173 トルコ王
剣呑な巨人に怒鳴りつけられたヒヨリは、言われた通りに畏まり膝をつくどころか、ダルそうに片足に体重をかけて立ち、キュアノスで後頭部を掻いて溜息を吐いた。
「貴様、なんだその態度は。王に拝謁する所作を忘れたか!」
「お前は本当に面倒臭いな。公的な場なら顔を立ててやるが、こんな誰もいない野原でへりくだって何になる?」
「何を! 従者一人、虎一頭連れて貴人気取りか? 王と対等に話すには不足も不足であるぞ!」
「従者じゃない。夫だ」
俺はすっかりビビっている虎を盾に身を隠しビビりながら様子を窺っていたのだが、ヒヨリがシレッと嘘を吐いたので思わず隠れたまま抗議した。
「夫じゃない。彼氏だ。まだ結婚してないだろ!」
「訂正する。未来の夫だ」
「よし!」
「…………」
トゥルハン王はなんだか酷く生温かい目でヒヨリを見た後、岩鎧の内側にゴソゴソ手を突っ込んで分厚い紙の束を摘まみ出し、足元に投げ出した。
「よいか。如何に国荒れ果てようと余は未だ変わらず王である。見よ、二年前の臨時国民投票開票結果を! 成人人口2240人、投票率99.8%、得票率88.1%。祖国の法も余が王である事を証明しておる。異論があるならば申してみよ! 敬意を払え!」
「こんな物をいつも後生大事に持ち歩いているのか? 可愛いとこあるじゃないか、トゥルハン」
「黙れ、口の減らぬ奴よ……! なぜ品格の差を受け入れんのだ!」
憤慨するトゥルハン王は苛立たしそうに拳で大地を殴りつけた。地表が爆散したようにめくれあがってちょっとした地震が起き、俺は虎と一緒にまた跳び上がり縮み上がった。
こえーよ。なんでもいいからもう頭下げて足舐めてへりくだってゴマすってさっさと行こうぜ。
巨人はどうやら紛れもなくトルコ王らしい。
でも王に絡みに行く必要あるか? ヒヨリはなんでこんなのに話しかけたんだ。明らかに面倒臭い人じゃん。
ところがヒヨリはまだ居丈高な王とお喋りしたいらしく、白けた目を向けながら考え考え言った。
「成人人口が2000人ちょっとなら総人口は5000もいないだろう?」
「我が民の大多数は祖国復興のため隣国に出稼ぎをしておるのだ。トルコを侮辱すれば一億の民が黙っておらぬぞ!」
「国民そんなにいないだろ。国連が定める国家基準だと、国として認められるのは人口1万人を超える規模からだ。超えてるのか?」
「…………」
「超えてないんだろう? それに出稼ぎに出ている国民も、そのまま出先に腰を下ろして戻って来ない奴が多いんじゃないか」
「…………」
ヒヨリに淡々と追い詰められ、あれほど威勢が良かったトゥルハン王は途端に静かになった。ギリギリ歯ぎしりしながらヒヨリを睨んでいるが何も反論はしてこない。
「トゥルハン。お前は今、王じゃない。分かったらイキるな。普通にしろ」
「………………………………余が王でなくなったら、ただの図体がデカいだけのカスではないか。高貴なる者たちに媚びへつらい、足を舐めなければならぬ」
俺の身長よりデカい人差し指で地面をつつきながら、巨人はスネた声を上げた。
なんとなく状況が呑み込めてくる。
めんどくせー巨人だな、トゥルハン。
「そう卑下するな。お前は面倒くさい奴だが、良い王だ。自信を持て」
「そう、そうだ、余は王である。良き王、偉大な王である。魔女め、さては甘言を弄し余を王座から引きずり下ろす気か!」
「自信を持つな。お前は王じゃない」
「余は王じゃない……!?」
ヒヨリはひとしきりトゥルハン王とコントをやった後、王が王ではない事を納得させる事に成功した。
トゥルハン王改めトゥルハンはめちゃくちゃ不服そうだが、高飛車な言動が引っ込み、抱き合って怯えていた虎と俺にも頭を下げ謝ってきた。
「そこの虎と男よ。謝罪する。同じ愚民同士であるというのに、余は王を僭称し不当な敬意を得ようとしてしまった。許して下さるか?」
「お、おお。いや別に、まあ、はい」
「がぉん」
「御厚情痛み入る。さあ、お立ちなさるとよろしい。ここには膝をつくべき貴人はおらぬ」
まだちょっと物言いがおかしいが、トゥルハンは礼儀正しく物腰柔らかな口調と所作で、足の力が抜けている虎が立ち上がるのを小指の先で介助した。
なるほどね。アンタの事はよく知らんが、嫌いじゃないかも知れん。少なくとも性根が腐っていないのは良く分かる。
愚民だなんだと蔑むのは頂けないが、いざ自分が平民落ちした時に相応の態度を取るのはスジが通っている。良い奴と言うには障りがある、だがヒヨリの言う通り、確かに悪い奴でも無かった。
態度をガラリと変えて話せる奴になったトゥルハンの話によると、彼は交易路の整備をしていたらしい。
トルコ西方は魔法暴走による被害が少なく、現在、国民の大多数は西方に身を寄せ合って暮らしている。トゥルハンは荒れ果て凸凹になった大地をせっせと均し、水路と窪地を作って水はけを良くし、国土復活のための泥臭く果てしない土木工事に従事していたのだ。
ヒヨリが話しかけた時は一休みの昼寝をしていたらしい。
相槌を打ちながら話を聞いたヒヨリは首を傾げた。
「国民を土木作業に動員した方がいいんじゃないか」
「一理ある。だが土木作業は重要事項ではあるが、すぐには富を生み出さぬ。トルコは今困窮しておるゆえ他国の支援無しには成り立たんが、その一方で外国企業を誘致しインフラを握らせれば十年二十年先に国が先細り経済を乗っ取られる。ゆえに余が魔法と素手で国土を作り直し並行して国民には何よりも先ず内需を満たすだけの産業復興をさせつつ外貨獲得のための政策投資をだな」
「トルコ全土をお前一人で整地するつもりか? 現実的じゃない。手伝おうか」
「む。有り難い話ではあるが、青の魔女を雇うほどの予算は無い」
「マケておくよ。知らん仲でも無いからな」
「ふむ……それならば閣議に上げさせて頂こう。不当廉売には当たらんとは思うが、関係各所との調整が要る。即断できる話でもない」
「ゆっくり考えてくれ。私としても先にルーシの用事を済ませてからになるし」
「ああ、女王がそのような話をしておったな。首を長くして待っておるぞ」
俺は政治に詳しくない。だが二人の話を聞いていると、背を丸めてできるだけヒヨリが大声を出さずに済むよう耳を近づけているトゥルハンがちゃんとしているっぽいというのは伝わってきた。
こうやって見てると良い人なんだよなぁ。王様モードと愚民モードでほとんど二重人格なのを除けば。
しばらく話し込んだヒヨリは話したい事を全て話したようで、トゥルハンの履き心地悪そうな岩靴を叩いて別れを告げた。
「話せて良かった。そろそろ私は行くよ」
「うむ。そうだな、女王はあまり待たせん方が良い。最後に一つ頼みたい。機会があればコンラッド・ウィリアムズにトゥルハンをトルコ王として認めるよう国連に口添えをするように言ってくれぬか」
「バカ。お前、王に戻ったらまた調子に乗るだろ」
「何を言う。王が王たるに相応しい振る舞いをするのは当然であろう?」
「……コンラッドに会ったら考えておく」
「有り難い。達者でな」
面倒臭いクソデカおっさんと別れを告げ、俺達は再び虎に乗って北への旅に戻った。
途中で振り返ると、トゥルハンは大きく伸びをして、凸凹に荒れた大地を両手でせっせと均し始めていた。砂場で遊んでる子供みたいだ。子供にしてはデカ過ぎるが。
「悪い奴じゃ無かっただろう?」
「まあ」
虎魔獣の手綱を握りながら微笑むヒヨリに同意する。
超越者は変人じゃなきゃいけないルールでもあるのか? という言葉は呑み込んだ。
俺もあんま人の事言えないから。
しかしトゥルハンを見た後だと、ルーシの女王に会うのが不安になってくる。変な性格してなければいいんだが。
ヒヨリに聞いてもあんまり話してくれないんだよな。ルーシの女王について話すのを嫌がっているというより、俺と関わった魔女が皆俺に惚れると思い込んでいる節があり、魔女と俺を関わらせたがらないのだ。どうせルーシに行ったら会うんだから教えてくれればいいのに。乙女心はよく分からん。
クォデネンツに護られた北の国、ルーシ王国まであと少し。
ルーシの女王がどんな奴なのか分からんが、せめて人間離れした化け物の見た目をしているのを祈りたい。





