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六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜  作者: 条文小説


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021 ~延徳3年(1491年)7月 根羽村~

挿絵(By みてみん)

    ~延徳3年(1491年)7月 根羽村~



 伊丹屋宗柏の屋敷に招かれた。というか200人で押し掛けた。夏の日差しに槍の穂先や鏃を煌めかせた菅沼軍が取り囲んでいる宗柏の屋敷には既に多くの根羽宿の商人達が集まっていた。いつもの彦兵衛、与五郎、孫右衛門、内匠、右近が私の周囲に目を配る。


 しかし、今日の主役はさも当然の様な顔をして私の上座に座った兵庫だ。今日の菅沼の面子で、今は殊勝な顔色だが腹の中では何を考えているか分かったものではない根羽宿の商人達と渡り合えるのは兵庫しかいないため、兵庫が矢面に立つことになっている。


 もちろん宗柏の屋敷の最も上座には定行が坐して、文字どおり兵庫の後ろ楯となっている。田峰城中の横槍が入る私が出る訳にもいかないので今後、根羽宿の統治は全て菅沼定行の名で行われる。


 根羽宿は伊那街道の北端の街で、伊那街道が南端の街小坂井宿で東海道と交わるように、伊那街道は北端の根羽宿で飯田街道と交差している。

 加えて根羽宿からは西へは木峠を越えて岩村・明智・瀬戸方面へ至る岩村道、東へは設楽・新城・吉田(豊橋)方面へ至る新城道も延びている、(まさ)に物流と交通の要衝である。


 根羽宿には荷問屋、旅籠、馬宿、茶屋などが並び物流の中継地として賑わうだけでなく、善光寺や秋葉山、伊勢詣りなどの参詣地の中間点にある為に、常に多くの人通りで賑わっている。


 根羽宿のある根羽村は南信南端の地域で最も南端に位置する生活圏が三河国に属している人口1,100人の村だ。

 村と称してはいるが、愛知県東加茂郡全域と豊田市・西加茂郡・北設楽郡及び長野県の旧根羽を含む広大な区域で、平安時代後期に高橋新荘、鎌倉時代には足助氏の支配下加茂郡名倉郷にあり、南北朝時代には加茂郡足助庄に属していた 。

 史実では後に武田信玄の南下作戦によって足助松山城が攻略され、根羽は武田領となり信濃国に編入された。

 そして根羽宿は山間に開けた街道が十字に交差する付近に集落があつまり、街村を形成している。


 さっそく、重々しく兵庫が切り込んだ。

「伊丹屋、表で鈴木との縁を切る覚悟があると聞いたが形ばかりの口だけではなく、態度で示せるか。」


 宗柏は一瞬目を伏せ、やがて顔を上げた。

「町を生かすためならば。命の糧を潰すは本意ではございませぬ。御望み通りに」


兵庫は頷き、孫右衛門と内匠を手招きした。


 少し命令系統が違うように思うのだが…いや系統が違うどころか、序列的にも逆なのは孫右衛門と内匠が一瞬見せた憮然とした表情が物語っている。


 しかし(すぐ)に孫右衛門も内匠も、「今日は兵庫の思うとおり好きにやらせよう。」という根羽宿までの行軍途上での打ち合わせのとおりに、兵庫の前に進み出る。


 もちろん兵庫は、そんな二人の表情を鋼の心臓で、見事なまでに意に介することなく、淡々とこの場の設定を遂行する。


 兵庫は孫右衛門も内匠に目をやる。

「孫右衛門、内匠。そち達は兵と共に留め置く。

 だが、戸を破るな。飯は買え。酒も買え。金を惜しむな。ただし節度を失うな。盗りの心一つあらば、その場で成敗。

 宿割りは伊丹屋に任せる。孫右衛門は蔵の守りと、夜の見回り。内匠は関の補修を見よ。

 今日よりここ根羽は我らの街だ。粗相は菅沼の粗相と知れっ。」


 兵庫が孫右衛門と内匠に厳命した…が内匠のこめかみが震えているのが見て取れる。


(これは⋯内匠に後で殴られるな、やりすぎだ兵庫。)


 それでも少し間が空いて、孫右衛門と内匠は「承知。」と返事を重ねた。


 まだ天才織田信長が日本史上初めて創り上げた、占領地に駐屯が可能な兵農分離された常備軍は、今、この菅沼以外には存在しない。

 そのため、戦に勝ってもその後の敵地の占有が難しかった事で信長の出現まで戦乱が150年も収束しなかった。


 史実、軍神上杉謙信は生涯で2度も京へ軍勢を率いて上洛している。上洛する事で天下が取れるのであれば謙信はとっくに天下を取っていた。

 しかし上杉軍は織田軍と違い兵農分離されていない。

 上杉軍は越後の基幹産業である農業の担い手でもあるため農繁期には本国越後に帰国しなければならない。

 天下統一は天才信長が単に上洛するだけでなく、常備軍を京へ駐屯させたことをもって完成した。


 では、なぜ信長だけが常備軍を持ち得たのか。それが今から兵庫が伊丹屋宗柏達に申し伝える、十三箇条から成る安土山下町中掟書(あづちさんげちょうちゅうおきてがき)である⋯いや根羽宿中掟書である。


「宗柏、そなたは皆と関と町の運営は、従前どおり、いや、それ以上に丁寧にせよ。もちろん鈴木の名ではなく、菅沼の名においてだ。ただし⋯」


 宗柏はじめ商人達皆のの喉仏が上下して、緊張した面持ちで兵庫の顔色を伺う。


 兵庫は兵庫で今日の主役の名に恥じぬ、ゆっくりと勿体ぶった大袈裟な仕草で胸元から書付を取り出す。


「では今から、お主らに今後の根羽宿についての菅沼定行様のお下知を申し伝える。それでは⋯」


一、当所中楽市として仰せつけられるの上は、

  諸座・諸役・諸公事などことごとく免許の事


一、往還の商人、上海道これをあい留め、

  上下とも当町に至り寄宿すべし、

  ただし荷物以下の付けおろしは、荷主次第の事


一、普請免除の事、

  ただし、御陣など去りがたき時は合力いたすべき事


一、伝馬免許の事


一、火事の儀、付け火においては、

  その亭主科懸けべからず、

  自火に至らば糺明を遂げ、その身追放すべし、

  ただし、事の躰によりて軽重あるべき事


一、咎人の儀、借屋ならびに同家たるといえども、

  亭主その仔細を知らず、口入に及ばざれば、

  亭主その科あるべからず、

  犯過の輩に至らば、糺明を遂げ罪過処すべき事


一、諸色買物の儀、たとい盗物たるといえども、買い主

  これを知らざれば、罪科あるべからず、

  ついでかの盗賊人引きつけるにおいては、

  古法に任せ臓物これを返しつけるべき事


一、分国中徳政これを行うといえども、当所中免除の事


一、他国ならび他所の族、

  罷り越し当所にありつきそうらえば、

  先々より居住の者同前、誰々家来たるといえども、

  異議あるべからず、もし給人と号せば、

  臨時の課役停止の事


一、喧嘩・口論ならびに国質・所質・押買・押売・

  宿の押借以下一切停止の事


一、町中に至り譴責使・同打ち入りの儀、

  幸田兵庫にこれをあい届け、

  糺明の上をもって申し付けるべき事


一、町並居住の輩においては、

  奉公人ならびに諸職人たるといえども、

  家並役免除の事つけたり、仰せ付けられ、

  御扶持をもって居住の輩、

  ならびに召し仕られる諸職人など各別事


一、博労の儀、国中馬売買、ことごとく当所において、

  これを仕るべき事

  右条々、もし違背の輩あれば、

  速やかに厳科に処されるべき也

 

  延徳三年七月 菅沼定行


掟を読み上げ終えて、なぜか得意気な兵庫の表情とは裏腹に、商人達は皆、顔を見合わせざわめいた。



…………(参考)意訳…………


1、根羽宿は各種組合は廃止して税金は全て免除。

2、商人は上海道(中山道)の通行をやめ根羽宿で泊る事。

  (色々事情もあると思うから、出来る範囲で。)

3、工事の負担も免除。(緊急時は協力して※日給あり)

4、馬の供出も免除する。

5、放火は追放だけど、放火された場合は責めない。

6、犯罪者に家を貸しても知らなければ無罪。

  ※善意の第三者

7、盗品を買っても、知らなければ無罪。

  また盗賊を捕まえた場合

  今は盗品は自分の物だけど、

  今後持ち主に返却するように

8、菅沼領内で徳政が実施されても、

  根羽宿は徳政令適用外。

9、他国から根羽宿に移住した場合も先住者同様の扱い。

  元家来とか言って勝手に指示するな。みんな平等だ。

10、喧嘩・口論、勝手な貸し借りや債権差押えは禁止。

  (今までは実力で回収しても良かったけど今後はダメ)

11、騒ぐ奴がいたら、兵庫が対応するので、兵庫に報告。

12、その他勤労奉仕も免除。

  (もちろん各家の使用人は対象外)

13、菅沼領のフェアやイベント(馬市)は根羽宿で行う。

  違反したらペナルティーあり。

1491年7月 菅沼定行


~参考記事~

国道153号の歴史/国土交通省中部地方整備局

https://www.cbr.mlit.go.jp/meikoku/route153/isegami/pdf/m150panel.pdf


杣路峠林道ウォーキング/信州味噌入りカレー専門店カレーの大原屋

https://www.ooharaya.com/


~参考文献~

安土山下町中掟書/近江八幡市

https://adeac.jp/omihachiman-city/text-list/d200010/ht000010


~舞台背景~

 三河国飯田街道沿いの商都、根羽宿において関銭廃止と商取引の自由、職業選択の自由といった楽市楽座を施行する回です。

 信長の経済政策のエッセンスが詰まった「安土山下町中掟書」が重たくて、ピエロキャラ兵庫をイジってバランスを取ったつもりですが、「真面目かよっ」な描写になってしまいました。

 因みに兵庫が就く商都の代官職ですが、史実で堺の代官職を豊臣政権の中枢を担う石田三成や小西行長など錚々たる文官が若い頃に歴任していた花形業務です。

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― 新着の感想 ―
やっぱ金の流れ掴める場所は強いなあ。さあジワジワ経済で甲斐も美濃も侵略やあかな。
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