女神聖教七天使徒『醜悪』のバルタザール⑦/共感
少年の持つスキルは、『昆虫精製』だった。
小さな昆虫を生み出せるスキル。
だが、口から吐き出すという制約が、少年の見た目と相成って醜悪さを増幅させていた。
少年は、口から芋虫を吐き出した。
納屋には、少年が生み出した昆虫がたくさんいた。
人間は嫌いだけど、虫たちは少年を拒絶しない。
でも、その日は突然やってきた。
少年の住む納屋に、火が放たれたのだ。
さらに、少年の身体がピクリとも動かない。
食事に薬を盛られた。
少年は知らなかった。
少年の存在、醜悪さは、少年の住む村人たちが耐え切れないほどだった。
だから、少年の両親は決意した。
少年を殺す。
初めから、いなかったことにする。
誰も、反対しなかった。
少年は、自らが生んだ蟲たちと一緒に、生きたまま焼かれた。
納屋が燃え尽き、ただの黒い塊となった少年は、かすかに生きていた。
「………………ぁ」
声は出ない。
でも、感じていた。
自分が生み出した芋虫も、ほんのわずかに動いていたのを。
なぜ、こうなったのか。
自分は、何をしたのか。
生きたい。死にたくない。そう願った。
そして───……。
◇◇◇◇◇
「おやおや? これはこれは、久しぶりの来客だねっ!」
◇◇◇◇◇
少年は出会った。
女神ピピーナに。
女神ピピーナは言う。
「虫が好きなんだぁ~?」
ピピーナは笑っていた。
だが、その笑みは……馬鹿にするような笑みではない。
少年の容姿を見ても嫌悪の一つも浮かべず、ただ笑っていた。
少年は、思わず聞いた。
「き、き、気持ち悪く、ないの?」
「なんで?」
「だ、だって……ぼく、こんな見た目だし」
「あはは! 気持ち悪いわけないじゃん。見た目なんて関係ない。きみはきみでしょ? バルタザールくん!」
「あ……」
名前を呼ばれた。
ピピーナは、静かに両手を広げた。
「ここに来た子には、チートスキルを与えて生き返らせることにしてるの。で、きみはどんなスキルが欲しい? やっぱり虫?」
「……虫」
虫になりたかった。
ヒトではない。虫に、生まれ変わりたかった。
「生まれ変わりは無理かなぁ? でも、虫になれるスキルならあるよっ!」
そうして、バルタザールはチートスキルを得た。
もともと持っていた『昆虫精製』のレベルも限界まで上がっていた。
生き返ったバルタザールは、故郷の村をあっさりと滅ぼした。
そして、勧誘された。
「女神ピピーナ様に、会いたくない?」
ピアソラに誘われ、バルタザールは『女神聖教』へ入った。
もう一度、女神ピピーナに会いたい。
お礼を言いたい。ただ、それだけのために。
◇◇◇◇◇
「気持ち悪くなんて、ない」
「え?」
「……ぇ」
エルクはソアラに言った。
バルタザールも、聞いていた。
「わたし、魔獣を食べたんだよ? 気持ち悪いでしょ……?」
「食える魔獣なんていくらでもいるだろ。オークとかめっちゃ美味いし」
「わたし、この牙で食い千切ったの」
「肉は食い千切って食うモンだろ」
「舌に、こんな刺青あるの。スキルを使うと浮かび上がってくるの」
「スキル使わないと普通なんだろ? じゃあ、いいじゃん」
「……エルク」
「俺は、気持ち悪いって思わない。それと……お前」
「……え?」
エルクは念動力を使い、シャンデリアをバルタザールからどかす。
バルタザールは気付いた。見た目ほど大きな怪我をしていない。エルクは手加減をしていたのだ。
「さっきの答えを言う。俺は、お前の顔……気持ち悪いなんて思わない」
「…………え」
「敵でも、人の顔見て笑ったり『気持ち悪い』なんて口にする男じゃないぞ、俺は」
「…………」
「大事なのは、顔なんかじゃないだろ」
「…………」
エルクは笑った。
バルタザールは、エルクの笑みが嘲笑うような、馬鹿にするような笑みではないことに気付く。この笑みは───……ピピーナと同じ、柔らかな微笑みだった。
「お前には悪意がない。俺を狙ったのも、女神聖教がそう言ったからだろ? 何となくだけどお前……虫が好きなだけだろ」
「……うん。でも、でも、ぼく……人間、殺した。かぞくを、殺した」
「償う気持ちがあるなら、王国に出頭しろよ。女神聖教の情報を全て話せ」
「…………」
「で、全部話したら……学校に来いよ。うちの寮、空き部屋けっこうあるし、みんないい奴だから楽しいぞ?」
「……え」
「俺が知ってるピピーナのこと、教えてやる。あいつとは二千年間一緒だったからな。会わせるのは無理だけど、話ならしてやるよ」
「…………」
女神聖教の目的は、女神ピピーナをこの世界に呼ぶこと。
それはできない。なら、エルクがしってることを話すくらいはできる。
バルタザールは、揺れていた。
今までの人間とは違う。
同じ女神聖教の神官も、エルクのように受け入れてはくれなかった。
「……い、い、いいの?」
「ああ」
「ぅ、ぅぅ……う、うぅぅぅぅ」
バルタザールは、あふれる涙が止まらなかった。
ピピーナ以来、初めて受け入れてくれる人間がいた。
そして、確信する。
エルクこそ、女神ピピーナに認められた、真なる使徒であると。
「ぼく、ぼく……」
「ほら、話は後だ。まずはここから出ようぜ。バルタザール」
「───……っ」
名前を、呼んでくれた。
バルタザールは、ぐしゃぐしゃに濡れた顔をエルクに向ける。
「え、エルク。ぼく、ぼく……ぼくたち、ともだち?」
「ああ、友達───……」
───……ズドン!!
何かがエルクの背後から飛んできた。
「───……ヵ、あ」
それは、剣。
漆黒の刀だった。
柄も鍔も刀身も、全てが黒。
それが、バルタザールの身体を貫いていた。
「……ぁ」
「ば、バルタザール……?」
「ぅ、あ……あ」
エルクは振り返る。
そこにいたのは───……五人の男女。
そのうち、一人は見覚えがあった。
「……ロシュオ」
「よう、兄貴」
女神聖教の聖印が押されたローブを纏っている。
そして、ロシュオの前に出た黒髪の男が手を向けると、バルタザールに刺さっていた刀が抜けた。
「裏切り者め。まぁ……貴様のような『醜悪』な者は、裏切り者以前に仲間ではない」
「た、タケ……る、っがふぁっ!?」
バルタザールは大量に吐血した。
ソアラが駆け寄り、荷物から毛布を取り出して傷を押さえる。
「しっかりして!!」
「ぅ、あ……」
「エルク、どうし───……っっっ」
ソアラは、息をのんだ。
エルクの、尋常ではない殺意に。
男は刀を構え、静かに名のる。
「女神聖教、七天使徒……『飛天皇武』を司る神官、タケル・クサナギだ。八人目の使徒にして裏切り者、『死烏』エルク……貴様を断罪する」
「…………」
エルクは、眼帯マスクを付け、フードをかぶり……静かに両手を広げた。
◇◇◇◇◇
薄れゆく意識の中、バルタザールは見た。
自分の傷を毛布で押さえるソアラを。
こんなにも可愛い女の子が、必死に自分を救おうとしている。
それだけで、バルタザールは嬉しかった。
「しっかりして!!」
必死の声だ。
嫌悪の欠片すらない、バルタザールを救おうとする声。
そして、目の前に広がった。
漆黒のカラスが翼を広げているのか、それとも、黒い案山子が立っているのか。
そうではない。
怒りに燃え、両手を広げるのはエルク。
「……………………あぁ」
バルタザールは、ようやく気付いた。
エルクが両腕を広げる姿は……女神ピピーナにそっくりだった。





