それは寸にして人を呑む
高望みをしたつもりはなかった。
ただ、「自分だけのもの」が欲しかった。
虚弱体質で臥せってばかりの末子に与えられるものなんて、いつも誰かの使いまわしだった。
ごくまれに新品が手に入っても、自分以外の誰かが欲しいとねだったものが全員に与えられた結果に過ぎなかった。
――自ら欲しいと願ったもので、望むまま手に入れたものなど、今まであっただろうか。
考えて、思い当たるものが一つもないことに辟易する。同時に、当然のことだとも思う。
生まれつき、きょうだいたちの中で一番体が弱かったが、五つの時に運悪く罹った流行り病のせいで、ついには子を残す機能が壊れてしまった。医者から告げられたその事実を両親はひた隠しにしていたが、周囲は薄々感づいているようだった。
折角流行り病を生き残ったところで、子を残せない身内など、家にとっては邪魔者でしかない。
だからその頃は、誰も近寄らない離れの重たい布団の下で、世話係を待ちながら泣いてばかりいた。
――誰かに必要とされたい。自分だけを必要とする誰かが欲しい。
繰り返し考えて、眠りに落ち、夢をみて、目を覚まし、またそのことを考えた。
その“誰か”は、誰もが羨むような相手でなくて良かった。寧ろ自分だけに良さがわかるような、周りから少し見劣りがするような人が望ましかった。それなら、数ばかりいる兄や姉、いずれ生まれ来るかもしれない弟や妹に奪われることもない。他の誰かと共有する必要もない。
ただ、自分が述べた手に喜んで縋りついてくれたらそれでいい。他の誰でもない、自分の手こそが必要なのだと示してくれるのであれば、見た目も中身も問わない。
――いつか今よりも元気になって、この忌まわしい部屋から出たらきっと、一人ぼっちの人を探そう。もし一人ぼっちの誰かがいたら、思いつく限り優しくしよう。そうすれば相手もきっと、自分のことだけを好きになってくれる。
誰かに優しくされたことなんてないくせに、高熱と頭痛の狭間で、そればかり考えていた。
この世のどこかに、自分を必要とする“誰か”がいる。今はそうでなくとも、いつかきっと自分がいなければ駄目になってしまうような“誰か”が、きっと。
ぐらぐらとゆだる視界と、年老いた使用人から差し出される苦い薬と、がらんとした部屋ばかりの記憶の中で、そう信じることだけが生きる希望だった。
その数年後、漸く学校に通うことができるほど体力がつき、哀れな末子の人生は、幸いにもゆるやかに変わり始めたのだった。




