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175 迷信魔法

 広大な旧ロシア領には小さな村が点在している。


 世界的にはグレムリン災害直後に超越者を中心に人が集まり、それがそのまま新国家にスライドするパターンが多い。

 旧ロシア領を代表し、人々の拠り所になるにはもってこいに思えるルーシ王国はクォデネンツに護られている。グレムリン災害直後は最強無敵の護りを誇っていたが、近年は国際競争上で不利になりつつある。

 魔人が生まれないからだ。


 魔人の数は年々増え、国際的にも重要視されている。

 魔人を軽視する国はない。超越者には劣るが一般人の上位互換といえる魔人は、次代の国家を牽引する者達なのだ。

 その魔人もクォデネンツの効果圏内に入れば瞬時に塵と化し、魔法的死を迎える。エグい。

 ルーシ王国はどんどん魔人を増やし国力を増強させていく他国に取り残され、相対的に国力を落とし続けていると言える。


 とはいえ、旧ロシア領でルーシの女王の名は偉大だ。

 ルーシの女王はグレムリン災害直後から生きる古魔女。

 基本的に王国に引き籠っているが、縮こまって目と耳を塞いでいるわけでもなく、近隣で揉め事があると出張ってくる。

 しかもバカ強い。ヒヨリ曰く、魔力保有量が全超越者中ナンバーワンだという話だ。

 超越者は魔力量が強さの全てではないものの、重要なバロメーターの一つではある。

 ルーシの女王はやべぇ魔女であり、その威光のおこぼれに与ろうと、ルーシ王国の周囲には小さな村が集まっている。まるでかがり火に集まる凍えた旅人のようだ。


 湖畔の漁村シャフシンチウもそうしたルーシ王国に寄り添って生きている小村の一つだった。

 広い湖は森に囲まれ、一部が切り拓かれ畑になっている。

 畑と森の際では老人が切り株に腰かけキセルをふかし休憩していて、その隣には二足歩行の鹿頭骸骨魔獣レーシィが立っている。老人がプカプカ漂わせるキセルの煙を口元から吸い込んで目の穴から吐き出し、満足そうにリラックスしていた。

 よー分からんがいい感じに魔獣と共生しているようだ。そうじゃなきゃこんな小ぢんまりとした規模の村で暮らしていけないだろうし、それはそうなんだけど。


 俺達が虎から降り、手綱を引いて近づいていくと、老人とレーシィが振り返った。

 物珍しそうな、ちょっと警戒した二つの視線に怯んだ俺を虎と一緒に「待て」をして、ヒヨリが手慣れた感じで話しかけに行く。


「すまんな。お前はここまでなんだ。良い餌くれる飼い主をヒヨリが探してくれるから」

「?」


 虎魔獣(ドゥン)の顎を撫でてやりながら言うが当然伝わらない。ただ気持ちよさそうに目を細め、ゴロゴロ喉を鳴らすだけだ。

 コイツをルーシまで連れていったらクォデネンツの効果で塵になってしまう。帰りは帰還魔法で日本までひとっとびなので、どこかに預けておいて後で連れ帰るわけにもいかない。ここで良い飼い主に売ってしまうのが一番いい。

 まさか買い取り拒否をされたりはしないだろう。このご時世、虎が嫌いな人間はいない。交通の便が悪そうな村の住民ならなおさらだ。


 虎を撫で回し、お返しに舐め回されながら待っていると、ヒヨリが話を終えて戻ってきた。手綱をとって合図し歩き出したのでついていく。


「呪術師の老婆に売るのが一番良いだろうという話だ。そいつに売りにいく」

「呪術師? 魔術師じゃなくて?」

「え? ああそうか、知らないのか。知る機会無かったからな。んー……日本に呪術師はいない。ほぼ。だがこういう村には大抵いる」


 ヒヨリの話によると、呪術師というのは要するに詐欺に近い魔法を使う雑魚魔術師の事だという。魔術知識について義務教育で教え込まれ、魔法が発達した日本では見かけないが、辺境の村には多い。


 呪術師はグレムリン災害前の呪い師や自称超能力者、祈祷師、超心理学者などが本物の魔法の要素を取り込み、時代に適応した者達の総称だ。

 呪術師は不思議な儀式や呪文を使い、依頼人の病気を治したり、恋愛を成就させたり、はたまた呪いをかけたりする……と信じられている。

 大抵は村で重要なポジションについていて、畏敬の念を向けられている。


 しかし実態はお粗末なものだ。


「昇温魔法というのがあってな。魔力消費1Kで、魔力消費が少ない魔法。呪術師はこの体を温める効果しかないささやかな魔法を色々なオリジナル呪文に織り交ぜて使う」

「オリジナル呪文!!?? え、迂回詠唱とかじゃなくて!?」


 バカクソ高度な事してるじゃん! と驚愕する俺に、ヒヨリは肩を竦めて咳払いし、真面目腐った厳粛な顔でオリジナル呪文の一例を唱えてくれた。


「天使よ。聖なる者よ。

 天から降り祝福を下さるように、かの者の身に祝福を降ろしたまえ。

 黄金の十字架が汝を祝福し、傷を癒す。

 悪しき呪いは雪解け水のように溶けだし流れ去る。

 苦痛は去る。熱は去る。

 良き物よ留まれ。

 戸を閉じ鍵をかけたこの体に悪き物は最早入り込めぬ。

 服を(ブィス)着こめば(オレ・レ)動きにくいから(ラーヌミ゛ーヨァ)

 神の名において、アーメン」


 ヒヨリの魔法で俺の体の内側からほんわか温かさがこみ上げ、指先までホッとする温もりに包まれる。体温がちょっと上がった気がする。まさに昇温魔法だ。

 だがどうにも釈然としない。

 その呪文の魔法語、一節分しかないじゃん。

 九割は無意味な言葉の羅列でしかないように聞こえるが。


「それ本当にオリジナル呪文か? 本物の呪文に余計な蛇足くっつけてペラペラ喋ってるだけっぽく聞こえる」

「でも雰囲気はあっただろ? 魔法を感じただろう」

「そりゃあ体は温かくなったけど……」

「そう。その感覚を祝福だとか治癒だとか魔法防御だとかと錯覚させるんだよ」

「は?」


 詳しく聞くと、要は魔法に無知な田舎者を引っかける偽物呪文だった。

 それっぽい文句を唱えた後、実際に体に変化が起きれば、何か凄い魔法だと感じる。

 実際は体を温めるだけの魔法だとしても、治癒魔法や祝福魔法なのだと主張すれば、そういうものなのだと信じ込む。

 ほぼ上っ面だけ取り繕ったニセモノの呪文だが、ちょっとだけホンモノが混ざっているため、知識が無ければ偽呪文と見抜くのは難しい。


 呪術師はこの偽物の呪文を治癒魔法だの祝福魔法だのと偽り村人にかけて、尊敬や金、ちょっとしたお礼の贈り物を巻き上げる。

 消費魔力1Kだから、本物の治癒魔法や防御魔法より遥かに安上がりだ。


「馬鹿、何がオリジナル呪文だよ。ただの詐欺! 呪術師じゃなくて詐欺師じゃねーか」

「そうだな。怒る気持ちは分かる。私も偽物の蘇生魔法を教わるために呪術師に弟子入りして、半年も浪費させられた事がある」


 何かを思い出したヒヨリの目が冷たく冷え、キュアノスを握る手がミシリと音を立てた。

 聞かなくても分かる。その詐欺師絶対ぶっ殺したじゃん。


「……それでもこういう魔術師すらいない村には呪術師が必要だ。気休めにはなるからな。体を温めるのは悪い事ではないし、気が休まれば物事は大抵良い方向に向かう」

「そうかぁ……?」

「私は一番辛かった頃、大利の言葉に何度も慰められたよ」

「ああ、そういう」


 メンタルブレイクした青の魔女が救われたというのなら、そうなのだろう。

 呪術師は偽魔法を使う詐欺師だが、メンタルケアをするカウンセラーと考えればそう悪いものでもないのかも知れない。


 いや悪いか? 騙してるし。

 いやでも本物の治癒魔法とか防御魔法は一般人が使うには魔力消費が重い。気休めを、プラシーボ効果を狙ったものならアリなのか?

 よく分からなくなってきた。俺自身魔力が多いから、魔力が少ない人の悲哀や苦労が分からないだけなのかも知れない。


 考え込んでいる内に目的地についたらしい。

 湖のほとりの小さな民家からは薬草のツンとした匂いが漂ってきていて、戸口に釘で打ちつけられた何かの抜け殻と相まっていかにも呪術師の家っぽい。


 ヒヨリも心得たもので、俺が呪術師と顔を突き合わせ会いたがるわけがないのを言わずとも察し、カーテンの引かれた窓から見える場所で虎と俺に「待て」をして民家に入って行った。

 再びヒヨリが用を済ませるまでの待ち時間になる。


 暇なので畑を眺めるぐらいしかやる事が無いが、呪術師は腐っても魔法を生業にしている職業らしい。

 畑には小粒のグレムリンを実としてつけるベリー系魔法植物が植えられていたし、納屋の軒先には茶色く萎れた人型人参みたいなやつ(マンドラゴラか?)が紐でまとめて吊り下げ干されている。

 鼻を鳴らして空気の匂いを嗅ぎ人型人参に気付いた虎魔獣が物欲しそうに寄って行こうとしているところを見るに、魔獣用の餌なのかも知れない。


 やがてヒヨリが話をつけて民家から出てきて、腰の曲がったしわしわ老婆への虎の引き渡しは無事完了した。


「ババヤガ。貴女に神と精霊の御加護がありますよう」

「ああ、ありがとう。可愛がってやってくれ」

「心得ておりますとも」


 丁寧に頭を下げる老婆に見送られ、俺達は村を後にする。当たり前の顔でついてこようとした虎は老婆に手綱を引かれ、餌を食わせてもらい尻尾を振ってとどまった。

 人懐っこい奴だ。一度人慣れした虎魔獣は知らん人にもすぐ懐くから、乗り物やペットにはなってもなかなか番犬にはならないんだよなぁ。


「さっきバアさんが言ってたババヤガってなんだ」

「ババヤガは魔女の事だな。グレムリン災害前から生きてる古魔女を指すこのあたりの方言、みたいなものかな。老婆の魔術師とか魔人の事もババヤガと呼ぶから私はあんまり好きじゃない」

「ああ~」


 シワシワの婆さんにババア扱いされるようなもんか。それは効く。

 ヒヨリは100歳超えてるから、間違いではない。

 でも俺も化石ジジイ扱いされたら流石にいい気はしないから気持ちは分かる。

 思えば遠い時代になったもんだ。子供の頃は1世紀以上生きる事になるとは思いもしていなかった。


 最後の中継地点を過ぎ、あと二、三日も歩けばルーシ王国に到着する。

 オクタメテオライトの上位互換能力を持つと目されるアーティファクト、クォデネンツを拝むのが今から楽しみだ。

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― 新着の感想 ―
馬鹿と詐欺師は使いよう……
虎さん元気で ヒヨちゃんと違いオーリは1世紀生きてはないんよw
寂しいなぁ。 まぁ、別れを嫌がられるよりは気が楽だけど。
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