128.3 ツバキとたんけん
結局のところ、豪腕の魔法使いは魔力封印を習得できなかった。
ツバキは武術の何たるかを気持ちが良いほど素直に素早く吸収していったが、豪腕の魔法使いの魔力封印習得はそうもいかない。武に半生を捧げた魔法使いの魔法センスは、ツバキほどには高く無かったのだ。
そこで豪腕の魔法使いは魔力封印の完全習得を残りの人生の課題とし、ひとまずは技術の断片を糧とする事とした。
豪腕の魔法使いは魔力封印そのものではなく、そのノウハウを流用した魔力拳を会得したのである。
魔力拳は相手の魔力を封じるのではなく、削る技だ。
発勁と連動し対象に魔力を捻じ込む事で、魔力を散らし削り取る事ができる。
魔力拳は現状では一撃あたり1Kほどしか削れないが、より洗練し練り上げれば、相手の魔力を絞り出し枯れさせる凶悪な攻撃に昇華させる事ができるだろう。
実際、詠唱魔法の中にはそのような相手の魔力を吸い上げる効果を持つモノが存在する。
豪腕の魔法使いが編み出した技は、高度な詠唱魔法の前提の前提の前提の……というような、基礎技術なのかも知れない。
なお、ツバキは魔力拳を習得していない。
中国拳法の発勁技術に深く紐づいた魔力拳は、さしもの天才児も一朝一夕に身に付ける事ができなかったし、魔力をチマチマ削るより封印した方が手っ取り早いとツバキは考えた。
バチンして魔力を封じてしまえば一発で相手の魔力を実質ゼロにできる。魔力封印ができるなら魔力拳を習得する意義は薄かった。
豪腕の魔法使いと聖女コンビと別れたツバキは、油の産地を探して中国を旅した。
村の一件でツバキは小規模産地の弱点が分かった。
どんなに良質な油の産地でも、規模が小さいとちょっとしたハプニングで生産が停止してしまう。大規模産地なら柔軟性を持ってハプニングに耐え、油を安定生産する事ができる。
毎日油まみれの幸せ生活がしたいなら、油の大規模生産地を縄張りにするのが一番だ。
菜種油の一大産地として名高い武漢市を目指して旅をするツバキは、運城市で足止めを食らった。
反政府テロリストが鉄道を爆破したせいで運行休止して、未だ復旧の目途が立っていないのだ。
暇を持て余し辣油瓶を片手に街を散策していたツバキは、公園の隅っこで立ち止まった。
マンホールの蓋の隙間から、僅かに芳しい匂いがする。
地面に這いつくばり鼻を近づけると、ハッキリと地下から立ち昇る油の香りが嗅ぎ取れた。
「ミ~……?」
不思議に思い、首を傾げる。
どうして地下から油の匂いがするのだろう?
よく分からないが好奇心をくすぐられたツバキは、マンホールの蓋を開けて中にするりと潜り込んだ。
下水道は曲がりくねり分岐しながら無限に広がるトンネルのようだった。ひんやり冷たい空気がツバキの炎に照らされ揺らぎ、急に差し込んだ光に驚いた蝙蝠魔物が驚いて飛び去って行く。
意外にも、悪臭は無かった。濁った汚水から半透明の粘体が伸びあがり、光源を探してトンネルの壁面を這う。湿り気を好むスライムの触腕は、ツバキに近づき高熱で炙られると怯んでサッと引っ込んだ。
スライムが生息する下水は綺麗だ。定期駆除しないと増えすぎて地上に溢れるから要注意ではあるものの、多かれ少なかれ、下水にはスライム系の魔物が住んでいる。
ツバキは下水に隠れたスライムを掴みだし、臭いを嗅いで確かめたが、特に油の匂いはしなかった。むしろ未消化の汚物の臭いがして臭くオエーッとなる。
臭いの原因はスライムではない。別の何かだ。
壁や地面の匂いを嗅ぎながら、油の香りの元を追跡する。
複雑に枝分かれし、狭くなったり広くなったりする下水網の中でもツバキは迷わない。人間には分からない僅かな匂いが道標になってくれる。
「ミ?」
幼体時代のように四つん這いになって進んでいたツバキの鼻が異臭を嗅ぎ付けた。
鼻を利かせ目を凝らして異臭の元を探すと、地下下水道の湾曲した壁に沿って這う配管の影に、爆発物が仕掛けられていた。
「ミ、ミ、ミミ」
指でつついてみる。油紙で包まれ湿気が遮断され、中身は新鮮そうだ。
よく見れば、爆発物から糸が伸び、気付かずに通り過ぎようとすると糸に引っかかり信管が起動し爆発するようになっていた。
対侵入者用のトラップである。
そして、ツバキにとってはケミカルな味わいのオヤツでもあった。
火薬は口の中がイガイガするのであまり好みではないけれど、捨てるのももったいないので、ツバキは信管が起動しないよう口に放り込んでペロリとたいらげた。
口から黒い煙を吐き、口の中の渋みに顔をしかめる。やはり美味しいが後味が悪かった。
ツバキはなぜこんな場所に爆薬が仕掛けられているのか不思議に思いながら、先へ進む。
更に二カ所で巧妙に隠されたオヤツをつまみながら進んでいくと、Y字路に差し掛かった。
片方のトンネルからは人の匂い。
もう片方のトンネルからは油と火薬の匂いがした。
「ミミッ、こっち」
もちろん、ツバキはご飯の香りのトンネルを選ぶ。人に会いに行っても腹の足しにはならないのだ。
進めば進むほど、油と火薬の匂いが濃くなってくる。
四足歩行でひたひたと歩き匂いを辿っていくと、金網にぶちあたった。
下水道の一画が金網で区切られ、その奥に木箱が積んである。匂いの元はそこだった。わざわざ土台上げまでされて、木箱が汚水に浸からないようになっている。
ツバキは御馳走を目の前にしてちょっと悩んだ。
人の物を勝手に食べてはいけない。お店の商品をお金も払わず手掴みで食べるのはマナー違反だ。
では、これは誰かの商品、誰かの物なのか?
そうは思えない。
こんな場所に店があるはずないし、倉庫として使われているのもヘンだ……
「分かった。お宝!」
ウンウン悩んだツバキは閃き、ミミミと鳴いた。
実家の本棚にある漫画をいっぱい読んだので、ツバキは知っている。
こういう地下ダンジョンには宝箱や財宝部屋があって、食べ物やお金や武器防具がいっぱい詰まっているのだ。魔物やトラップを乗り越え、地下ダンジョンの奥深くでお宝を見つけるのは、冒険の定番だ。
全てを完全に理解したツバキは、金網のドアにかけられた南京錠を焼き溶かして外し、保管されていた御馳走をせっせと運び出しにかかった。
耐熱鞄にぎゅうぎゅうに詰めても全然入りきらないので、強化魔法を使って大きな木箱を二つずついっぺんに抱えて運び出していく。木箱には粗雑な杖や単発式の銃も混ざっていたが、そちらはポイ捨てだ。
荷物運び用にフクロスズメを飼っておけば良かった、などと思いつつ、三回往復するとお宝を全て運び出す事ができた。
一仕事したツバキは宿の部屋に積み上げた御馳走を前に舌なめずりして、ウキウキで踊る。
当分、食べ物には困らなさそうだった。
地下下水道の探検の翌々日。
食っちゃ寝生活でお腹をぽんぽこりんに膨らませていたツバキは、街を不安に陥れていたテロリスト集団が捕まったという話を聞いた。
なんでも第二次テロ攻撃のために密かに蓄えていた資材が忽然と消えたせいで攻め手を失い、まごついているところを警察にひっ捕らえられたそうだ。
うっかりさんなテロリストもいたものである。
ツバキは「果報は寝て待て」という諺は本当だったんだなぁ、と感心した。
中国の警察もなかなか優秀だ。
テロリストの脅威が消えたおかげで鉄道復旧の目途も立った。
ツバキは宿の暖炉の中でコロンと転がり満腹のお腹をさすりながら、のんびり復旧完了を待つ事にした。
鉄道が復旧すれば、いよいよ武漢は目前。
油まみれハッピーライフも、もうすぐだった。





