさい。
その下が杖のコアや逆流防止機構、魔力計測器を製造するための工作機械。
ねぇよそんなもん。全部手作業でやらせて頂いているんでね。
例えゼロから工作機械を作れたとしても、黒船出航にはとても間に合わない。これは無しだ。
最後の下二つ、マモノバサミと賢者の杖については既に横線を引いてあって「設計図引き渡し済」と注釈がついている。
まあそのあたりはそうだな。俺が作る必要無いものだから。アミュレットも同じ。
封印弾がリストに無いのはそもそも技術を隠したからか。まだ完全にはアメリカを信用できていないという証なのだろう。銃社会アメリカが封印弾を解析して量産し始めたら、魔王を倒した勢いに乗って第二の魔王と化しそう。
メビウス輪グレムリンもリスト漏れしているのは意外だったが、別紙の資料を読んで納得した。
アメリカは独自のグレムリン加工法を発見していたのだ。
図説によると、グレムリンは放射線暴露によって一時的に退色して透き通り、へき開面が可視化するらしい。つまり、どこにどう力を入れると割れるのかが非常に分かりやすくなる。
なるほどね? こんな方法があったなら、加工は相当楽になる。
俺はへき開面が見えなくても普通に加工できるから関係ない話だが、普通の職人にとっては死ぬほど有り難い技術だろう。民間の加工精度爆上げ間違いなしだ。確かにコレができるならメビウス輪グレムリンを自力生産できそうだ。俺に頼む必要はない。
一連の仕事の報酬は、魔王討伐時に得られるだろう素材の融通になっていた(融通の量や程度は引き受けた仕事量に応じる)。
魔王はAA級魔物、日本でいうところの甲1類魔物の特異個体だ。
東北狩猟組合でもダイダラボッチ素材は重宝されている。ダイダラボッチを上回る魔王から剥ぎ取れる素材は素晴らしい物だろう。
魔王が討伐された後、討伐に参加した人員あるいはその人員が代理人として指定した者が合議によって魔王から採取できた素材に評価値を設定する事になっている。
俺はその評価値を参考に、最優先で素材を選択して得る権利が与えられる。
要は魔王のドロップ品の中でも一番美味しいアイテムをゲットできるわけだ。
魔物素材で一番魅力的なのはグレムリン。俺は魔王グレムリンが是非欲しい! さぞ大きいに違いない。特殊能力とか備えてそう。
……でもなあ。魔王グレムリンだもんな。甲類魔物が感染してた黒グレムリンの大元っぽい。死んだら時間経過で消えるやつ。魔王グレムリンも消えてしまいそう。
いや分かんないけどね、推定感染源の魔王グレムリンは時間経過で消えないのかも知れないし。分かんないけどさ、ちょっと怪しいよな。
正直、魔王素材にはグレムリン以外あまり興味をそそられない。そもそも論で言えば魔王を倒せなかったら全部絵に描いた餅だし。倒せたとしても、仮に討伐まで十年かかれば、報酬の支払いは十年後になる。長い。
しかし、幸い魔王素材優先獲得権とは別の報酬も選択できるようになっていた。
貴金属払いだ。
魔法文字の運用には貴金属が必須だという。こちらは間違いなく価値が保証されていて、確実な品質、確実な量が、確実に近日中に支払われる。
魔王グレムリンが目玉の魔王素材優先獲得権。魅力的だが、不安定で支払日未定。
貴金属払いで確実な報酬。魅力に欠けるが、品質・量ともに安定していて、支払いが早い。
報酬の選択肢が二つある。
俺はせっかくなので魔王素材優先獲得権の方に丸をつけて報酬希望を出した。
魔王グレムリンの魅力には勝てぬ。
もし魔王グレムリンが消失してしまったとしても、他の魔王素材の美味しいところは貰えるし、俺の作品が世界を滅ぼす魔王の討伐に大貢献したという事実は残る。それが確定していれば充分。
さて、注文の品は黒船出航までに納品しなければならない。時間にそこまで余裕があるわけでもないから、早速仕事に取り掛かろうじゃないか。
プロとしてしっかり仕事を終わらせてから、厚い魔法文字の資料を読み込もう。絶対読みだしたら止まらないやつだから今は読めない。ワクワクするぜ!





