女神聖教七天使徒『醜悪』のバルタザール④/ダンタリオン
ガンボたちのチームは、順調にダンジョン内を進んでいた。
もちろん、魔獣は多い。ガンボがギタイスパイダーに腕を噛まれたが、ギリギリで『鋼鉄化』が間に合いなんとか無傷。カレラはガンボを褒めた。
「やるじゃないか。咄嗟の判断でスキルを使用するなんて」
「食らっちまったけどな」
「だが、無傷だ。ギタイスパイダーの擬態能力はこのダンジョンでは最高レベル。接近し噛まれて無傷というのは、私も聞いたことがないよ」
「…………」
「あ、ガンボ照れてる~」
「うっせえ!!」
他の三人も笑っていた。
ガンボはフィーネを追いかけるが、フィーネはケラケラ笑いながら回避。
緊張感がない。だが、カレラも笑っていた。
たまには、こういうのも悪くない。
「ははは……ん?」
ズシン、ズシン、ズシン……。
何かが、こちらへ向かってきた。
ボリボリ、ぐちゃぐちゃ、ボリボリ、ぐちゃぐちゃと咀嚼音も聞こえた。
カレラは剣を抜く。
ガンボたちも気付いた。
「せ、先生、何か来る……魔獣?」
「みたいだね。大物だ」
「大物……マジかよ」
フィーネ、ガンボが構えを取る。
他の三人も、しっかり武器を構えていた。これまでに何度か昆虫系魔獣と戦闘を行ったのが効いているのか、震えあがり何もできないということはなかった。
だが───……カレラの勘が告げている。
「こっちに気付いている。ヘタに逃げるより、一度相手を見極めてから次の行動に移る方がいい場合もある……闇雲に逃げると相手を刺激しちまうからね」
こんな時でも戦闘指南。
だが、カレラは非常に頼りになる冒険者だ。
ガンボは、自分の両腕を『鋼鉄化』する。
そして、現れたのは───……得体の知れない『ダンゴムシ』だった。
「……なんだ、こいつは」
「肉、肉……腹減った」
「しゃ、しゃべった!? 先生、魔獣って喋るんですか!?」
フィーネが興奮する。
カレラは、冷静に言う。
「知能が高い魔獣と会話できるって話は聞いたことがあるけど……昆虫系では初めてだね」
「肉、肉、肉……」
「だが……こいつとまともな話はできそうにないね」
人型のダンゴムシことダンタリオンが手に持っているのは、人間の肉だった。
もう、原形をとどめていない。
口元が血で濡れている。どれほどの冒険者を喰ったのか。
カレラは、全員に指示を出す。
「少しでも隙が出来たら逃げるよ」
「……闘わねぇのか?」
「ああ。今は逃げるのがベストだ」
カレラも、ボブも、マイルズも、逃げを選択した。
理由は簡単だ。戦わないのではない、戦えないのだ。
そもそも、これはダンジョン実習。まともな戦闘経験すらない『子供』を連れて、未知の魔獣を相手にするなんて、あり得ない。
三人が高位冒険者だからこその判断だ。
もし、F級からE級に上がった冒険者だったら、無謀にも戦いを挑んでいたかもしれない。
カヤやヤトもF級の実力ではない。だが、他の子供を庇いながらの戦いは無理だ。
これが、高位冒険者の判断。戦うなど、愚の骨頂。
「グォォォォッ!!」
「来るよ!!」
「オレが前に出る!!」
「なっ」
ガンボが全身を『鋼鉄化』し、飛び出した。
すると───ダンタリオンが全身を丸めた。
まるでダンゴムシ。そして、ダンタリオンが高速で回転し、突っ込んで来た。
「面白れぇ!! ッガァァァァァァァァァ!!」
ガンボは腰を落とし、突っ込んでくるダンタリオンを真正面から受けた。
ギャリギャリギャリギャリ!! と、ガンボの身体を抉るように回転するダンタリオン。もし『鋼鉄化』を解除すれば、ガンボは瞬く間に挽肉だろう。
すると、ガンボの左。ダンタリオンの真横に、『加速』を使ったフィーネの飛び蹴りが突き刺さり、ダンタリオンが吹き飛ばされた。
さらに、ダメ押し。カレラの剛腕から繰り出された拳が、ダンタリオンの身体をさらに吹き飛ばす。
カレラは叫んだ。
「逃げるよ!!」
ガンボは鋼鉄化を解除。そのままダンタリオンを確認することなく走って逃げた。
ダンタリオンは身体を起こし、雄叫びを上げる。
そして……再び、獲物を求め歩き出す。
「……なんか、デカい虫ばかり会うな」
「ダンゴムシ……おっきい」
「人間っぽいぞ。な、もしかして俺たち、ダンジョンの奥に進んでるのか? こういう魔獣、さっきまでほとんど出てこなかったよな」
「かもね。ね、もしかしたら秘宝とか財宝見つかるかも」
ダンタリオンが振り返ると、そこにいたのは……エルクとソアラだった。
「肉、肉、肉……肉!!」
「にく?」
「腹減ってんのかな。ま、食われるつもりないけど」
「グォォォォッッ!!」
ダンタリオンは身体を丸め、高速回転して突っ込んでくる。
エルクは両手をダンタリオンに向けると、高速回転させたまま念動力で軌道を変え、近くの壁に突っ込ませた。
エルクはブレードを展開。丸まったダンタリオンの甲殻の隙間にブレードを突き刺す。
「ギュガァァァッ!?」
「おりゃぁっ!!」
エルクの蹴りがダンタリオンを弾き飛ばした。
念動力の力に包まれている足での蹴りは、岩石ですら蹴り砕く。
念動力に頼りすぎるな。というピピーナの教えで、エルクはどんな相手でも念動力でツブさずに、格闘術で倒すことを心がけていた。もちろん、急ぎや面倒な場合は別だが。
エルクは拳を構え、ダンタリオンを念動力で引き寄せ思いきり殴った。
「ブガァァッ!?」
「もう一丁!!」
「ぶぎゅっ!?」
顔面が潰れ、ダンタリオンは床にめり込む。
エルクは右手のブレードを展開。そのまま、ダンタリオンの喉に突き刺した。
「っガ」
「はい、おしまい」
「おお~、エルク、かっこいい」
「ま、格闘系スキル持ちには敵わないけどな」
ブレードを抜くと、ダンタリオンの身体が溶けていく。
残ったのは、大きな黄色の魔石だった。
それを拾い、アイテムボックスへ入れる。
「よし、行くか」
「うん」
エルクとソアラは、再びダンジョンの奥へ進んでいく。
帰り道を探しているはずなのに、二人は何故かダンジョンの最深部へ向かっていた。
◇◇◇◇◇◇
「……みんな、死んじゃった」
バルタザールの生み出した『蟲人』が、全て討伐された。
A級冒険者十人分以上の強さはあったはず。だが、産んで数時間もしないうちに、あっさり始末された。
それほど強い冒険者がいるのか?
「……ちがう。これ、あいつだ。みんなが言ってた、あいつ」
バルタザールは、爪をガリガリ噛む。
そして、立ち上がり……背後にあった、巨大な宝箱を開けた。
中に入っていたのは、緑色の宝玉。
不思議な文字が刻まれた、手のひらサイズの宝玉だ。
「あ~~~~んっ」
バルタザールは、それを飲み込む。
それは、ダンジョンの『秘宝』だ。
財宝ではない。この『蟲毒の巣』にある、たった一つしかない秘宝。
昆虫系ダンジョン『蟲毒の巣』の秘宝、『魔蟲石』。
存在する全ての昆虫を使役し、自在に強化、操ることができる宝玉。
まさに、バルタザールのためにあるような宝珠だ。
「ぐひひ、ぐひ……見てろぉ。ぼくが、ぼくがやっつけてやる。女神さま、女神さま……あなたのために、みんなのために」
ボコン、ボコン、ボコン……と、バルタザールの背中から何本もの『触手』が生えてきた。





