ヤマト国城下町
エルクは、ヤマト国の城下町に入ると背伸びするように万歳した。
そして、全身で喜びを表現する。
「これがヤマト国の城下町かぁ~!!」
初めてのヤマト国。
遥か東に、ヤマト国という文化が全く違う島国があるとは聞いたことがあった。だが、16歳にしてヤマト国に踏み入ることになるなんて、エルクは思ってもいなかった。その喜びが、両手を上げるという動きで表現される……だが、女性陣は違った。
「ちょっと、はしゃがないでよ」
「その通り。田舎者に思われるぞ」
「アサシンとして目立つのはよろしくない」
「ま、まぁまぁ。初めてなのでしょうがないですよ」
ヤト、カヤ、アカネはエルクを非難するように見て、ソフィアは苦笑する。
エルクは逆に非難するような眼で見て言う。
「別にいいだろ。というか、ヤマト国だぞ? お前らは何とも思わないのかよ」
「あなた馬鹿? 地元に戻って来て興奮するもなにも」
「その通り。エルク、あなたは故郷に戻って懐かしさに興奮するの?」
「やれやれ、子供だな」
「……もういい。俺が間違ってたよ」
エルクはもう何も言わず、城下町を眺めた。
不思議な雰囲気の町だ。
建物は全て木造。藁の屋根もあれば、瓦屋根もある。妙なのぼり旗を掲げる店もあれば、のれんだけで入口が解放されている店もある。ヤマト国の言葉で何か書かれている看板もあるが、エルクには読めない。
そして、道行く人たちは皆、ヤマト国の衣装……着物を着ていた。
さらに、男は頭髪がない人も多い。女性も、見たことのない髪型が多く、エルクの知識では首を傾げカヤに聞くことしかできない。
「な、男の人……髪、ないぞ」
「あれは丁髷。ヤマト国の髪型よ」
「ちょんまげ……」
「あなたには似合わないからやめておきなさい」
「やらねーし!! あと、あの店は?」
「あれは茶屋。あっちは蕎麦屋で、あっちはうどん屋、あれは武器防具屋、あっちが宿屋で、あそこは八百屋」
カヤが建物を指さし説明する。
その中で、ひときわ大きな建物にエルクは気が付いた。
それは、武器防具屋。
「武器防具屋……なんかデカいな」
「ヤマト国の人間は生まれるとスキルを封印されるからね。代わりに、武術や武器防具の作成技術が高いのよ。島国だけど鉱山資源が豊富で、ヤマト国でしか採掘されない『ヒヒイロカネ』という鉱物で作った武器は、ガラティン王国では高値で取引される。ヤマト国では包丁の材質としても使われる当たり前の金属なんだけどね……」
「へぇ~」
「ちなみに、アサシンのブレードは高純度のヒヒイロカネよ。あなたのブレード、どこで手に入れたか知らないけど、かなりいい物ね」
「そうか?」
エルクが手首を反らすとブレードが飛び出す。すると、アカネがエルクの前に立った。
「馬鹿者!! こんな街中で装備を出すな!! ただでさえ異国出身のお前がアサシンの武器を持っているというのに、武士に見つかればただじゃ済まないぞ!!」
「ご、ごめん」
エルクは、右手にだけ装備していた籠手を外してウェポンリングに収納した。
エルクの服装は制服。カヤとヤトも制服で、ソフィアはガラティーン王立学園の紋章が刻まれたローブを着ている。
ちなみに、馬車は城下町入口の厩舎に預けて来た。町の外観を損なうという理由で、乗り物の類はヤマト国城下町では禁止されている。『籠』や『手押し車』は認められているらしいが、エルクもソフィアもよくわからなかった。
そして、ソフィアがこほんと咳払いする。
「えー、とりあえず今日の宿を取りましょうか。その後、私は櫛灘城に、明日の謁見を申し込んで来ます」
「……私は、アサシン本部へ戻る。カヤ、お前も付いてきてくれ」
「ちょっと、私たちを襲ったあなたを、のこのこ帰すとでも?」
「……もうあなた方に危害は加えないと約束します。アサシンの誇りに賭けて」
「ヤト様、私からもお願いします。アカネ隊長はもう、大丈夫です」
「……好きにしたら。その代わり、次に襲い掛かるようなら、容赦しない。それとカヤ、行くなら気を付けて行きなさいよ」
「はい……」
「私のこと、いろいろ聞かれるでしょうけど、余計なことは言わないように」
「はっ!!」
カヤは一礼し、エルクの方を向く。
「……ヤト様を、お願い」
「ああ。町案内してもらうよ」
「そういう意味じゃない。まったく……」
カヤは苦笑し、アカネと一緒に路地裏へ消えた。
そして、ソフィアがヤトに聞く。
「さて、ヤトさん。おすすめの宿などあれば教えてくれますか?」
◇◇◇◇◇
適当な宿に入り、部屋を二つ取った。
部屋割りは当然、ヤトとソフィア、エルクの二つ。
ソフィアは、部屋に入るなり「では、謁見申請してきます」と言って出ていった。
エルクは、ヤトと一緒に再び城下町へ。
「な、うどんと蕎麦、どっちがいい? あ、両方でもいいなー」
「ラーメンもあるわよ」
「らーめん? なんだそれ」
「ふふ、食べてみる?」
「いいね!!」
エルクは親指をグッと立てると、ヤトはクスクス笑う。
エルクは、城下町をのんびり見渡した。
「それにしても……ヤマト国かぁ。こうしてみると、最初の村で睡眠薬盛られそうになったのが噓みたいだ」
「……ああいう農村では珍しくないわ。税の取り立てが重くてまともに生活できない農村が殆どだから。ヤマト国に来る冒険者や旅行者は多いけど、このヤマト国城下町クシナダには殆ど来れない。理由は……みんな、途中で死んじゃうから」
「…………」
「だから、私たちは珍しいのよ。気付かない?」
「……気付いてるぞ」
城下町に入ってから、探るような視線を多く感じていた。
旅人が珍しいのかと思ったが、ヤトの話ではっきりした。
住人は、「追剥に会わずここまで来れた旅人」が珍しいのだ。
ヤトは、警告する。
「エルク、気を付けなさい。ここの住人は皆、スキルを封印されている。でも、ヤマト国政府直属の『武士』は、スキルを使用できる」
「そういや、そんな話だったっけ」
「だから───エルク」
「ん」
ドンと、エルクの背中に子供がぶつかった。
子供が転び、ジワジワと目に涙が溜まる。
そして───わっと泣き出した。
「や、やば……お、おい大丈夫か?」
「待ちなさい、エルク」
ヤトが止めた瞬間、待っていたと言わんばかりに四人の男女に囲まれた。
四人は、腰に刀を差している。さらに、着物の背中にはヤマト国の紋章が刻まれていた。
紋章を掲げるこちが許された人間……ヤマト国の武士。
武士の男が言う。
「おいおいおい、ウチの息子に何しやがる、クソ餓鬼」
「いや、この子が背中に「テメェの話は聞いてねぇ!!」……えー」
「慰謝料、よこしな。怪我したくないだろ?」
クスクスクス───と、他の武士たちがニヤニヤ笑う。よく見ると、泣いていた子供もニヤニヤしていた。
ヤトは小声で言う。
「これが武士。腐ってるでしょ?」
「確かに」
「何ボソボソ言ってんだ? ほれ、財布だしな。怪我したくないだろ?」
「んー……」
エルクは、どうやって切り抜けようかを考え出した。





