25. アピールは大事だからな
25. アピールは大事だからな
オレは勢い良く扉を開いた。心臓がバクバクと音を立て、全身にアドレナリンが駆け巡る。そこに立っていたのは、聖菜さんと見慣れない男だった。
その男は、オレよりも頭一つ分背が高く、短く刈り込んだ髪と少し強張った表情が強面な印象を与える。歳はオレより少し上、20代前半くらいに見えた。男は突然現れたオレを見て目を丸くして驚いていた。
隣の聖菜さんも、同じように目を大きく見開き、驚いた様子でオレを見ている。その場の空気は一瞬にして張り詰めた。
「なんだ、お前は?」
「どうかした聖菜さん?」
「え?」
聖菜さんはまだ状況が飲み込めていないような、戸惑った表情を浮かべている。
「おい、聖菜。こいつ誰だよ?」
男の言葉には、明らかに敵意が込められている。少し声が上ずってしまったが、ここで臆してはいけない。もう覚悟を決めるしかない!聖菜さんが答える前にオレは口を開いた。
「オレは、神坂優斗。……聖菜さんの……彼氏だ」
言いながら、自分の心臓が、さらに激しく脈打つのを感じた。
「……は?」
「優斗君……」
聖菜さんは少し頬を赤く染め俯いていた。聖菜さんのこんなにも可愛らしい照れたような表情は、初めて見たかもしれない。オレは精一杯胸を張って、男に向かって言った。
「あなたこそ、誰なんですか?」
さぁ。かかってこい。どんな罵声も、暴力も、甘んじて受けようじゃないか。それで聖菜さんが守れるなら安いものだ。
しかし。目の前にいる男は、予想外の反応を見せた。最初はポカーンとした間抜けな表情をしていたが、徐々にその顔に笑みが広がっていった。そして最後には、大きな声でケラケラと笑い始めたのだ。オレは、何が起こっているのか全く理解できず、ただ呆然と立ち尽くしていた。すると男は笑いながら、涙目で話し出した。
「オレは、聖菜の兄だよ」
「……へ?お兄さん?」
オレが、信じられない気持ちで聖菜さんのほうを見ると、聖菜さんはコクリと小さく頷いた。
「えっと……その……」
どう謝ったらいいのか、言葉が見つからない。
「おい、聖菜。こいつ、本当に彼氏なのか?」
聖菜さんのお兄さんがニヤリと笑いながら、聖菜さんに問いかけた。
「……うん」
聖菜さんが小さな声で、でもはっきりとそう言うと、お兄さんは、さらにニヤリと笑みを深くした。
「ほーん。なるほどねぇ。それで、こいつはオレが悪い男だと思って、聖菜を守るためにオレに立ち塞がったわけか」
お兄さんの言葉に、顔から火が出るほど恥ずかしくなる。
「すいません……」
うわ。めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。勝手に勘違いして、勢いよく飛び出してしまった。
「いやいや。オレもいきなり来たから悪かったな。オレは高宮彰吾。聖菜の兄だ。よろしく」
「それより、どうしたのお兄ちゃん」
「母さんに頼まれて、仕送りを持ってきたんだよ」
「連絡くらいしてよ。ビックリするでしょ」
……完全にやってしまった。聖菜さんのお兄さんに最悪の第一印象を与えてしまったんじゃないか。聖菜さんと、そのお兄さんの彰吾さんは、オレを完全に蚊帳の外に置いて兄妹水入らずで話し合っている。
「それにしても、お前に彼氏とはな」
「いいでしょ。私はもう高校生なんだから」
「だな。優斗って言ったか?」
「はい!?」
「こいつは、おとなしくて危なっかしいからよ。面倒見てやってくれな。あとお前、なかなか度胸あるな。気に入ったよ。それじゃまたな、聖菜」
そう言って彰吾さんは、あっという間に帰っていった。なんか気に入られたんだが?まぁ悪いことじゃないからよしとしよう。そしてそのままオレと聖菜さんは気まずい沈黙の中、部屋に戻った。
「あの……お兄さんなら、すぐに言って欲しかったんだけど……」
「ごめん。いきなり優斗君が来たから、ビックリして……」
「そりゃ……聖菜さんが困ってそうだったからさ。あんな顔、見たことなかったし」
「さすがに、優斗君がいるのにお兄ちゃんが来たら、私でも困るよ……」
聖菜さんは、本当に申し訳なさそうにしている。それからお互い、少しの沈黙が流れた。先に話を切り出したのは、聖菜さんのほうだった。
「あのさ……さっきの事……なんだけど……」
聖菜さんは、顔をほんのりと赤らめて、オレに話し出した。いつもなら『おやおや。いつから私の彼氏になったのかな?』とか、からかってくるのに今は違う。もし『あれは咄嗟にそうしたほうがいいと思ったからさ』と言ってしまえば、聖菜さんはきっと話を合わせてくれるだろう。
たった1ヶ月しか一緒にいないけれど、それが、不思議と分かってしまう。それだけオレは聖菜さんのことを……
「ベタな撃退法だよな」
「え?うん……そうだね」
「オレの、意外な一面が見れたんじゃない?」
「声が上ずってたけど?」
「いや~、颯爽と飛び出して、カッコいいよな」
「自分で言っちゃうの、それ?」
「アピールは大事だからな。高宮聖菜検定に合格したいし」
「かなり好印象だね。ポイント高いよ?」
聖菜さんは、いつものようにクスクスと笑う。オレもつられて笑ってしまう。この何気ないやり取りが、オレと聖菜さんの関係。『運命的な何か』。今はそれでいい。でもいつかはきちんと聖菜さんのこと……そんなことを心の中でそっと誓うのだった。
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