ヤマト国の王
その日の夜。
ソフィアが戻り、エルクの部屋で話をした。
ソフィアは、戻るなり不機嫌そうに言う。
「おかしいです。謁見の許可は出ましたが……どうも、雰囲気というか、空気がおかしい」
「先生、空気とか雰囲気とか、わかるんですか?」
「ええ。なんというか……どこか、重いというか……ああもう。うまく言えません」
ソフィアはため息を吐き、ヤトに聞く。
「ところで、カヤさんはまだ戻らないのですか?」
「ええ。今日は本部に泊まるのかもしれないです。でも、連絡くらいよこせばいいのに」
「ま、カヤなら大丈夫だろ。アカネもいるし」
「あのね……敵だったアサシンよ? 本部に戻れば仲間が大勢いる。ここを襲撃されるとも限らないのよ?」
「カヤが《大丈夫》って言ったろ。それに、お前もその言葉を信じただろうが」
「まぁね。あなたが楽観的だから、言っただけ」
ヤトは「ふん」とそっぽ向いてしまった。
ソフィアは「こほん」と咳払いし、ヤトに言う。
「ヤトさん。私たちの任務はあくまで、『ガラティン王国からの書状を届ける』ことです。ご家族と話すのは勝手ですが、揉め事だけは起こさないように」
「先生……それ、無理だって思ってますよね」
「ま、まぁ……んん、エルクくんも、短気や癇癪を起こさないように」
「は、はぁ」
言われたヤトは、静かに言った。
「先生。ちゃんと言っておきます……恐らくですが、私は連れ戻されるでしょう。でも、私は戻るつもりはありません。たとえ、戦ってでも」
「確認します。ヤトさん、本当に後悔しないのですね?」
「はい。櫛灘家を捨てることは、私の意志。私は櫛灘咲夜じゃない。式場夜刀です」
「……わかりました。では、私は私の生徒を守るために行動します。エルクくん、あなたは?」
「俺は自衛、ですよね」
「はい」
ソフィアは、もう一度咳払いをしてヤトに聞く。
「確認しておく必要がありますね。ヤトさん、櫛灘家の戦力はどのくらいでしょうか?」
「政府直属のアサシン、同じく武士。『七忍』と呼ばれる最上級アサシンが七人、『七刀』と呼ばれる最上級の武士が七人います。全員、トリプルスキルで、スキルの一つはマスタースキルにスキル進化しているそうです。正直、厳しいです」
「……そうですか。まぁ、なんとか切り抜けましょうか」
「「え」」
「……何か?」
あっけらかんと言うソフィア。エルクとカヤの驚きが重なった。
エルクは、そろっと挙手。
「あの……マスタースキルって、到達すると歴史に名が刻まれるとかじゃ……授業でそんなこと言ってましたよ」
「その通りです。才能、運、努力、条件、環境の全てが整った状況でなければ到達不可能といわれる最強のスキルです。ガラティン王国でも二十名ほどしかいません。その頂点に立つ四人が『五星』です。まぁ、非公開の人たちも多くいますし、数はあてにならないですけどね」
「そんなのが十四人、下手したらもっといるんですよね……」
「そうですね。でも、私もマスタースキルを所持していますから、なんとかなるでしょう」
「え」
「使う機会があまりないのですけど、ね」
ソフィアはクスっと笑った。
元、ガラティン王国最強の『剣聖』ソフィア。ダンジョンの秘宝である聖剣を持つ、教師志望の監督教師……エルクとヤトは、今更ながらソフィアについて何も知らないことに気付く。
「まずは、書状を届けることが重要です。二人とも、気を引き締めるように」
「「はい」」
この日、カヤは戻ってこなかった。
◇◇◇◇◇
翌日。
朝食を食べ、宿を出た。
戦闘服、装備は念のためアイテムボックスとウェポンリングに収納。今は制服だが、いざという時にはすぐに着替えられるようになっている。
ソフィアを先頭に、エルクとヤトが後ろを歩く。ソフィアは、ガラティン王国の紋章が入ったマントを装備しているので目立っていた。
城下町を抜け、ヤマト国政府の中枢である櫛灘城へ到着。
門番に、ソフィアは言う。
「昨日、謁見の申請をしたソフィアです」
そう言い、懐から申請書を見せる。
申請書を確認した門番は、無言で一礼して門を空けた。
門が開くと、案内人の武士が一礼する。
「我らが王がお待ちです。こちらへ……」
ソフィアは無言で頷き、エルクとヤトを見る。
エルクとヤトも、小さく頷いた。
「変わらないわね……」
ヤトがポツリと呟く。
武士に案内されたのは、櫛灘家の居住区でもある『天守閣』への直通エレベーター。手動なのか、屈強な男が三人がかりで、エレベーターを巻き上げる取っ手をグルグル巻いている。
エレベーターに乗り、男たちが取っ手を巻くと、エレベーターが上昇した。
「おお……」
上に昇るにつれ、ヤマト国の城下町が見下ろせる。
そして、ほんの二分ほどで到着。エレベーターを降り、長い通路を進み、鳳凰と龍が描かれた巨大な襖の前で止まった。
案内人が下がり、襖の両側に武士が控える。
「この先が謁見の間……」
「ヤト、大丈夫か?」
「ええ。少し緊張しているだけ」
「無理すんなよ」
「……ありがと」
「二人とも……気を抜かないように」
ソフィアを見ると───……汗を一筋、流していた。
そして、ポツリと一言。
「私と同格が、少なくとも三人。格上が一人います……少し、見誤りました」
エルクが何かを言う前に、襖が開いた。
襖の奥は畳敷きで、フロア全体で一室だけの空間となっていた。
両側に、武士が大勢座って並んでいる。さらに、そこら中からアサシンの気配。
部屋の奥が一段高くなっており、そこに三人座っている。さらにその奥が高くなり、一人の男が胡坐をかいて座っていた。
「……えっ」
信じられない声を出したのは───……エルクだった。
最奥に座る、一番高い場所に座る男。
その男と目が合った。
その男には、見覚えがあった。
「久しいな、エルク。まぁ……生身で会うのは初めてか」
「お前……」
忘れもしない。
ダンジョンの最奥。バルタザールとの戦闘後に現れ、バルタザールを殺した男。
男は、ニヤリと笑った。
「改めて、自己紹介といこうか。オレは草薙猛流……真なるヤマト国の王である」
タケル・クサナギ。
ヤマト国の王。
そんなはずがない。
エルクは、バルタザールを思い出し叫んだ。
「お前が、王? 違う!! お前は……女神聖教、『女神を崇めし者たち』の神官だろうが!!」
エルクが叫ぶと、タケルがスッと手を上げる。
いつの間にか、大勢のアサシンがエルクたちを囲んでいた。
タケルは欠伸をして、下に座っていた男を顎でしゃくる。
「ま、落ち着きなよ。ささ、座って」
「ふざけ「エルクくん」
ソフィアが、強い力でエルクの肩を掴む。
「この状況ではどうしようもありません。今は、大人しくするように」
「…………ッ」
「……お兄様」
黒髪の男性は、ヤトを見てにっこり笑った。
「久しいね、サクヤ。お前にも言いたいことがたくさんある。ねぇ、ユウヒ、ヒノワ」
「ええ、ええ。この馬鹿な愚妹はどこで何をしていたのか、聞きたいことがあって一日では足りませんわ」
「ふふ、お姉ちゃん……また会えたぁ」
櫛灘家の、ヤトの家族。
兄ビャクヤ、姉ユウヒ、妹ヒノワだ。
ヤトは、冷たい目で三人を見た。
「まずは座ってから。さ、話をしようか」
ビャクヤはニコニコしながら、部下に命じて座布団を用意させた。





