女神聖教七天使徒『愛教徒』ラピュセル・ドレッドノート⑤/本体を叩け
エルクは、襲い掛かる『使徒』たちを次々と撃破する。
両手に『念』を込め、向かって来る使徒たちに向かって放つ。そして、建物の上から魔法やスキルで攻撃してくる使徒相手には、小石を飛ばしてぶつけたり足元を破壊して落下させたりする。
そして、使徒が持っている武器に干渉。剣や槍を念動力で取り上げて飛ばしたり、大勢で向かってくるなら、校舎の壁を切り取り押しつぶした。
五十名ほど倒し、エルクはつぶやく。
「キリがないな……攫われた生徒たちだけなら、まだまだいるだろうけど、いきなり全員を投入するとも思えないし……むぅ」
さらに、不思議なことが起きていた。
エルクが倒した生徒たちが、気を失ってから数十秒後に溶けるように消えてしまうのだ。まるで、負けたら安全なところへ消える仕掛けを施してあるような。
「まぁいい……襲ってくるなら、潰すだけだ!!」
使徒の次は、攻撃特化のナイトが数十体に魔法特化のビショップが数十体。防御特化のルークが数十体に、ポーンが百体以上……いくらグラウンドが広くても、この数相手では狭く感じた。
だが───……エルクには関係ない。
「数で俺をどうにかできると思ってるなら───それは悪手だ」
◇◇◇◇◇
「───……っつ」
ラピュセルは、チクリとした痛みに胸を押さえた。
チートスキル『愛迷宮・神の試練』は、ダンジョン精製の能力。発動すれば無敵に近いが───弱点もある。
それは、ダンジョンの破壊。
ダンジョンが破壊されれば、そのダメージは全てラピュセルに還る。
だが、普通はあり得ない。そもそも、ダンジョンというのは特性上、破壊できないのだ。
あり得ない。本来ならあり得ない……でも、エルクの『念動力』は、校舎を破壊しグラウンドの大地を砕く。そのダメージが、ラピュセルの身体に還っていた。
チクチクと、小さな針で胸を刺すような痛み。大したダメージではないが……痛いのは痛い。
「……チッ」
ラピュセルは舌打ちし、チラリと宙に浮かぶチェスの駒を見る。
ひとつのダンジョンに一度ずつしか押印できない特別な駒。『キング』と『クイーン』
こうして考えている間にも、エルクは『ダンジョンモンスター』を破壊していた。
「…………」
しばし、考える。
『計画』は順調に進んでいる。ロロファルド、エレナはよく働いている。
ラピュセルの『試練』も、順調に進んでいた。
そして───ラピュセルのいる『大聖堂』のドアが開く。
「大聖堂……ん? おい、誰かいるぞ!」
入ってきたのは、数名の男女。
教師を含めた、二学年の生徒たちだ。
二年生を担当する教師のマックスは、ラピュセルを見て厳しい顔をする。
「お前……何者だ」
「私は、ラピュセル・ドレッドノート……あなた方に『試練』を与えし、女神聖教の神官です」
ラピュセルは、聖母のような笑みを浮かべた。
女神聖教。
教員の間では最も警戒する名前で、生徒の間では『S級危険組織』として知れ渡っている。
マックスは、生徒たちに言う。
「全員、戦闘態勢───ダンジョンの魔獣と同じか、それ以上と考えて行動しなさい。相手が人間の姿をした魔獣、そう思い確実に始末するように」
二年生たちは、武器を構えスキルの使用準備をする。
新入生とは違う。実戦を経験し、経験を積んだ冒険者としての姿があった。
マックスは、生徒に命じる。
「あいつが、この異常事態の犯人に違いない。全員───戦闘開始!!」
二年生たちは、ラピュセルに向かい、攻撃を開始する。
「───……ふふっ」
ラピュセルは妖艶に微笑み、両手を広げた。
◇◇◇◇◇
グラウンドに集まった『ダンジョンモンスター』を、エルクは全滅させた。
やや地形が変わってしまったが、エルクは見ないことにした。
そして、叫ぶ。
「お~いっ!! もう終わりかぁぁぁっ!?」
───……だが、返事はない。
エルクは舌打ちし、眼帯マスクとフードを外し深呼吸。
「くそ……このままで、本体に近づけるのか」
「エルク……」
シルフィディがエルクの周りを飛ぶ。
「ごめんね。あたしもここがよくわからないの……まるで、ごちゃごちゃに絡まった糸みたいな」
「わかってるよ。ありがとな、シルフィディ」
「うぅ……」
落ち込むシルフィディを、人差し指だけで撫でる。
なんとか対策を考えなければ。エルクがそう思っていると。
『皆さん、初めまして。私は女神聖教、『愛教徒』ラピュセル・ドレッドノートです』
エルクの動きが止まった。
「この声……」
『我が「試練」を乗り越えた者たちには、『新たなる世界』への道が開かれることでしょう……さぁ、皆さん、私の元へ───……』
声が途切れた。
「ラピュセル・ドレッドノート……女神聖教の神官。こいつが学園をダンジョン化した奴か」
さて、どこを目指せば到着するのだろうか。
◇◇◇◇◇
ヤトは、ミゲルの部下を一太刀で斬り伏せていた。
大したことはない───……と言いたいが、全員のスキルレベルが異常なまで高い。新入生たちのスキルレベルは平均で10~30程度。スキル進化した生徒は、全体の二割もいないはず。
「チッ……女神聖教が何かしたのね」
「はぁッ!!」
剣士の少年の振り下ろしを六天魔王で受け流し、両腕を切断した。
確かに強い。だが、まだヤトのが強い。
ヤトの遠慮がない一太刀は、四肢のどれかを必ず切断した。なので、使徒たちも迂闊に近寄れない。
そして……ソアラは、肩で息をしていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「クヒヒ、どうした? ずいぶん息が上がってるじゃねぇか」
「…………むぅ」
ミゲルのスキル。
ミゲルは、背中から四本の『触手』が生えていた。
対して、ソアラの両手には三本の鉤爪が、皮膚を突き破るように伸びている。
互いの共通点……ソアラは舌に、ミゲルは背中に『紋章』のようなものが浮かび上がっていた。
「驚いたぜ。まさか同類とはな」
「わたしも驚いた……でも、なんか嫌」
ミゲルのスキル、『嫉妬』……ソアラと同じ、七つしかないレアスキル。
レベルという概念がないスキルであった。
能力は、背中に生えた《触手》の操作。感情によって触手の数が変わる。
「お前も、あっちのお前も合格だ。くひひ、ラピュセル様の最終試練を受ける資格があるぜ」
「最終試練……なに、それ? さっきも、放送で言ってた」
「簡単さ。女神聖教に入るに相応しいかどうかの試練ってやつだ。最初に攫った連中は、あくまで今回の『試練』で使う寄せ集め……本当の誘拐は、こっちの方だ」
「なっ……」
「人、いないだろ? 数千人いるはずの生徒……いくらダンジョン化した学園内でも、誰とも会わないのは不自然だろうが。すでに、『選別』をして女神聖教本部に送られている」
「そんな……」
「ま、使える生徒だけしか攫ってないけどな。三学年が留守ってのもイタかったわー」
「……っ」
「さーて、ここまでだ。お前たちには最終試練を受けてもらうぜ───……じゃあな」
ソアラを触手で弾き飛ばし、ミゲルは近くのドアを開けて消えてしまった。
そして、ヤトが斬り伏せた生徒たちも消え、残った生徒たちもドアを開けて消えて行く。
「───……聞いていたわ。どうやら、かなり厄介なことになってるわね」
「…………」
「……なに?」
「へんなの。ヤト、なんだかうれしそう」
「…………そう?」
ヤトは、この状況が楽しいのか───笑っていた。
◇◇◇◇◇
ミゲルは、ソアラたちを撒くと同時に触手を消した。
仕事は大体終わり。ソアラには言っていないが、最終試練を突破した生徒はまだ三十名もいない。ほとんどの使徒は倒され本部へ送られ、ミゲルたち聖使徒も撤退が近い。
「くひひ、楽しくなってきたぜ」
ミゲルは薄暗く笑い、帰るために『撤退』スキルを持つ部下を呼ぶ。
「さ、撤しゅ
次の瞬間、ミゲルの全身が硬直した。
「みーつけた……」
そこにいたのは、黒い案山子、翼を広げたカラス。
そうではない……女神聖教が最も危険視する『八人目』の神官候補にして、最大の裏切り者である少年、エルクだった。
ミゲルは、指一本動かせない。ニヤけた表情のまま凍り付く。
そして気付く。部下が全て倒れていた……念動力による当身で、気を失っていた。
エルクはフードと眼帯マスクを外し、ミゲルの肩をポンと叩いた。
「ラピュセル・ドレッドノート。こいつのいる場所に案内してもらおうか」
貼り付けたようなエルクの笑みに、ミゲルは屈服してしまった。





