【IFルート59 オーリーとりゅう】
俺がいつもの如く竜工房でグレムリン細工をしていると、外から力強い羽ばたきの音が聞こえ、少し間を置き重々しい地響きで工房が軽く揺れた。ドラゴンのお帰りだ。
工房の外に出ると、巨大洞穴の巣に戻った全長30mを超える規格外のクソデカドラゴンが腹袋から金銀財宝をじゃんじゃら出し、嬉しそうにキラキラの山を大きくしている。
「お宝の山が一つ、二つ……これで三つ。ガーッハッハッハなの! この世のお宝、全部私の物なの!」
「まーたお前はしょうもない物ばっかり集めてきやがって。いやそうでもないか」
竜の魔女がカササギのように集めてきたキラキラは、大半が廃車や廃屋から剥いできたと思しきガラス窓だ。
他にも女児向けのラメ入りシールセットとか、錆びた金庫とか、カラフルなプラスチック製の食器とか、しょうもないお宝が大部分を占める。晶雨産と思しきシケた小粒グレムリンもたんまりだ。
ところが、今日は大物が混ざっていた。流石に魔石ではないが、軽トラサイズのデカい奇形頭蓋骨がゴロンと転がされていて、その額には直径80mmを優に超える暗灰色の大粒グレムリンが嵌っている。
これはまさか。
「沖縄で甲1ぶっ殺してきたの。ほらほら、早くグレムリンかっ剥いで、なんか良い感じに加工するの」
「ひゅーっ! 日本の魔物全滅させる勢いだな」
大怪獣に、ダイダラボッチに、沖縄の餓者髑髏。
これで日本列島にいる甲1魔物は全部竜の魔女によって一掃されたんじゃあなかろうか。
強すぎる。最近時間加速を習得し暴れている甲類魔物も、我らがドラゴンにかかれば形無しだ。
竜の魔女は本当に強い。もうちょっと強さを落としていいから知性に割り振って欲しいというのが俺達の切なる願いだが、まあ、なんだかんだ悪い奴ではない。
思えば、最初に会った時から竜の魔女は知性が足りていなかった。
物資の枯渇に苦しみ奥多摩の外に出る時、オクタメテオライトを持って行ったのが運の尽き。お宝の匂いを嗅ぎ付けた通りすがりの馬鹿ドラゴンに攫われて、俺はあれよあれよという間に竜の魔女のコレクションに加えられてしまった。
誘拐。
監禁。
強制労働。
やる事がゴミ過ぎる。
だが第一印象が最悪だった一方で、囚われの身としては全然悪くない暮らしに絆された。
仕事のペースは完全に俺任せ。
毎日旨い肉をたらふく食わせてくれる。
熱い風呂も竜の魔女の残り湯で良ければ毎日入り放題。
宝石細工に必要な工具や専門書も、財前さんに頼めば崩壊世界としては信じられない速さで探してきて配達してくれる。
竜の巣の一画に設けられた竜工房は安全そのもので、俺のコミュ障ぶりを知ると呆れながらも余計な人が近づかないようお触れを出してくれた。
アホだが宝石系に対する本能的審美眼は大したもので、俺が作った宝石細工と、俺の作品の贋作をたった一瞥で見分けるぐらい俺の作品の熱心なファンでいてくれる。
これだけホワイトな仕事場をくれ、衣食住の面倒を見てくれるのに、初対面が誘拐なのがドラゴンが空飛ぶ問題児と呼ばれる所以だ。反省しろマジで。
ところが残念な事に、このドラゴンは操縦できても反省させられない。
なぜなら強いから。
まず、オクタメテオライトを使った竜変身魔法により、竜の魔女は最大80m級の巨躯に変身できる(普段は30m)。
デカさは強さとはよく言ったもので、竜の魔女は大怪獣襲来の際に大怪獣決戦を繰り広げ、大怪獣を下し東京の救世主になった。
以来、あの吸血の魔法使いや未来視の魔法使いでさえ竜の魔女には一目置いている。褒めて煽てて裏から手を回し良い感じに使っているとも言うが。それでも、間違いなく尊重はされている。
ダイダラボッチをブチ殺し東北との交易路を開通させたり、キノコ病の予防薬を日本全国に高速配達したり、魔女集会の遠征隊を背に乗せ荒瀧組を潰しに行ったり、そりゃもう暴れるわ活躍するわ。
昨今の甲類魔物異常でもバッタバッタと時間加速に目覚めた甲類魔物たちを薙ぎ倒し、こうして俺に大粒グレムリンを持ち帰ってきてくれている。
竜の魔女さまさまだ。ありがたい。
手に入れた魔石を独り占めして離さなかったり、銀行業を始めた挙句に預金引き出しを拒否し大騒動を起こしたり、キラキラ光る鏡面鱗を持つ凶暴な甲類魔物を捕まえてきて飼育しようとしたり、時々誘拐事件を起こしたり、解決したのと同じぐらい厄介事も起こしている気がするが。
それでも、差し引きで竜の魔女は世の中の役に立っている。
しょーもなくて、強くて、問題児で、それでも根は悪い奴じゃない。
そんな俺の悪友だ。
俺が沖縄の甲1類魔物餓者髑髏の頭蓋骨から大粒グレムリンを慎重に剥がしていると、竜の魔女は鼻息荒く注文をつけてきた。
「大利、素材の味を活かすの。せっかく吸いつくようなマットな色してるんだから、そいつはピカピカ宝石カッティングよりどっしり模型向きなの。ずーっと見てても飽きない、生き物かなんかに彫り出すの」
「OK。この色合いと大きさで生き物模型だと……狼とかかな。遠吠えしてる複数頭の狼を彫り出して、ジオラマとセットにする感じでガラスに閉じ込めるとか」
「細かいとこは任せるの。お前がやれば間違いないの。勝っ風呂してくるの」
そういうが早いか、竜の魔女は俺の前でもお構いなしに人間に変身した。巣に積み上がった財宝山脈の間を鼻歌を歌いながら歩き、奥の風呂部屋の中に消えていく。
最初は変身する時俺に後ろを向くように言うぐらいの恥じらいがあったのに、最近はもう面倒くさくなって裸を隠そうともしない。
だらしねぇ体に、だらしねぇ性格。こんなのが日本の三本柱扱いされているんだから世も末だ。吸血紳士の半分……いや十分の一……いや1%でもいいから知性アップして欲しい。
「あー、大利さん? お仕事に戻る前にちょっといいですかね」
「んあ? え、なんか問題?」
俺が餓者髑髏の頭蓋骨から大粒グレムリンの採取を慎重に済ませたタイミングで、いつの間にかやってきていた財前さんが声をかけてきた。大黒天のお面が煤で汚れているあたり、グレムリン工房に寄った帰りと見える。
「魔女様が踏み倒そうとしている納品の件なんですが」
「あーあー知らん知らん、そういうめんどくさい話は財前さんに任せるって。最悪裏帳簿からこっそり賠償金出して先方に謝ればいいだろ」
「それがですね。相手が青の魔女様なんですよ」
「魔女か……でも青は大人しいじゃん」
青の魔女は半分隠居している魔女だ。青梅市を絶対防衛圏として引き籠り、小動物系の魔獣をたくさん飼っているアニマルセラピー患者と聞いている。
昔はスゴかったらしいが、あんまり表に出てこないし、機嫌を損ねると面倒な魔女という印象はない。
他の魔女をイラつかせたり、迷惑をかけたりするのはトカゲの習性のようなものだ。いつもの事のように聞こえる。
何が問題か分からず首を傾げると、財前さんは俺に一通の手紙を渡しながら深刻そうに言った。
「実は未来視の魔法使い様と吸血の魔法使い様から連名で手紙が来まして。話をまとめるとですね、この踏み倒しは絶対に回避して欲しいというかなり強い要望です」
「………………………………あー、確かに書いてあるな」
上質な紙にしたためられた丁寧ながら簡潔な文章を読むに、この納品踏み倒しは本当にマズいらしい。
今回の青の魔女への納品を踏み倒した場合、財前さんの謝罪が通じず、キレた青の魔女の襲撃がある。魔女同士の潰し合いが発生するのだ。
この抗争で死者が出ないようにはできるが、魔女二名は双方重症を負うまで譲らない。
甲類魔物異常で戦力が求められている今、重傷者を増やすのは困る。
今後の様々な関係性に禍根を残す戦いを未然に防ぎたい。
だから青の魔女から預けられた魔石は懐にしまい込まず、間違いなく杖に加工し、青の魔女につつがなく引き渡すようにして欲しい……
最後まで手紙を読んだ俺は、目ん玉が飛び出るほど驚いた。
「は!? あのバカ、魔石受け取ったのに納品踏み倒そうとしてんの!!?? バカッ! 聞いてない聞いてない! バカかよ!」
「やはり。グレムリン工房でも誰も知りませんでしたし、大利さんに話が通っていないのではと思ったんですよ」
「聞いてない! 俺に黙ってポッケナイナイしやがったのか? バカあのカス、商売にはなぁ、最低限の信用ってもんがなぁ! キレそう!」
世の中には謝って済む問題と、謝って済まない問題がある。
魔石取引はゴメンナサイで済まない問題の一つだ。
しかも相手は魔女!
吸血と未来視が連名で警告するような事態だ。
この警告を無視したら魔女裁判まで有り得るぞ。ゾンビの魔女が国家転覆未遂で裁判にかけられ、処刑されたのは記憶に新しい。
手紙という形だが、これは実質イエローカードだ。ヤバすぎる。無視したらレッドカードでこの世から退場しかねない。
「大利さん、いけます?」
「任せろ。俺がストライキすれば流石に魔石出すだろ」
「すみませんね。こういう面倒事で煩わせたく無かったのですが、私ではどうしようも」
「謝るなよ。むしろ竜の魔女に謝らせてやる」
俺がドンと胸を叩いて保証すると、財前さんはホッとして、頭を下げながら去って行った。
俺は竜の魔女の財宝管理官だ。奴の一番のお気に入りだし、竜勢力一番の稼ぎ頭でもある。俺がストライキをすれば竜の魔女も折れる。
寄石加工法を開発してからというもの、俺は金の生る木と化し、魔女集会にすら一定の発言力を得るようになった。
寄石加工法は竜の魔女が集めてくる大量のゴミみたいな小粒グレムリンをなんとか有効活用できないかと知恵を絞り色々試している内に発見した加工法だ。
通常、グレムリンはくっつけても意味がない。割れたグレムリンの断面を綺麗に張り合わせたり、二つのグレムリンを接着剤で接合したりしても、一塊のグレムリンとは見なされない。
しかし、寄石加工法を使えばこの問題を解決できる。
実は小粒なグレムリンでも、幾何学立体に加工し適切に組み合わせる事で一塊の大きなグレムリンとしての機能を発揮させる事ができる。
つまり、価値の低い大量の小粒グレムリンを、超高価値の大粒グレムリンに加工できるのだ。
この加工法の発明により、俺は莫大な富を生み出し続けている。
俺専用の竜工房は寄石加工法の最前線だし、領内のグレムリン工房では寄石加工法の中でも一番簡単な(そして一番性能が低い)神聖幾何学64テトラヒドロンの量産試験が行われている真っ最中だ。
今や寄石細工は魔法技術の発展に欠かせない。
俺が仕事を放棄すれば、竜の魔女は稼ぎ頭を失い、同時に自分好みに宝石加工をしてくれる職人をも失う事になる。到底耐えられないだろう。
更に話しかけられても無視してやれば……いやそれは可哀そうだな。友達を無視する奴は最低だ。
けしからん悪行をし腐った女を叱りつけるため、俺は風呂場のドアを蹴り開け殴り込んだ。
人間の姿で浴槽に浸かってウットリと何かを手に持ち眺めていた竜の魔女はびっくりして飛び上がり、手に持っていた何かをサッと背中に隠した。
「おい。いま背中に何を隠した? ん?」
「なっ、なんでもないの。乙女の風呂に入って来るなんてどうかしてるの。変態なの。早くでてくの」
「黙れよアラサー、プニった腹しやがって。話は聞いたぞ、魔石だろ? 魔石を眺めてたんだろ? 青の魔女から加工用に渡された魔石を俺に渡さず着服したんだろ?」
俺が詰め寄ると、竜の魔女はバツが悪そうに目を逸らした。
「…………私が受け取ったんだからコレは私の物なの。誰にも渡さないの。この世のお宝、全部私の物なの!」
「何言ってんだカスがーっ! そいつをこっちに渡せ!」
「イヤなの! この魔石ちゃんは私のなの!」
「いいから大人しく渡せ。ストライキするぞ? もう宝石加工してやんねぇぞ?」
「う゛っ! そ、その脅しは卑怯なの……! 酷いの。大利がそんな卑劣な男とは思わなかったの!」
自分を棚に上げて本気で傷ついた顔をする卑劣な魔女に掴みかかり魔石を取り上げようとするが、力では敵わない。
しかし竜の魔女は俺が繊細で弱っちい人間だと知っているから全力を出してくる事もない。
竜の魔女は青い魔石を必死に俺の手が届かない位置に遠ざけながら焦った。
「ちょっ、やめるの。力加減間違えたら潰しちゃうの。離れるの!」
「そう思うなら魔石渡せって。大人しくしろ、このっ、てめぇこのっ!」
「イヤなの、渡さないの。魔石は渡さないの、ストライキも嫌なの! あっち行くの変態、ちょっ、やめっ、イ゛ヤ゛ァアアア! ドラゴン姦ーッ!」
「うるせぇ抵抗するな! お前が悪いんだぞお前が!」
俺は風呂場で竜の魔女と小一時間も揉みくちゃになった末、なんとか言い負かして魔石の回収に成功した。
無駄に抵抗しやがって。疲れただろうが!
回収した魔石を握りしめ、全身びしゃびしゃになったまま竜工房に戻りつつ、ゲンナリする。
これで青の魔女に納品遅れの謝罪をするのは俺や財前さんなんだから嫌になるぜ。カストカゲがよぉ……
……でも、一時間も魔石の奪い合いをしたのに、竜の魔女が一度も本気を出さず、俺に怪我一つさせないよう細心の注意を払って力加減をしてくれたのも分かるから。
やっぱり悪い奴ではないんだよなぁ。
全く。
竜の魔女は困った悪友だ。





