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 幸せな生の後、次に待っていたのは植物の生だった。今度は二人は、花だった。金と青の、名も無き花だった。静かな野原で寄り添って、そしてゆっくり枯れていった。


 その次は、虫だった。出会ってすぐ、二人同時に爬虫類に食われて死んだ。


 その次は、鳥だった。片目の見えない鳥だった。二人はいつも寄り添って、まるで一羽の鳥のように空を駆けた。そして、ある時、一発の銃弾で同時に頭を撃ち抜かれて死んだ。


 その次は、その次は、その次は――そうやって、気が遠くなるくらい繰り返した後。二人はどことも知れない世界に産まれた双子の兄妹になった。


 くすんだ金の髪に輝く翠玉の瞳の、顔の良く似た双子だった。二人は親も無いし孤児院暮らしだった。それでもこの上なく幸せだった。


 言葉を交わせる喜び。抱きしめられる喜び。異なる体温を混ぜ合わせられる喜び。


 求められる全てを与え、与えられ、二人は幸せに満ちたまま、戦火に巻かれて灰になった。灰は、人のいなくなった街で風に混ぜられながら、空へ空へと昇っていった。


 その後、二人は、二人ではなくなった。


 ***


 洞窟の奥。空に青を返すように輝く水に囲まれた小島の上に、人とも人外ともつかない影があった。


 煤けた黒の防護服。顔には、ガスマスク。そんな何かが、小島に生える樹に添えていた裸の両手のひらを、そお……と離して深く息を吐いた。それは、物語に没入した後のため息に良く似ていた。


 ソレは思う存分息を吐いて、それから、抱き合うように癒着した樹を見上げた。


「――そうして、君たちは一つになったんだね」


 葉が揺れる。さわさわと柔らかな音が、柔らかな日差しとともに降ってくる。


「いいものを……、とてもいいものを見せてもらった」


 そう言いながら、ソレは手早く手袋をした。ちらりと見えた手の甲は、柔らかな光を浴びて、音を立てながら爛れていた。


「この世界に適応し、この柔らかな――しかし命を削り取る光の下で静かに生きる君たちをこの目で見られたことがそもそも奇跡であるのに、君たちはぼくに、素晴らしい記憶までもを見せてくれた」


 敬意を、とソレは連理木へと深く深く頭を下げた。


「ぼく、初めて満腹と言うものを感じられたよ。君たちのおかげだ」


 食事は基本的に一期一会と思っているけれど、とそこで言葉を切ったソレは再び深く息を吐きながら顔を上げた。遮光仕様になっているらしいガスマスクの奥で、赤がぼんやりと瞬いている。


「君たちの記憶は、また食べたい。本当に、本当に……良い記憶だった。ここではないどこかにいた魔女と猫が、出会い、別れ、悲しみ、変化し、また出会い……幾億もの出会いと別れを経て、そしてこんな地獄みたいなところまで流れ着いてなお――いや、連理の木として生まれることができたからこそ、君たちの地獄は終わったんだね。世界がどうこう、ではないんだ。もしも、こうして芽吹いたのがここ以上に酷い世界だったとしたって、君たちは、一つであれる限り、幸せに満ちながら天に葉を伸ばしていくんだろうね」


 答えるように葉がそよぐ。風もないのに。

 それを眺めながら、ガスマスクの怪人はショルダーバッグから小さくボロボロなスケッチブックを取り出し、そっと捲り始めた。


 片手で事足りるくらいの数の絵を捲って出てきた白茶けた空っぽのページに、ソレは静かにペンらしきものを走らせる。血のような赤のインクは、乾くごとに、目の前の景色を切り取るように色づいていく。


「ぼくはね、こうして絵を描いてメモをしておくんだ。匂いを辿ってまた来れるようにね。場所を書き記すより、ずっといいよ」


 防護服姿の何かは、目の前の樹に語り掛けるように言葉を続ける。


「年を忘れるくらい生きて、『また食べたい』と思った記憶は、君たち含めて四つだけだ。だから、ここに絵は四つだけ。その中でも君たちは――ほら」


 ソレは、スケッチブックを樹に見せる。


「いっとう綺麗だ」


 ほう、とため息のような風が吹く。煤けた怪人はそれに乗るようにフワリと空に浮き上がった。


「『複写』……うん、コピーしたってまったく色あせない。良い記憶だ。薄味だと途端にぼやけてしまうのに、ほら、こんなに綺麗。こっちは君たちにあげる。こんなものですまないけれど、ぼくなりの感謝の気持ちだ。ごちそうさま、ありがとう」


 じゃあぼくは行くね、と。言葉と共に、防護服が膨れ上がって翼に変わる。翼の生えたソレは、蒼天へと飛び去って見えなくなった。


 あとに残ったのは、落ちてきた羽根が水に触れてジュッと溶けた音。


 それから、抱きしめあう樹の前へと落ちてきた一つの絵と、静寂だけ。


 と、ひらり。絵が寝がえりをうった。


 白茶けたページに描かれていたのは、強酸の水に囲まれた小島で生きる連理の木と、そこに寄り添うように加えられた、微睡むプラチナブロンドの魔女と黒猫だった。


 そこには、まぎれもない、悠久の幸せがあった。



挿絵(By みてみん)

私はハッピーエンドが大好きです。

だから、この二人の物語はハッピーエンドです。


挿絵は、ラピスラズリ 双子密愛(https://novel18.syosetu.com/n3858fa/)や セロファン師は気が進まない(https://book1.adouzi.eu.org/n3943dw/)の作者様の九藤 朋先生より頂きました。宝物です!

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