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15・気が強い女

 目の前で微笑みながら談笑している藤野さんは、話してみるとなかなか良い人のようで、最初はぶち壊してやる! と意気込んでいた私もいつのまにか彼の和やかペースに巻き込まれていた。のほほんとした彼の穏やか光線……もといにっこり笑った笑顔は、なんだか人を引き込むものがあった。そんな彼がなぜお見合いをしているのか。当然、こんなに性格が良くて気配りができて、その上顔もカッコよければそれなりにモテるだろうに。なんでお見合いなんて引き受けたんだろう。日本酒が入ったお猪口に口をつけ、ちらりと上目遣いで彼を見ると、ばっちりと目が合ってしまった。なんとなく気まずくて、ぷいっと横を向く私。……この方がよっぽど気まずかった。


「香澄さん」


 突然声を掛けられて、びくっと肩を震わす私。その様子を見て、申し訳なさそうに謝る藤野さん。


「あ、ごめんね。いきなり声かけちゃって」

「いえ、すみません。私の方こそ過剰に驚いてしまって」

「いいよ。悪いのは私だから」


 どことなく、まもちゃんの性格と重なる部分がある。藤野さんとまもちゃんの気の遣い方は似ているような気がするのだ。それでも藤野さんに惹かれることは絶対にないといえるけど。なんだか、いつでもまもちゃんのことばかり思い出してしまって、どんどんまもちゃんに会いたいという気持ちばかりが心に降り積もっていく。まもちゃんの笑った顔がみたい、まもちゃんのあったかい掌でぎゅっと繋がれたい、そして華奢なようで意外と逞しいまもちゃんの腕に、抱きしめられたい……。もう、頭の中はまもちゃんだらけになってしまった。このままこの席から立ち上がり、まもちゃんのところへ向かおうかな。そんなことを考えていると、隣のお父さんが私の腕を肘で突いてきた。


「香澄、藤野くんに散歩に誘われてるぞ。ほら行って来い」

「え? 散歩って……」


 突然父にそう言われても、頭の中はまもちゃんだらけなのだ。何を言われているのかさっぱり検討つかない。すると目の前の藤野さんがにこりと微笑みながら、私に手を差し伸べる。


「ホテルの庭園が、とても見事だと聞いてます。一緒に少し、歩きませんか?」


 その仕草、その誘い方、それはまるでどこかの国の王子様のようで、私は思わず赤面してしまったほどだ。なんとかして、彼のペースか抜け出さないとずるずると良い雰囲気のまま、このお見合いを続けなくてはならない。彼のは申し訳ないとは思うけど、私はあえてキツイことを彼に言った。


「手なんて引いてもらわなくても結構です」


 差し伸べられた手を、私は受け取らず、そのまま彼の前をすたすたと歩いていった。呆気にとられた藤野さんが、一瞬ぽかんとしていたけれど、すぐに私の後ろを追いかけてきて気がつけば隣に並んで歩いていた。人にキツイ言い方をするのって、こんなに難しいのかと一つ溜息を吐く。そう、こんな言い方には一生慣れることは無いだろう。藤野さんは悪くないのに、こんな言い方するなんて。私は何か間違ってるかな……。隣を歩いている藤野さんの顔を見ると、彼は何も気にしてないようにたださわやかな微笑みを浮かべている。目が合えば必ずにこっと笑うし、さりげなく段差などを教えてくれる。着物で動きづらい私のために、細心の注意を払ってくれるいい人なのに……私は、藤野さんと庭園に来てから、思い切って言うことにした。

 『私には、大切な人がいる』と。

 緑広がる庭園に足を踏み入れると、そこは日本庭園が広がっていた。青々と茂る芝の向こうにある日本庭園は、立派な岩と池と小さな橋があり、ししおどしもある。丁寧に砂利を敷き詰め、本当に見事な日本庭園が広がっている。その池にかかる小さな橋を渡ろうとした時、私は藤野さんに声をかけようとした。でも、私が声をかけるより前に、藤野さんが私のほうに振り返って、声を出した。


「あの! 香澄さん!」

「……は、はい」

「もう、俺……香澄さんのこと、好きになってしまいそうです」

「え!? 早っ」


 ほんのりと頬を赤らめながら告白に近いものを私にしてきた藤野さん、いったい私のどこがいいというのだろうか。呆気にとられてしまったのは今度は私の方だ。すると、藤野さんの口から衝撃なひと言が。


「香澄さんのように気が強い女性が大好きなんです。言葉のキツさとか……たまらなく好きです」

「えぇぇぇぇ!?」


 嫌われようとして使ってきたキツイ口調なのに、好かれてしまうなんて。まさかの出来事に、何も言えなくなってしまった。


「あの、これはその……わざとですから」

「またまた。そんなこと言わなくてもわかりますよ」


 わかってなーい!

 もう、完全に藤野さんの中で私の印象は『強気な口調の強気な女』らしい。これを覆すにはどうすればいいのかな。もう、ハッキリと彼に告げたほうがいいのかもしれない。そう思った私は、ごくりと唾を飲み込んで、彼に向かい合いハッキリと告げた。


「私にはもう、大切な人がいます。だから、藤野さんとはお付き合いなんて出来ませんから」

「……俺は、君にとって大切な人になる自信がありますよ?」

「無理です。私には彼だけですから」

「ならば長期戦でいかせてもらいましょうか」


 藤野さんのさわやかな笑みが、いきなり黒くなった瞬間だった。

 

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