エルク対アサシン
囲炉裏。
部屋の中心に穴を空け、灰を敷き詰めて薪や炭で火を起こす、ヤマト国の暖房器具。ここで調理をしたりもするらしい。
エルクは、不思議そうに囲炉裏を見つめていた。
「室内で火を起こすのか。暖炉とは違うけど、煙とか出ないのか?」
「……あなた、外で何が起きてるかわかってるの? 囲炉裏なんてどうでもいいでしょ」
「いやいや、こんなの見たことないし。ヤマト国の文化ってすげーな」
エルクは立ち上がり、両手を入口と反対側の壁に向ける。そのまま手を突き出すと、何かが吹き飛び岩に激突するような音が聞こえた。すると、家の裏口が開く。
「ガキが、大人しく───……」
エルクが右手を向けた瞬間、村人は呼吸しかできなくなった。
裏口から回り込んだ村人が七人。
カヤはため息を吐いた。
「やはり、村ぐるみでしたか……ヤト様」
「ええ。エルク、残りは私たちでやるから、手出し無用よ」
「ん、ああ」
エルクは、念動力で動きを封じた男の口を開け、何かが盛られている料理を無理やり食べさせていた。
男が料理を食べると、ぐるんと白目になる……落ちたようだ。
毒ではなく、強力な睡眠薬。
「カヤ、殺していい?」
「いえ、できれば……」
「わかった。じゃあ峰打ちで勘弁してあげる」
カヤ、ヤトが裏口から外へ飛び出した。
エルクはどうしようか悩んだが、特に強そうな気配がしないので任せることに。
だが───……せっかくなので、別の気配に触れてみることにした。
眼帯マスクを付け、フードをかぶり、気配を消して外へ。そして、空き家の屋根に上る。
「……みっけ」
エルクたちの空き家から少し離れた家の屋根に、何人かいた。
「アサシン……いい機会だ。どんな連中か確認しておこう」
エルクは念動力で身体を浮かし、アサシンたちのいる家の屋根に飛んで行った。
◇◇◇◇◇
ヤマト国所属のアサシンたちは、急接近する黒い影に気付いた。
数は1、それに対しアサシンたちの数は4。
アサシンのリーダー、アカネは驚愕した。
「この距離で気付かれた。全員、散!!」
アカネを除く3人が別方向に散る。
だが、黒い影はアカネだけを狙って向かって来た。
近づくにつれて、その容貌が見えてきた。
黒いコート、フード、顔の4/1を隠す眼帯マスク。左目しか露出していなかったが、その眼はアカネの眼を見ていた。
「どうも。ジロジロ見てたのお前たちだな?」
「───……!!」
アカネは気付いた。
散った三人が、空中で固定されている。
「『異能』か……」
「異能? スキルだろ……ああ、ヤマト語か。それより、あんたらさ、コソコソしながら着いてくるのやめて欲しいんだよね。先生たちは害はないとか言ってるけど、俺は気になるんだよ」
「貴様……他国のアサシンか」
「いや違うし」
「馬鹿を言うな。その格好、その武器、アサシン以外の何だというんだ?」
「これはエマの趣味……まぁ、言ってもわかんないか。それより、遊ぼうか?」
エルクは、両腕を広げた。
アカネは両手をだらりと下げ、ユラユラと身体を揺らす。
「異能……『力場』」
「?」
タンッ、とアカネが跳躍すると、アカネは空中を走り出した。
わずかにエルクが動揺したのをアカネは感じ、空中で加速し急接近。右手を反らしブレードを展開し、正確にエルクの喉を狙って突いてくる。
エルクは首をひねって躱し、左手を反らしブレードを展開。アカネの心臓を狙って突きを繰り出す。だが、ほんのわずかに服を掠めただけで傷にはならなかった。
が……。
「……ッ!?」
「蛇っ!!」
「うおっ!?」
しなるような蹴りが、エルクの側頭部を襲う。
エルクは籠手で防御……動きが、急に鈍くなった。
アカネは空中に足場を作り出すスキル、『力場』で、空中で激しく動く。かく乱攻撃が得意なアカネの真骨頂だ。
だが、エルクが動揺したままだった。明らかにおかしい。
「どうした? 貴様、口先だけのようだな」
「い、いや……その、胸」
「何?…………ぁ」
エルクのブレードがアカネの服を掠めたせいで、服が破れていた。
そして……片方の胸がこぼれていた。そう、アカネは女。
女性が胸を出したまま戦っていることに、エルクは動揺していたのだ。だが、アカネは胸を隠そうとせず、エルクを無力化しようと襲い掛かる。
それどころか、好機と考えていた。
「ふ、子供が!!」
「あ~~~……悪い、もう終わりだ」
「何っ!?」
アカネの身体が空中で止まった。
エルクが右手を向けただけで、アカネの身体はピクリとも動かなくなった。
エルクは、近くに干してあった手拭いを念動力で引き寄せ、空中で固まっているアカネの胸に念動力で巻き付けた。そして、未だに空中で硬直しているアサシンたちとアカネを引き寄せ、アイテムボックスに入れておいた縄でがんじがらめにした。
「き、貴様……最初からこうするつもりだったのか」
「まぁね。アサシンってのがどんな連中か知りたかったってのもある。あのさ、この村の現状もあるし……あんたらのことと合わせて、話でもしないか?」
「…………いいだろう」
「た、隊長!!」「我らの任務は……」「よろしいのですか!?」
部下たちが反応する。だが、アカネは首を振った。
「どのみち、見つかった時点で任務は失敗だ。ガラティン王国のアサシン、そしてあの騎士……相当な実力者だ。あの子供も侮れん」
「あれ、カヤとヤトのこと、知らないのか?」
「カヤ……ああ、御庭番衆か。ヤトというのは知らん」
「……あんたら、何にも知らないのか?」
「我々の任務は『ガラティン王国からの使者を監視せよ』というものだ。相手の情報などは知らん」
「……まぁ、いいか。お、あっちも終わったっぽいな」
ソフィア、ヤト、カヤの三人も、村人を制圧したようだ。
エルクは、アカネたちを連れて空き家へ戻った。
◇◇◇◇◇
「───というわけで、連れてきちゃいました」
「「「…………」」」
ソフィア、ヤト、カヤの三人が村人たちと戦っている間。
エルクは監視していたアサシンたちと戦い勝利、縄で縛って連れて来た。
これには、ソフィアも頭を抱えた。
「アサシンの監視はわかっていましたけど、何も連れてこなくても」
「いや、見られてるの気持ち悪いですし……」
「……アカネ隊長!?」
「やはりカヤか。三年の休暇だと聞いていたが」
「すみません。実は、いろいろ事情がありまして……」
と、カヤはヤトを見る。
アカネはヤトをちらりと見て、目を細め……驚愕に目を見開いた。
「ま、まさ、か……まさか、サクヤ様!?」
「そういうことです。私の任務は、サクヤ様を連れて行くことです」
「馬鹿な。死んだはずでは」
「そうね、サクヤは死んだわ。ここにいるのは、式場家の夜刀……私は、ヤトよ」
「…………」
アカネは驚愕したままだ。
ソフィアが首を傾げている。
「あの……どういうことですか?」
「そういや、先生は知らないよな」
「……もう、別に話してもいいわ。カヤ、お願い」
「はい。アカネ隊長たちも聞いて構わないのですか?」
「ええ。私の素性を知らずに監視していたようだしね。ふふ、言われたことだけを忠実にやったんでしょ? 相手の素性とか気にせずに監視するなんて、いかにもアサシンね」
「……では、説明します」
カヤは、これまでの事情をわかりやすく説明した。
ヤトは、櫛灘家の三女であること。初陣を利用して櫛灘家から逃亡し、死んだことになっていること。そこで式場家に拾われ、ヤトとなったこと。傭兵をしながら生活してたこと。ガラティン王国へ渡り学生となったこと。アドラツィオーネの襲撃によりヤマト国に素性がバレて、カヤに連れてくるように指令があったこと。ガラティン王国が火の宝玉に関する書状を出し、それに合わせてヤマト国に来たことなど。
ヤトは、はっきり言った。
「私は櫛灘家なんてもうどうでもいい。ここに来たのは、完全に絶縁するためよ」
「…………なんと」
「アサシン、この村の後片付けをしなさい。監視があるなら、隊長であるあなたが私たちに同行しなさい。コソコソ付いてこられるよりマシだわ」
「……御意」
アカネは、部下三人に村の後片付けを命じた。
エルクは、未だにポカンとしているソフィアに言う。
「今更ですけど、なんか面倒くさいことになりそうっすね」
「…………ちゃんと二週間で帰れるかしら」
「まぁ、とりあえず火の宝玉に関する書状を優先しますか」
当然だが、エルクたちは知らない。
ヤマト国に、アドラツィオーネの神官がすでにいるなんて。





