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六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜  作者: 条文小説


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007 〜延徳2年(1490年)11月 三州街道〜

挿絵(By みてみん)

    〜延徳2年(1490年)11月 三州街道〜



 秋の風は、鳳来の杉を鳴らし、谷を渡るたびに鋭さを増していった。山はすでに冬の気配をまとい、朝ごとに霜が白く降りる。


 そんな季節に、田峯から三州街道を北へと向かう中馬(ちゅうま)の列があった。馬の背には、島田村で仕上げた漆器や木地類の俵が揺れている。黒と朱の二色で塗られた盆や重箱、無垢の椀に至るまで、秋の乾いた風に晒されて光沢を放っている。


 中馬(ちゅうま)と呼ばれる荷運輸送の隊列の前を行くのは、島田村の男衆。背に荷を負わせた馬を引き、村人とはいえ腰には防身用の脇差を帯びていた。


 三州街道は鳳来から根羽へ抜け、信濃へ繋がる要路。山の奥深い隘路とはいえ人馬の往来は絶えず、木材、塩、紙、漆器、薬草、そして冬仕込みの濁酒など、様々な物が行き交う線路であった。


 そして私は中馬の隊列の後方で、最近は実質私付きと化している彦兵衛、与五郎、孫右衛門、内匠といった、(本来は父定忠の)馬廻り衆に護衛されながら、きょろきょろと景色を見回していた。


 「若、物見遊山も結構ですが、急ぎませぬと賊が出るやもしれませぬ。」

 私を抱く右近が馬上から中馬の列を促す。


 いや…他の中馬の隊列とすれ違う度にガンを飛ばしている彦兵衛、与五郎や、特に槍まで持参してきた孫右衛門や内匠はどう見ても中馬には過剰戦力だ。

 弥助やウタに試作させた干し椎茸を一握り忍ばせてるとはいえ、もしも食器ごときのためにこの戦力に挑んで来る賊がいるならむしろ見てみたい。


 そんなことを考えながら、徐々に短く重なっていく馬の鈴の音に耳を傾けながら、田峰菅沼領最北端、隣接する国々も皆自領だと考えている国境の街、津具へと向かっていた。


 道半ば田口村を過ぎると、山の気配はさらに深くなる。谷底には川が細く流れ、苔むした石垣に水がしみて、そこかしこに冷気が漂った。十一月の陽光は弱く、木々の葉はほとんど落ちて、冬枯れの色ばかりが目につく。


「若さまは旅が気に入られたようですな。」

 私の伸びやかな顔色を見上げて農閑期の副業ではあるが一端(いっぱし)の馬方の表情で村人の一人が声を掛ける。


 「うむ……気に入りすぎて帰りたくないと仰らねば良いがな」

 右近が周囲に目を配りながら返事をすると村人は苦笑して、木地類を包んだ藁縄を指で確かめた。


 島田村の木地類を売り、その代わりに酒を買って持ち帰るのが今回の務めだ。木地類は津具の商人に渡り、足助へ、あるいは遠く尾張まで流れていく品々である


 田峯では米が少ないため、酒は簡単には造れない。最近″誰か″のせいで消費量が爆増している事もあり正月を迎えるためには、こうして大きな町へ求める必要があった。


 一行はさらに北へ向かった。山々はますます荒々しく、岩肌をむき出しにした峰があちこちにそびえる。十一月の空は低く、時折、薄い雪が舞った。



    〜延徳2年(1490年)11月 津具宿〜



 「若、あれが津具の宿にございますぞ」


 右近の指し示す先には山の間から開けた盆地が見え、その先には田峰の町の何倍もの多くの屋根が連なっていた。津具は三州街道の宿で旅人や行商が立ち寄ることで栄えている。田峯や島田村からも多く往来している。


 中馬の背で田峰から運んできた木地類の荷を揺らしながら宿場町に到着し、島田村の衆がいつも取引をしているという商家に荷を持ち込もうとすると、店先はひっそりと門が閉じられていた。


 彦兵衛が門を叩いてみたが返事がない。どうも皆出払っているようだ。与五郎が眉をひそめ、口を開こうとしたが、私は手で制した。


 この時代にアポイントといったものは望むべくもないが、折角遠出してきたのに取引相手と会えなかったのは残念極まりないが、同時にそれよりも大変に興味を引く興味深い光景が目に入ってきた。


 新しい商家だからであろうか町の外れに、立地の悪さにも拘らずやけに賑やかな店があった。店先には荷を抱えた人々が列をなし真新しい木樽や桶が積み上げられていた。


「今日はあの店で荷を捌こう。」


 私は単なる付き添いなので口を挟むのは差し出がましい限りなのだが、結局持ち帰る酒は殆ど私が使うことと、泊まる訳にもいかないのでと、皆同意してくれた。


 店の前に至ると町外れの一軒は、どうみても“よそ者”の店だった。瓦も新しく、土間に漂う匂いも古い商家のそれではない。煙が真っ直ぐ屋根から立つのは薪に金を惜しまぬ証だろう。私は中馬の列の先頭に出て、店先に吊された白木の「桶屋」と書かれた白木と、賑わう戸口をじっと眺めた。


 知らぬ店へ品を持ち込む――これは、賭けに近い。買い叩く者、品定めに難癖をつける者、話だけ聞いて値を出さぬ者……商売には意地も腹も絡む。


 だが、この店は違った。戸口の脇に立つ若い衆がこちらを見るなり慌てて中へ走り、誰かに声をかけている。中馬の背に揺れる木地類に、どうやら興味はあるらしい。


「荷物を見せてくだされ」


 ほどなくして現れたのは、私が言うのも何だが思ったより若い主人だった。質素な着物だが新しい。身なりに金はかけるが、見栄にはかけぬ――そんな印象だ。


 与五郎に俵を開かせ、盆、椀、重箱をひとつずつ並べさせた。主人は膝をつき、指で器の縁を軽く撫でた。値踏みをする者にありがちな嫌らしい溜息はつかない。ただ淡々と見て、淡々と帳面を開く。


「……ふむ。これならば」


 告げられた額は、田峯の常の取引先と全く同じだそうだ。


 私は目を細めた。知らぬ商家が初見で、駆け引きもなく私達の常の取引と全く同じ値段を告げるというのは、結構凄い事なのではと思うのだが…また今度、兵庫あたりに聞いてみよう。


 主人は顔色ひとつ変えぬまま、こちらに深く頭を下げた。


「ようこそお越しくださりました。まずは膳でも召し上がり、旅の疲れを癒していって下され。」


 私たちは彦兵衛、与五郎らと主人に従う。奥へ通されると、囲炉裏の前に並ぶ膳は素朴な煮物や焼き魚、香の物だった。


 しかし視線を巡らせると、身なりの粗末な山地師たちの前には、私たちより豪華な料理が並んでいる。肉の塊、香ばしい汁、飾りつけた山菜――明らかに差がある。


 最近の付き合いで分かってきたのだが、こういった際の沸点が非常に低い内匠が目を見開き、刀の柄に手をかけていた。


 私は頭を横に振り、刀を抜こうとする内匠の手を小さい体全体で制し、供の中で最も冷静そうな彦兵衛に顎で指示する。


 彦兵衛が鯉口を切ると同時にシュルリと音が響いた。山地師達がひしめく狭い室内にも拘らず、それは見事な所作で彦兵衛の鞘から白刃が抜かれる。


(いや…そういう事じゃない。口と耳で聞くんだよ、理由をっ。)


 間違いなく各国の激しい諜報戦の舞台になっているであろう、どこの所属か曖昧な国境の町で、これもどこの紐付きか分かったものではない商家で披露する事ではないが、私は津具で初めて口を開いた。


(脳筋共め…手がかかるっ。どんな噂が立つか分からないが…仕方がない。)


「ご主人、これは何事です。そちらより招かれたにも拘らず、我らの膳が周りの者達より粗末とは――」


 幼児が屈強な武士達を制し、静かに言葉を紡ぐ姿に、主人は驚愕の表情を隠さなかった。


 私も主人の観察を続けていたが、私の命さえあれば目の前の首を躊躇なく切り落とすであろう面々の圧に晒されながら、まるで怯む気配がない。


 主人は毅然とした声で答えた。

「手前共は今年ようやく店を持てたばかりの行商上がりでございます。良い品を持ってきて頂いても、礼としてお渡しできる銭がなく…。せめて、出来に応じた膳をご用意させて頂いている次第にござります。」


 (いや…これは「礼」の問題ではない、策略だ。この商人は、あえて振る舞う膳に差を付け、人の心を動かしている。)


 刃は納めたものの、主人に『おたくの商品の出来が悪い』と言われ、怒りの色を隠そうともしない馬廻(のうきん)り衆の中で、主の言葉を聞いて私は呟いた。


「面白い…実に面白い。」

〜参考記事〜

渋沢栄一偉業の原点は藍だった!/渋沢逸品館

https://shibusawa-world.net/


【奥三河探訪】津具金山(信玄坑)/愛知県

https://www.pref.aichi.jp/soshiki/shinshiroshitara/tugukinzan.html


〜参考文献〜

街道今昔 三河の街道をゆく/堀江登志実 風媒社


〜舞台設定〜

 冒頭で、伊那街道のうち三州街道と称される岡崎〜津具ルートの旅程で奥三河の(あきな)いを描いてみました。

 津具到着後の商取引では、メーカーの競争を煽る一万円札渋沢栄一の逸話「藍玉力競」をオマージュしてみました。でその中で、転生物でよく使われる言い回し、冷静な主人公が直情の年上キャラを評する『この脳筋がっ!』を一度書いてみたかったので念願叶いましたw

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