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27. 幸せな時間

27. 幸せな時間





 その後、リビングに戻ると、さっきまでそこにいた聖菜さんの姿はなかった。代わりに奥の部屋から、微かにスマホの操作音が聞こえてくる。気になって、そっと扉を開けると、聖菜さんはベッドの上に座り熱心にスマホをいじっていた。


「なにしてんの?」


「メッセージを送ってるんだよ」


「そっか」


 オレがそう言うと、聖菜さんはニヤリと笑いながらオレを見つめてくる。


「あれあれ?もしかして、気になるのかな?」


「まぁ、多少は」


 正直な気持ちを認める。誰とやり取りしているのか、少しだけ気がかりだった。


「愛しの彼と、やり取りしてるかもね?」


「あれ?おかしいな。オレのスマホ、電源落ちてたかな?」


「じゃあ、優斗君は愛しの彼じゃないかもね」


「嫉妬心を煽ると、オレもメンヘラになるよ」


「ふふ。それは困るなぁ」


 聖菜さんは、またクスクスと笑う。なんだか今日の聖菜さんは、いつもより表情豊かというか、生き生きしているように見える。その笑顔を見ているとオレの心も自然と明るくなる。


 そんなことを思いながら、オレは部屋の隅に置かれたソファーに腰かけた。すると聖菜さんがスマホを置き、立ち上がってオレの隣に来て、何の躊躇もなくスッと肩を寄せてきた。


 いや……近いんだけど。聖菜さんの体温が、じんわりと伝わってくる。そしてオレの顔を覗き込むように見て、満面の笑顔で言う。


「ねぇ……今日は、一緒に寝よう?」


「……へっ?」


 聖菜さんが、急にそんなことを言い出すものだから、驚いて間の抜けた声を出してしまう。オレの予想外の反応を見て、聖菜さんはさらに楽しげに笑っていた。


「私、今日は一人で寝たくない気分かも」


「いや、オレは床で寝ますよ」


「じゃあ、私も。一緒じゃダメかな?」


「……楽しんでるでしょ」


「ううん。本心だよ。私、自分に正直に生きてるからね」


「どこが?いつもオレをからかってるでしょ?」


「あれは、からかってるんじゃなくて……愛だよ?」


 そう言って、聖菜さんはいたずらっぽく、でもどこか甘く微笑む。やっぱり聖菜さんはズルい。


「……分かった」


「ずいぶん素直だね」


「どうせ別々に寝ても、聖菜さんはオレの隣に来るでしょ?」


「よくご存じで」


 いつものオレなら、きっと困惑して、あたふたしていただろう。だが、今日は違う。そういう流れが来るならば、オレだって男として覚悟を決めるしかない。誰かに聖菜さんの初めてを奪われるくらいなら、オレが貰う!


 こうして、オレたちは同じベッドで寝ることになった。とはいえ、やはり緊張する。隣にいる聖菜さんの、温かい体温が伝わってくるだけで、心臓がドキドキと高鳴る。


「ねぇ、優斗君」


「なんだ」


「手を握ってくれない?」


「いいけど」


 オレは少し躊躇しながらも、右手を聖菜さんの方にそっと差し出す。聖菜さんも、遠慮がちに左手を差し出し、オレの手を握った。聖菜さんの、少しひんやりとした温もりが、手にじんわりと伝わってくる。


「ドキドキしてるね」


「そりゃあ……な」


「私は、もっとドキドキしてるよ」


 聖菜さんは、握っている手を離すと、今度は、躊躇うことなく身体をオレに密着させてきた。柔らかい感触がダイレクトにオレに伝わり息が詰まる。


「ちょっ……」


 そして、聖菜さんは、オレの首に両手を回し、抱き着いてきた。心臓が、バクバクと、まるで体全体に響いているのが分かる。このままだとオレの心音が、聖菜さんに聞こえてしまうかもしれない。


「あの……柔らかいものが当たってるんだけどさ」


「当ててるんだよ。触ってもいいよ?」


 聖菜さんの甘い囁きが、耳元で聞こえて、理性があっという間に溶けていく。


「いや……そんなこと言われると、余計意識しちゃうんですが……」


「……おや?」


「これは、生理現象だから」


「つまり、欲情していると」


「……まぁ……そうとも言う」


「ふふ。でもごめんね、優斗君。今日は、女の子の日なんだ」


 それを聞いてオレは、正直ホッとしたような、でもほんの少しだけ残念な気持ちになった。


「もしかして、期待したかな?」


「かなりね」


「最近、素直だね。何か気持ちの変化があったのかな?」


「きっとこうなったのは、聖菜さんのせいだろうな。いつでも聖菜さんのことばかり考えてるし。……嫉妬もするようになったしな」


「そっか……お楽しみはまた今度だけど、責任はとらないとね?」


「聖菜さん?」


「大丈夫。私は、結構尽くすタイプなんだからね旦那様?」


 そのまま、聖菜さんはオレの腕の中で、スッと布団に潜っていった。そのあとオレは、今まで味わったことのない、じんわりとした幸福感に包まれながら、眠りについた。


 ――――朝起きると、すぐ目の前に、可愛い寝顔が見えた。聖菜さんは、オレの胸に顔を埋めて、すやすやと眠っている。とりあえず起き上がろうとすると、聖菜さんの柔らかい頬が、オレの胸板に押し付けられていて、身動きが取れない。


「えっと……おはようございます」


「ん。おはよう」


「とりあえず、横にズレたいのですが」


「んー。もう少しだけ、このままいさせて」


 そう言いながらさらに強く、オレの胸に顔を押し付けてくる。聖菜さんの温かい身体が押し付けられると、その柔らかい胸の感触が、否応なしに伝わってきて、また朝から興奮してしまう。


「……おやおや?」


「完全不可抗力だよ。朝だから」


「それはズルいなぁ」


「いつもズルいのは、聖菜さんでしょ」


「女は、少しズルいほうが可愛いから」


 聖菜さんは、クスクスと笑う。こんな可愛い姿は、オレ以外の誰にも見せたくない。そんなことを思いながら、オレはこの幸せな、でも少し困った時間を過ごすのだった。

『面白い!』

『続きが気になるな』


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