シルフィディ
バルタザールは死んだ。
女神聖教の神官、タケル。そして女神聖教側に付いた誘拐された生徒たち。そして……ロシュオ。
エルクは、秘宝を回収し立ち上がる。
ソアラも俯いていたが、エルクが立ち上がるとそっと袖をつまんだ。
すると、シルフィディがエルクたちの周りを飛ぶ。
「ね、ね。なんで悲しそうなの?」
「……お前は、悲しくないのか?」
「うん! だってパパは、あたしをすごく大事にしてくれたもん。パパ、おなかのなかで、あたしのことを《絶対に守る》って言ってくれたの。パパ、すっごく愛してくれた。だから、お別れが近いの知ってたから、笑顔で送ろうって決めてたの!」
「……お前」
「お前じゃない! あたしは、シルフィディ!」
シルフィディは、透き通る虹色の翅をパタパタさせる。
桃色の長い髪、人間と同じ身体。ヒトと違うのは、背中の蝶の羽と頭に二本生えている触覚のような物だろうか。全長二十センチほどしかないが───……と、ここまで考察すると、ソアラに目を塞がれた。
「わ、なんだよ」
「それ以上、見ちゃダメ」
「え」
「だってこの子、裸だし」
そう、シルフィディは裸だ。
人間と造りが同じなので、胸もちゃんとある。
エルクは特に気にしていないが、ソアラからするとダメらしい。
荷物からハンカチを取り出し、シルフィディの身体に巻く。
「わぁ、ドレスみたい!」
「帰ったら、ちゃんとした服、作ってあげるね」
「ありがとう、えっと……」
「あ、わたしはソアラ。よろしくね」
「ソアラ! よろしくっ」
シルフィディとソアラは仲良くなった。
いつまでもここにいるわけにはいかない。
エルクとソアラ、シルフィディは表へ出る。
「さて、どうやってここから出るかな……適当に歩いて出られると思うか?」
「うーん……でも、行かなきゃ」
「だなぁ」
「ね、ね、外に出たいの?」
「ああ」
「じゃあ、シルフィディが案内してあげる! わたし、外の道わかるかも!」
「「え」」
シルフィディはエルクたちの周りをクルクル飛ぶ。
「さ、こっちだよ!」
◇◇◇◇◇
秘宝によりダンジョン内の虫が全て最深部に集まったことで、魔獣は一切現れなかった。
シルフィディの案内は適当……そう思えるほど、適当に曲道を進み、別れ道を進む。
だが、シルフィディは正しかった。
「あそこ、出口!」
「「……着いた」」
見覚えのあるダンジョン入口だった。
適当に歩いてただけにしか思えなかったが、ちゃんと出口に到着。
エルクとソアラは顔を見合わせ、ハイタッチ。
そして、ソアラはシルフィディを抱きしめた。
「ありがとう、シルフィディ」
「うん! ね、ね、お腹へった~」
「いっぱい美味しい物あげる」
「と、待った。シルフィディ、念のため隠れておけ」
「え、なんでー?」
「念のためだ。な、ソアラ……シルフィディの存在、どう思う?」
「……ちっちゃいヒトなんて見たことない。背中に蝶の翅生えてるし」
「だよな。見つかったら面倒だ……うーん、見つかったらどうやってごまかす?」
「……じゃあ、ダンジョンの秘宝の部屋にいた、ってことにする?」
「……それでいいか」
二人は頷く。
ソアラは、服の襟をひっぱりシルフィディを中へ入れる。
「わ、ふかふか! ソアラ、おっぱいおっきいね!」
「…………」
エルクは目を反らした。
そして、二人はダンジョン入口へ───……。
「いいか!! ダンジョン内で何か起きているのは間違いない。未確認魔獣の討伐、そして可能なら学生の救助を───……」
ボブが、冒険者を集めてダンジョン前で号令をかけていた。
だが、エルクとソアラを見てポカンとする。
ボブの様子がおかしいと気付いた冒険者たちが振り返ると……エルクとソアラがいた。
「あ、えっと……戻りました。あはは」
エルクは曖昧に笑い、締まらない言葉を放った。
◇◇◇◇◇
「で、何があった?」
「…………」
再会もそこそこに、エルクとソアラはボブに詰め寄られていた。
場所は、ダンジョン外、宿屋の一室。
エルウッド、ジャネット、カヤは、隣の部屋で待機している。
エルクは決意し、ポケットから緑色の宝珠を取り出した。
「なんだ、これ───…………待て、待て待て。まさか、馬鹿な」
「……秘宝です」
「マジかよ!?」
ボブは仰天、エルクに聞いた。
「まさか、お前……ダンジョン最深部へ行ったのか?」
「はい。そこで、女神聖教の神官と戦いました」
「女神聖教って、学園を襲って生徒を攫ったカルト集団だっけか? 冒険者たちにも注意喚起出ていたっけか……」
「……そこの、タケルって奴と戦いました」
バルタザールのことは伏せた。
一介の冒険者でしかないボブに、詳しく話しても仕方がない。
ボブは、エルクの話より秘宝が気になるようだ。
「まいったな……秘宝か」
「見つけたらどうなるんでしたっけ?」
「ダンジョンが消滅する。すぐに消滅するわけじゃないが……恐らく、一ヵ月以内には、ここはただの遺跡に戻るだろうな」
「…………あれ、もしかして」
エルクは青くなる。
ダンジョンの秘宝は、回収したらダンジョンの管理国に提出するのが決まりになっている。それは、冒険者組合であっても守らなければならないルールだ。
だが、秘宝さえ回収しなければ、ダンジョンの調査、財宝の取得は何度でも行える。秘宝を回収すれば、ダンジョンは消滅……つまり、冒険者組合にとって、ダンジョンの秘宝は回収しない方がいい物なのだ。
エルクは青くなり、ボブに聞く。
「あの、もしかして……俺、ヤバいことしちゃいました?」
「……ああ」
「も、元の場所に戻す……ってのは?」
「無理だ。回収した時点で、ダンジョンはもう死を迎えた」
「ど、どうしましょう」
「ん~……ルーキーのお前がダンジョンの秘宝を回収したって知られたら、かなり目立つな」
「じゃ、じゃあ! これボブ先生にあげます!」
「あぁ?」
「せ、先生が見つけたってことにすれば、大丈夫……ですよね?」
「……まぁ、オレなら大丈夫だろうな。A級冒険者のベテラン、ボブが『蟲毒の巣』の秘宝をゲットした。ってなら目立つだろうがお前ほどじゃない。それに、最後に秘宝が回収されたのはもう何年も前だ。そろそろ、踏破されたダンジョンの秘宝を回収してガラティン王国に献上しないと、冒険者組合と王国が管理するダンジョンの管理見直しなんてのもあるかもしれねぇ」
「じゃあお願いします!!」
「だから、いいのか?」
「……え?」
「お前、功績を全てオレに渡すってことなんだぞ? お前はただの行方不明者で、たまたま出口に戻ってこれたルーキーってだけ。オレはダンジョンの秘宝を見つけた冒険者。お前、それでいいのか?」
「はい」
エルクは即答した。
そもそも、秘宝になんて興味はない。エルクにとって大事なのは、女神聖教の壊滅と実家への復讐だ。
面倒ごとに巻き込まれるのはともかく、自分から生み出すつもりはなかった。
エルクは、ソアラに確認する。
「ソアラ。いいか?」
「うん」
「というわけで、お願いします」
「…………はぁ~」
ボブは、秘宝を受け取った。
「わかったよ。『蟲毒の巣』の秘宝はオレが手に入れたってことにしてやる。その代わり、王国から支払われる報奨金は半々だ。悪いな、多少は羽振りよく見えねぇと疑われる可能性があるんでな」
「もちろん、構わないです。手間賃ってことで」
「はっ、なかなか言うじゃねぇか」
ボブはケラケラ笑う。
ひとしきり笑い、「さて」と言う。
「今日はこのまま宿に泊まって、明日帰るぞ。ダンジョン実習はここまでだ」
こうして、エルクたちの長い一日は終わった。





