170 ガラスの弾丸
天羽祈里は家業にほとほと嫌気がさしていた。
銃手の聖地、仙台市において天羽家は旧家に類される。
大昔、グレムリン災害以前から猟銃を取り扱っていて、災害の後も現代に至るまで連綿と銃器製造の技を受け継ぎ練磨し続けてきた。
祈里は天羽銃器店八代目当主の娘にあたり、仙台っ子らしく公明正大を貴んでいる。
幼い頃から家業の手伝いをしてきたし、お手伝いと引き換えに正当な報酬(お駄賃)を得て、中学に上がる頃までは薄ぼんやりとこのまま自分は家業を継ぐのだと思っていた。
しかし中学に上がって、なんだかおかしいと思うようになった。
反抗期だったのかも知れない、だがそれだけではない。
クラスのみんなが駅前商店街に繰り出している時、祈里は店の工房でガンパウダーの箱を運んでいた。
みんなが小遣いを出し合い魔法試射場をレンタルして楽しく魔法杖を振るっている時、祈里は実家の射撃場で黙々と的を撃ち抜いていた。
みんなが当たり前に持っている魔法杖を、祈里は持っていない。ウチは銃の家だからと渡された無骨な大口径08年型クリスタライザーは値段で言えばクラスメイトの魔法杖を遥かに凌ぐ高級品だったけれど、その価値を友達が理解してくれるかと言えば全くそんな事はない。
いっそ電化製品ぐらいにまで古く格式のある物なら良かった。それなら「古風の高貴な趣味なんだね」と、きっとある種の尊敬の目すら向けてもらえたのに。
銃は絶妙に時代遅れだった。
かつては魔法杖と武器の座を競い合い発展していた銃は陳腐化し、時代に取り残された。
開発競争についていけなくなり、防衛省の正式採用武器リストから除外されたのが十年前。需要も生産量も目に見えてガタ落ちした。
仙台は東京や北海道よりは銃器需要が根強く残った方だけれど、同級生はみんな煌びやかな最新モデルの二層杖や三層杖を意気揚々と佩いている。
ホルスターに拳銃を差しているのなんて、学年で祈里一人しかいない。
友達だと思っていた子が「祈里ちゃんって趣味がオバサンぽいよね」なんて陰口を言って笑っているのを聞いた日は学校を早退して母に泣きついたぐらいだ。
ウンザリだった。
銃に詳しいのは好きだからじゃない、みんなが親から魔法を教えてもらうように、私は銃の扱いを教わった。それだけなのに。
どうしてこんなに仲間外れにされないといけない?
母は祈里の気持ちを分かってくれて「魔法杖を買おうか」と言ってくれたけど。
父は「祈里も思春期だからな」の一言で済ませて取り合ってもくれない。
いっそ家出してやろうかと思ったのは一度や二度ではない。
しかし祈里の中の仙台っ子な部分がそれはダメだと言って引き留めた。
祈里は、祈里が嫌いな銃器の売り上げで学校に通い、美味しい物を食べ、可愛い小物を買って、小遣いを貰っているのだから、それは粛々と認めなければならない。
銃の事は嫌いだけど、銃の恩恵だけは受けたいなんてダメだ。そんなの道理が通らない。
中学時代を通して祈里はずっとモヤモヤした葛藤を抱えながら、いかにもな不機嫌な顔を一日中ぶら下げて、家族の空気をひたすら悪くしていた。
しかしやはり反抗期だったのかも知れない。
転機は高校進学と同時に訪れた。
今まで落ち目も落ち目な銃器産業を支援していてくれた投資家が、出資を取りやめ魔法通信産業に鞍替えしてしまったのだ。
なんでも東京で画期的な新論文が発表されたとかで、停滞していた魔法通信産業がこれから大躍進するのだという。仙台にも魔法通信産業の拠点を作るべく投資したいので、天羽への出資は止めるという話だ。
父は店先まで義理を通しにきた投資家に恨み言の一つも言わず、一番高い秘蔵の魔造酒まで出してきて、これまで天羽銃器店に目をかけてくれた事に懇ろに礼を言った。
別分野の華々しい進歩の割を食う形で大きな収入を失ったのに、平然としていた。
そして投資家が少し申し訳なさそうに帰るのを見送った後、玄関先で棒立ちする父は不意にポロポロ泣き出した。
顔は岩のように固く厳格なままで、涙だけが止まらなかった。
寄り添う母も貰い泣きしていた。
祈里は衝撃を受けた。
父の涙を見るのは、生まれて初めてだったから。
なんとなく家業は続いていくのだと思っていた。
天羽銃器店は自分が大人になっても、いつか結婚しても、お婆ちゃんになっても、ずっとそこにあるのだとばかり思っていた。
しかしそうではなかった。
父の涙はどんな言葉より雄弁に、先祖代々続いて来た天羽銃器は遠からず店じまいをする事になるのだと語っていた。
祈里はとぼとぼと居間に戻っていく父の白髪の多さに気付いて、腰のホルスターに目を移す。
最近手入れをサボっていた銃が、突然ずっしり重くなった気がした。
あれほど嫌がっていた銃器についてもっと知りたいと言い出した娘に、父は事情を何も聞かず、ただ快く頷いた。
分解清掃はできても原理までは知らなかった愛銃「08年型クリスタライザー」について、祈里は数年越しに深く知る事になった。
クリスタライザーは銃器分類の一つで、水晶弾を射出する物を指す。
銃器が武器として魔法杖との開発競争をするにあたり、ネックになったのが魔法攻撃力だ。
魔物の中には幽霊系を代表として物理攻撃を完全に無効化してしまうモノがいる。無効化とまではいかずとも、極端に効きにくい魔物もザラにいる。
そうした魔物に対し、純物理攻撃である古典的な銃は無力だった。
一方で銃器は瞬間火力に優れる。最速呪文「撃て」よりも引き金を引く方が早いし、銃の種類にもよるが連射性も高い。攻撃が普通に通る相手でさえあれば、機関銃でたちまちボロ雑巾にできてしまう。
救世主にして無慈悲な殺戮者であるかの有名な青の魔女がサブウェポンとして拳銃を愛用している事もあり、戦いにおける銃器の有効性には一目置かれている。
魔力切れになっても使える武器であるというのも安心材料だ。
純物理攻撃である弾丸に、物理無効の敵にも効くよう魔法攻撃力を帯びさせる。それができれば、並の魔術師を遥かに上回る瞬間火力を安定して叩き出せる。
そのための試行錯誤の末に編み出されたのが水晶弾であり、それを撃ち出すクリスタライザーだ。
グレムリンとガラスを一定の比率で混合・精錬し、小粒の幽霊グレムリンを封入した特殊な水晶弾頭は強度が低く、命中時に砕けてしまい、貫通力に欠ける。
が、物理軽減・無効化能力を持つ魔物にも痛打を与える事ができた。
この基本原理確立以来、魔法銃クリスタライザーはコストダウンと貫通力上昇に血道を上げてきた。
複雑な製法と入手しにくい原料による水晶弾はとにかく量産性が悪く、一発一発が高価だった。特殊弾を撃ち出す特殊銃器であるクリスタライザーもまた値が張る。
充分にコストダウンし生産性を上げ、甲類までとはいかずとも乙1類に通用するだけの貫通力が確保できた暁には、魔法杖を駆逐し魔法武器市場を席捲するだろうとまで言われていた。
事実、十数年前まで仙台では魔術師よりも銃手の方が素晴らしく優れていると持てはやされていたぐらいだ。
時間が経てば魔力が自然回復する魔術師と違い、銃手は高価な弾丸を都度買い足し補給しなければならないので「金持ちがカネで攻撃する武器」と揶揄される事もあったが。
それでも、クリスタライザーは市場に一定の需要を持っていた。
ところが十数年前からクリスタライザーのコストダウンや生産性向上が鈍化し、逆に魔法杖は転移魔法式多層加工法が目覚ましい進展を遂げた。
大幅な性能向上、生産性向上、コストダウンに成功し市場を占領した魔法杖に追いやられ、クリスタライザーは落ちぶれてしまった。
「クリスタライザーには青の魔女も、0933もいなかった。コンラッド・ウィリアムズもいなかったんだ、祈里」
そう呟いて銃器解説を締めくくった父は悲しそうだった。
確かに、思い返してみればクリスタライザーには業界の外にまで名を轟かせるワールドワイドな著名人がいなかった。
魔法杖にはキュアノスの使い手、青の魔女がいる。
オーバーテクノロジーにしてロストテクノロジーの神域杖職人、0933もいる。
青の魔女は歴史の教科書に載っているばかりか新聞にも載る冷徹華麗な氷の女王。
0933は魔法加工業に携わっていれば必ず知っている名前だし、最近80年の沈黙を破り活動を再開している。
どちらも有名なだけでなく、話題性抜群だ。
魔法金属や魔法文字周りの広告塔としてアメリカがバックについているコンラッド・ウィリアムズも有名だ。
見た目も実績も性格も知名度も、何もかも非の打ちどころがない魔王殺しの英雄の宣伝効果は抜群で、アメリカでは魔甲(魔法腕甲)や魔剣がかなりのシェアを占めている。
対して、クリスタライザーにはコレだという使い手がいない。天羽銃器店も仙台では有名だが、日本全国区で名前が通っているかと言えば怪しい。
それは銃器の売れ行きと無関係ではないだろう。
祈里は父の言葉をよく考え、考えた末に、心のままに動く事を決めた。
祈里は父の節くれ立った手を取り、言った。
「私がクリスタライザーで有名になるよ。有名になって、銃って凄いんだ、面白いんだって広めてあげる。店に客を戻してあげる。だからいつもみたいに仏頂面しててよ」
悲しい顔をしないで、とは恥ずかしくて言えなかった娘に、父は仏頂面で答えた。
「お前、進学して東京に行きたいんじゃなかったか?」
「いいのいいの。大丈夫」
「有名になるったって、そう簡単な事じゃあ無いぞ」
「分かってる。任せて、私射撃上手いし。すっごい可愛いし」
「う……む? それはそうだが。なんだ、アイドルにでもなるのか」
「え、違う違う。冒険者、冒険者」
「ああ、開拓隊か」
「最近は冒険者って言うんだよ」
冒険者なんて政府のプロパガンダだ、聞こえの良い言葉で危険性を認識させないようにしているんだ、と言って反対する父を押し切り、祈里はなんとか説き伏せた。
冒険者は話題性が高い。高校でも冒険者の伝記やら漫画やらニュースやら、いつも何やらかにやら話題がある。
少なくとも、魔法通信産業の株価だとか、幽霊グレムリンの生産量昨年比だとか、そういう小難しい話よりはずっと人気だ。
強大な魔物を、可憐な美少女が華麗に圧倒的に倒す!
その宣伝効果は90年も昔からお墨付きだ。
母には絶対反対されるし父と違って説き伏せるのも無理なので、祈里は早速次の日曜日に友達の家に遊びに行くという名目で仙台の冒険者募集事務所に向かった。
受付で武器を見せると変な顔をされたが、何はともあれ実力を確かめようという事で、早速模擬戦を組まれる。
広い演習場に通された祈里は、自分より年下の小さな女の子が鼻息荒く大太刀を背負って待っているのを見て思わず試験官を振り返った。
試験官は苦笑いして肩をすくめる。
「彼女は天竜示現流の皆伝ですよ。思いっきりやって大丈夫です」
「天竜……?」
「ほら、小林一刀流から枝分かれした。魔剣流派の」
「?」
「あー、とにかく治癒魔法あるので。常識の範囲で実力を示すよう戦ってください」
魔物相手に模擬戦をするかと思っていたので意表を突かれた祈里だったが、思ったより乱暴な対戦カードをすぐに受け入れた。
祈里には相手が誰だろうと撃ち抜いて倒す自信があった。背負っている物が違うのだ。
銃のホルスターに手をかけて祈里が演習場に立てば、相対する魔剣士の女の子も大太刀に手をかける。
両者の準備を確認し、試験官もホイッスルに手をかけた。
今から銃器産業を盛り返すのはもう無理。
銃の時代は終わっていく。
でも、せめて。
父が涙の店仕舞いではなく、全てをやりきって勇退できるぐらいには長く――――
「私が銃の時代を続けさせてみせる」
「天竜示現流、小林刀月。参る!」
ホイッスルが吹かれた。
魔剣使いの女の子は弾かれたように大太刀を抜刀し、解き放たれた猛犬の如く突っ込んでくる。
「天晶沸地なにするものぞ、斬って斬って斬り抜けよ!」
呪文を唱え、大太刀と全身に黒いオーラを纏う魔剣士に落ち着いて銃口を向ける。
そして高らかに響き渡る一発の銃声が、新進気鋭の銃手天羽祈里の戦いの火蓋を切った。





