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六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜  作者: 条文小説


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33/35

033 ~延徳3年(1491年)12月 飯盛城~

挿絵(By みてみん)

    ~延徳3年(1491年)12月 飯盛城~



 乱取りが許された二日目の朝、再び細かな雪が降り始めた。その日の夕刻、ようやく乱取りは収束へ向かった。


 谷には踏み荒らされた足跡と、黒ずんだ染みだけが残る。家は壊れ、人の気配は消えていた。奪えるものは奪い尽くされ、残るのは瓦礫と死体だけだ。


 足軽たちが戻ってくる。背には俵、腰には銭、馬には人。顔は疲れ切っているのに、どこか満ち足りてもいる。


「生き残ったな」


「運が良かった」


 足軽たちは満足そうに引き上げていく。それが彼らの戦の総括であり、それが彼らの生だった。


 本陣では首実検が淡々と進む。首は洗われ、並べられ、(ひのき)椿(つばき)の札が付く。動きに無駄はなく、作法は正確だ。


「次っ」「次」


 弥助や小十郎の声が響き、久兵衛が手早く左目尻で一度だけ確かめる。名が記され、帳面に書き込まれる。首は数であり、証であり、記録だ。


 外から聞こえる悲鳴は、ここには届かない。届いても、誰も口にしない。それが線引きだった。



ーーーーー



 飯森城の大手門は雪の白に煤の黒が縫い目のように走り、焼け残った門の蝶番が冷たく光っていた。


 私は傅役(もりやく)の作左衛門の手勢の中で、右近の馬の前鞍に抱えられ、胸に右近の甲冑の冷たさを感じながら城下の坂を上がる。


 先立つは甲冑を正した馬廻衆、安藤彦兵衛、山路与五郎、神谷右近将監。いずれも甲冑を正し、槍先は伏せ、六つ釘抜紋の旗は風のままに任せている。


 続いて、高力源八、植田弥助、三輪小十郎、岩作久兵衛らの文官らが従う。彼らが抱えるのは槍ではなく板札と帳面、封縄と印判。

 最後に一門衆の兄の新九郎、菅沼元成と、譜代衆達。



「道を開けよ!」



 彦兵衛の声が門前に響き、破れた柵が引かれる。法螺が一つ長く鳴り、太鼓が二打。

 既に根羽へ去った略奪品の分配を必要としない、赤備えの(あか)い旗ではなく、漆黒の惣領家の軍旗がゆるりと翻って、私たちは城内へ入った。


 焦げ跡の匂いと、湿った藁の匂い。雪は灰を薄く覆い隠しているのに、血の残滓が残っていた。



「菅沼竹千代様の御成り――」



 誰かが声を張り上げ、そこかしこの兵が一斉に膝をついた。


 私の小さな身体を支える右近の腕に力がこもる。彼の胸板が上下するたび、甲冑越しの右近の温かさが背へ伝わる。


 曲輪の内側、焼け落ちた本丸御殿の跡に貞行と家行が立っていた。背後には新たに立てられた惣領家とは少し色味形の違う武節勢の菅沼の旗、足もとには奪い集められた俵と箱、そして縄で繋がれた捕虜の列。


 家行は唇の端を上げ、貞行は目の奥にまだ火を宿している。家行がこちらへ軽く会釈し、貞行が深く一礼する。


 そしてさっそく捕虜と戦利品の仕分けが始まった。源八が帳面を開き、弥助が朱で印をつけ、小十郎と久兵衛が渡された封縄を締める。食べられるものは食べ尽くされていたが、城内の銭、武器、書物、仏具…。

 山のように積まれたそれらは、落とした飯盛城に加えて貞行と家行の取り分として「仕置き」され、受け書が交わされていく。

 私は右近の膝の上から小さく頷き、印判を押した。


「飯森城と、蔵の中は貞行殿の名目。異論はあるまい」


 元成が周囲を見渡す。ざわめきはない。松平家の介入があり、後詰めも奮戦し根羽の赤備えが勝負を決したとはいえ、飯森城を落としたのは貞行や家行ら武節勢が流した多くの血であることは間違いない。


「人は――」


 私が言うと、場が少し重くなった。縄で繋がれた捕虜の列がこちらを見る。

 泣きは止んでいるのに目の縁は赤い。男、女、老、幼い者。鈴木重勝の血縁もいると聞いている。


「――鈴木重勝の一族、それに城勤めの者たちは、惣領家の取り分とする」


「なに……」


 家行の目が細くなった。あからさまに不満そうに、舌で唇を湿らせる仕草を隠しもしない。


 鈴木重勝の娘と思われる少女の頬には拳の跡のような青痣が幾筋もあり、痣だらけの女中たちの腕には縄の擦り傷が生々しい。


 私は右近の前鞍で体を起こし、家行と視線を合わせた。


「乱取りは二日の間と決めた。もう時が過ぎた。ここからは惣領家の裁量だ。」


貞行が静かに頷き、家行は鼻を鳴らして目を逸らした。


(文盲だらけのこの時代、読み書きの出来る者は稀少だ。彼らは体ではなく頭で働いて貰う。)


源八が素早く帳面に追記し、弥助が捕縛名簿へ赤の印を打つ。


右近が馬上から声を低く放った。


「竹千代様の仰せのとおり、根羽の宿へ送りまする」


「頼む」


私は短く答え、さらに言葉を足した。


「重傷者、病人、老人。扱いに困る者ども、も……惣領家で引き取る。根羽の宿へ送れ。」


「竹千代様!」


 源八が一歩出た。声に一瞬怒気が混じったが、すぐに自身で飲み込み、深く頭を下げた。


御意(ぎょい)。」


 鈴木重勝の娘が唇を噛み締め、青痣だらけの顔でこちらをまっすぐに見据える。

 幼い鈴木重勝の息子は姉の引き破られた跡も生々しい小袖の裾を握って震えている。


「怖がるな。根羽の宿で読み書きで働いてもらう。」


 鈴木重勝の娘は瞬きを一つして、首を縦に小さく振った。

 私は右近の腕の中で、自分の声が思ったより低く響いたのを聞いた。



ーーーーー



 捕虜以外の仕分けはそもそも勘定方である源八、弥助、小十郎、久兵衛の手によって手際よく捌かれた。

 帳簿は源八の手を離れ、弥助の封箱へ。武具の印を改め、布は尺を測り、銭は秤にかけられる。

 小十郎は軍目付さながらにそれぞれの家の配分に目を光らせ、その間、作左衛門や元成は門・城壁・濠を見て回り、兵の交代を命じる。

 その合間にも、灰の下から出てくる人間の残骸は次々と片付けられ、雪は赤から灰へ、灰から白へと色を変える。


 小十郎が伝令を走らせ、久兵衛が根羽行きの護衛を割り付ける。私は馬上で短く息を吐いた。

 幼い喉に張り付いていた何かが、少しだけ剥がれて落ちた気がした。


 城中の焼け跡を歩く。右近が手綱を緩め、馬の歩幅が小さくなる。

 軒下の影に、老女が一人うずくまり、じっと雪の積った焼け跡を見ている。膝には裂けた布、肩はわずかに上下する。


「右近」


「はっ」


「根羽へ」


 言葉はそれだけで足りた。右近は頷き、源八に目配せする。老女は連れられていき、雪の上に小さな足跡が残った。


 黒く焦げた梁から、時折ぱちりと炭の割れる音がする。飯森城の本丸に松明が並べられ、最終の仕置が行われた。

 各家門の当主達が受け書に花押を置き、貞行や元成が立ち合い、作左衛門が割付に印を押す。


 私はまたいつもの如く子供らしく黙って置物になっていたが、目は勝手に動いた。

 帳面の文字、札の墨、封縄の結び目。どれもが人の命と同じ重さで積み上がる。

 積み上がったものは、風が吹けば崩れる。崩れぬように縛るのが、これからの私の務めなのだろう。


 雪がまた降り積もり、血と灰を薄く覆う。だが隠しきれぬものもある。

 庭の隅、廊下の陰、厩の裏。昨夜のまま放置された死体が、まだそこかしこに転がっていた。


 僧が呼ばれ、死体は、敵味方を問わず焼かれた。炎が再び揺れ、煙が空へ溶けていく。祈りは短く、簡素だ。感傷は要らない。



ーーーーー



 翌朝、大手門の端で、見送りの家行が名残惜しそうにこちらを振り返るのが見えた。

 そこには鈴木重勝の娘が彦兵衛の護衛に囲まれて立っていた。家行の視線が蛇のようにからみつく。

 私は遠くから目を合わせ、ただ見返した。家行は肩をすくめて踵を返した。


 根羽に寄りながら帰る私たちの隊列が飯森城の城門を出た。女や子供、老人、病人、重傷者。荷馬は多く、槍は少ない。だが馬の足は乱れない。

 彦兵衛が先に立ち、私を乗せた右近が脇を締め、与五郎が最後尾で全体を見守る。源八が帳面を閉じ、弥助が印を確かめ、小十郎が封縄の結び目をもう一度締め直した。


 貞行が静かに見送り、見送りの間何を見ていたのか、主家嫡男である私が視界に入っていなかった家行が城の門を固く閉じる。


 飯森城が雪の向こうへ消え、静けさが戻った。


 「……忘れるな」


 誰に向けた言葉か、呟いた自分でも分からない。敗者の蹂躙される末路を見た。勝者の驕りも見た。


 焼け落ちる城。引き立てられる女と子供。どれも、特別なものではない。勝者が敗者に行う、いつもの光景だ。


 だが、胸の奥が冷えていくのを感じた。もし立場が逆であれば、私の仲間が、根羽の民が、同じ目に遭っていた。

まぁ…凌雲寺の専如は、それでも(しぶと)く生きそうだが。


「富まねば、守れぬ。強くなければ、奪われる」


 戦に勝つだけでは足りない。民を富ませ、乱取りに頼らぬ兵を養わなければならない。この地で生きる者が敗者にならぬために。私は、改めて誓った。


――この国を、貧しさと無秩序に委ねはしない。


 小さな手で、右近の指を握る。右近が握り返す。暖かい。


「帰るぞ。やることが山ほどある」


「はっ」


 雪は相変わらず降っている。だが風は来た時ほど冷たくはなかった。

~参考記事~

戦国武将と酒/刀剣ワールド

https://share.google/pG4gWAsW55ZU9NNH3


にごり酒だけじゃなかった!戦国時代のお酒の種類/戦国ヒストリー

https://share.google/lPN1JWWSWE87qzM3I



~舞台背景~

 首実検(くびじっけん)、論功行賞の回です。首実検は手柄の査定なので物凄く気を遣う必要があるのに敵将の顔なんて誰も知る訳ないので査定が大変で、偽首なんかも流行ったみたいです。

 またググってて初めて知り、文中にさらっと挿入しましたが、「首につける札は大将なら(ひのき) 、諸将なら椿(つばき)か杉。」とか「首実検ではただ一度、左の目尻で一瞥する。」といった細かい作法が、敵に敬意を示し、祟りを防ぐために定められていたそうです。

 なかなかマニアックな歴史雑学なので、ご存じだった方みえないのではw

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