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六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜  作者: 条文小説


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023 ~延徳3年(1491年)7月 根羽村~

挿絵(By みてみん)


~登場人物~

専如…凌雲時住職

    ~延徳3年(1491年)7月 根羽村~


 午後の陽が土埃を金色に染め、札場の絵札がキラりと光った。根羽宿中掟書はすでに町の端まで評判で、いつも人の輪ができているという。


 兵庫、孫右衛門、内匠が根羽の宿に馴染んだのを見届け、久しぶりに田峰に帰ろうと伊丹屋で出立の支度をしていた折である。


 昼の陽は傾きはじめ、谷を上る風にむっと甘い匂いが混じった。香……いや、香だけではない。酒と油、さらに金箔の匂いまで乗ってくる。そこへ、鈴の音のようでいて鼻につく、金の数珠の音が近づいてきた。


 伊丹屋宗伯の屋敷へ現れたのは、煌びやかな法衣をまとった三人の僧。先頭の一人は丸いのに頬だけ尖り、腹は米俵と取り替えても余るほど突き出て、黒光りする剃り頭が眩しい。

 目立つ色が好みなのだろう。麻ではなく絹、袖の裏はやけに赤い。錦糸の法衣を風に翻し、その身からは清貧という言葉を一片も見いだせない。


 後ろの二人も、僧というより荷役の親方めいて肩で風を切る。草履の鼻緒にまで飾り金具が光り、私の目にも鮮やかだった。


 私を見送りに来ていた商人たちが、すう、と息を呑む。兵庫は一歩進み出て、扇を畳んだまま片手に持った。私はその背の半歩後ろ、陰になる位置に立つ。

 (よわい)二つの私が前に出れば、かえって軽く見える。根羽宿では矢面は兵庫――この段取りを兵庫も承知しているから、扇の骨がかちりと一度鳴った。


 先頭の僧が、両手を合わせもせず、ぐるりと屋敷内を見回して笑った。

「幸田殿でございましょうか。拙僧、凌雲寺の専如と申す。高札を拝見し、まこと関心いたした。字の読めぬ者に絵を示すは慈悲の業。慈悲の根に仏の影が見え申した」


 僧らを土間に立たせたまま、兵庫は簡にして要の挨拶を返す。

「拙者、この根羽の代官・幸田兵庫だ。今後、よしなに」



 ……沈黙。



 下へも置かぬ扱いで(すぐ)に座敷へ通されると高を括っていた僧たちと、突然押しかけられても取り立てて話す用もない私達の間に、妙な間が落ちた。


 兵庫とは打ち合わせなど無いが、専如は相手が悪い。もともと兵庫は客に座敷を勧める類いの気配りといようなものが欠落している。僧だからといって、世間話に時間を割く性分でもない。


 宗伯ら常識的な商人たちも、根羽宿の最上位者たる兵庫が土間の専如達を見下ろしたまま動かぬので、仏壇に線香の一本でも上げてもらい小遣いを握らせて場を収める、といった芸当が利かない。


 兵庫の「気の利かなさ」に痺れを切らした専如が、早々に要件を切り出した。

「幸田殿。寺への納め物を禁ずるお触れ、(まこと)にござるか?」


 兵庫の扇が二度、骨で鳴る。

(まこと)だ。税を納める先は菅沼のみ。寺は祈るところ。納めるも納めぬも心次第――強いてはならぬ」

兵庫が土間に立つ専如達を見下ろしながら言う。


「強いてはならぬ、か」

 専如はにゅるりと笑い、私の顔を覗き込む。

「ほう、かわいらしい童子じゃ。お名は?」


 私はわざと首を傾げ、両手を腹の前で組んだ。できるだけ、あどけなく。

「たけちよともうします。二つです」


「おやおや、噂の仏の御子。これも御仏のお引き合わせ。二つにして宿を握る、天晴れ。ですがな竹千代殿、寺は古くより往還の安寧、子らの読み書き、貧しき者への施し、皆背負っておる。供養も灯明の油も、いずれも薄い薄い銭の積み重ね。これを絶たれては、仏の灯も消えようぞ」


 言葉は柔らかいが、目は笑っていない。背後の二人が、わざと足を広げて肩で商人たちを押しのける。広い土間が、さらに狭くなった。


 兵庫が一歩前へ出かけたので、私は裾をそっと引いた。兵庫は止まり、扇をわずかに持ち替える。


「お坊さま」私は子どもらしく声を上ずらせる。


「寺の灯は消しませぬ。けれど根羽の宿の灯を消すことは、なお致しませぬ。掟は、みなが商いしやすく、眠りやすくするために定めました。」


「ならばなおのこと、寺の顔を立てるが道理」

 専如は声を低くし、急に俗な口振りになる。


「従来どおり、根羽より運上・冥加の類を集める。寺は祈祷に励み、往来の加護を続ける。双方よし――それでよかろう?」


 専如の高圧的な物言いは、沸点の低い順に、内匠、孫右衛門、右近と⋯鯉口を切らせた。


 脅しの種を探っているのだ。私は先に笑って見せる。

「顔は大事ですね。私も顔が丸いと言われます」

輪の端で小さな笑いが弾け、緊張がほどける。


専如はすぐさま笑いにかぶせた。

「それとな、掟書に根羽宿は徳政の外とある。よい、たいへんよい。だが根羽宿でなくとも徳政が根羽村であるなら、寺が貸した講の銭を返さぬ者が出る。今後、銭の乏しい者に貸せぬ。助けたくとも助けられぬは仏の名折れよ」


 この専如、徳政の読みも早い。私は少し感心した。

「徳政の外は、根羽宿の約定を守るためです。ならば根羽村の貸し借りも、約定をもって決めましょう。寺が貸したなら、書付を示して兵庫に申して下さい。約定どおり取り計らいます」


 専如はふうんと鼻を鳴らす。

「つまり、幸田殿の目の届くところで、寺の懐も開け、と」


「皆の前で、です」

 商人たちから「おお」と声が上がる。専如の目に初めて苛立ちが灯り、後ろの二人も顔をしかめた。清貧の顔を作るのは上手いが、文盲な村人相手に寺が拵えた証文を晒せと言われれば、愉快なはずがない。


「子どもが大人の算段に口を出すは褒められぬぞ」

専如は低く言う。


「これまで根羽の宿も村も寺が守ってきた。夜盗も疫病も火事もだ。仏の加護あっての平穏。加護は只ではない。御仏を迎えるにも銭がかかる。昔からそうだ」


 私は一歩前へ出て、背筋を伸ばし、声を通した。

「では、寺の加護に値を付けてください。昔からの額で。去年まで根羽の宿が寺に納めていた額、そっくりそのまま――それを、菅沼が寄進します」


 どよめきが起きる。宗伯が目を丸くし、息を呑んだ。


 僧は一瞬目を白くし、すぐ笑いへ戻す。だがその笑いは乾いていた。

「おやまあ、さすがは仏の御子。仏もさぞお悦びに。では去年は、銭にして百五十貫と少々、加えて秋の寺修繕に二百貫――」


 「お待ちください」私は少し困ったふうに首をかしげ、目を細める。

 「去年の分は帳面を見せていただかないと、(わらべ)の私には分かりません。町の衆にも控えがあればそれを、無ければ寺の控えを。いずれも皆の前で。今日、ここで」


 専如の口角がぴくりと跳ねた。後ろの二人が顔を見合わせ、小声で囁く。私は続けた。

「それから、この寄進は根羽宿とは別の私の喜捨です。ゆえに掟のとおり根羽宿に『納めよ』とは申しませぬ。寺も『納めよ』とは言わぬ、とここで約定を。納めるのは私ひとり。代わりに、お願いが二つ」


 右手の指を折り、わざとゆっくり、しかしはっきりと言う。

「一つ。この銭の半分は、宿と村の病人や道で困った者への粥に充てること。昼の鐘のあとに鍋を掛け、誰でも一椀、銭なしで受けられるように。粥の札も札場の横へ

 二つ。火事と疫病の祈祷は、宿中の衆を堂に集め、銭を取らず一度は行うこと。灯明の油は私の喜捨から出します。足りなければ別途相談を」


 兵庫が横で小さく息を吐く。宗伯の顔に血が戻り、商人の一人が「そりゃあいい」と声を上げる。人の輪が一尺、前へ寄った。


 専如は数珠をくるくるいじっていたが、やがて指を止めた。

「……なるほど。寺は面目を立てつつ根羽宿からは取らず、竹千代殿の喜捨で体面を繕えと。しかも帳面は晒せ。粥を炊け。祈祷は銭を取るな。よく言う」


「よく言います。二つだから。歳と同じです。」

 今度は笑いが大きく広がった。専如の目に、呆れと計算が混じる。

 ここで突っぱねれば寺の面目が落ち、受ければ銭は入る。だが帳面は痛い。粥の鍋は手間。頭の中の算盤が音を立てているのが見えた。


 兵庫が一歩進み、低く告げる。

「喜捨は竹千代様の心、約定は皆の目。寺が呑むなら我らは門前の喧嘩を止め、灯を守る。

 呑まぬなら――札場の前に『寺、根羽より取るべからず』と太くもう一枚、掲げる」


 専如は肩をすくめ、口を尖らせて笑った。

「怖い怖い。幸田殿は言葉も刃よ。――よろしい、呑みましょう。ただし去年の額は今すぐには出ぬ。控えは寺にある。明朝、鐘が二つ鳴る前に帳面を持参いたす」

「よいでしょう」私は頷いた。


 ひとまずの決着がつき、商人たちの緊張がほどける。専如はそれを横目に、数珠の房を指で撫でた。


 去り際、くるりと振り向く。

「そうだ。最後に一つ。寺の山門の梁が腐っておる。匠を貸してはくれぬか。銭は寺の喜捨から払う。だが人手は欲しい」


 孫右衛門が一歩出た。

「材と縄、明日持つ。手は兵を向かわそう。」


「それでよい」

 専如は軽く頭を下げる。頭は下がれど背は下がらず、金糸の袖が日差しを弾いて眩しい。


 専如らが去ると、兵庫が横に並び、声を落とした。

「竹千代様、明朝、帳面が出て来ねば如何いたします」


「出て来なければ、今年の額は粥の鍋に替える」私は小声で答えた。

「『去年』が見えぬなら『今年』を見せてもらう。寺も粥の湯気は嫌いではないでしょう」


 宗伯が近づき、袖で汗を拭って言う。

「幸田様、宿の者、皆ほっといたしました。手前どもにも去年の運上の控えがございます。各家の控えを集めさせます」


「頼む、宗伯。よしなに」私が言うと


「承知」

 宗柏の目が生き生きと光る。


 夕風が通り、札場の絵札がカタカタ鳴った。孫右衛門は蔵に鍵を掛け、内匠は兵の宿替えを指示する。誰もが、今日の一手が明日の二手になると知っている顔だった。


 私は伊丹屋の土間の端に立ち、深く息を吸う。香の匂いは遠ざかり、代わって土と水の匂いが濃くなった。寺の灯は消さぬ。だが宿の灯を先に守る。


 銭は強い。銭で約定を守らせ、粥の湯気に換える。刃は背に、掟を面に。槍を振るう彦兵衛や、知恵で戦う兵庫の真似はできない。


 私にできる戦は、こういうものだ。

~参考記事~

税の歴史・税の学習コーナー/国税庁

https://share.google/a6vrjxTYjKCnRFvTN


1.運上と冥加の時代/国税庁

https://share.google/s185L7rEoOljfpAyd


2.運上と冥加/国税庁

https://share.google/pw5jzFkE6qyCZe2jk


明治初期の長崎県における財政の変質について/德永宏

https://share.google/0K6NBISlrmBN0mFfC

※運上冥加金を人口比で推定 =根羽宿/長崎会所


~舞台背景~

飯田街道の要衝、根羽の宿で菅沼が楽市楽座が施行した事で、座のケツ持ち宗教団体が事情聴取に来ました。布教激戦区三河では実在の僧侶は大物揃いのため、まだ主人公では勝ち目が無いので、架空の小物僧侶です。水戸黄門や暴れん坊将軍のようにスカッと勧善懲悪をしようと思ったのですが、寺の高利貸しは史実ですし、倫理的な問題をさて置けば人身売買も合法だし、合法的に買った子にイタズラしようが私有物なので主人公が口挟む筋合いじゃないし…で、ざまぁ不発です。

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― 新着の感想 ―
たしか東大寺の貴重な文献は借金の証文の裏側だったような。再利用した紙を証文にして大事にしてたから残ったな話しがあったような。違う寺だったかなあ。
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