第七章 解決編(前半)
第七章 起(静かな集結)
吹雪は夜半を越えて弱まり、窓の外にはまだ白い雪がちらついていた。
しかし館の広間には、外よりも重たい空気が漂っている。
全員が呼び集められ、長いテーブルを囲んで座っていた。
古物商はふてぶてしく腕を組み、若者は落ち着かない様子で視線を泳がせている。
姪は沈黙を守りながらも、そっと若者の袖を握り、女中は俯いて表情を隠していた。
駐在さんは腕を組んで壁際に立ち、全てを見届けるように目を光らせている。
そんな中、探偵はゆっくりと立ち上がった。
「……皆さんに、この館で起きた出来事の全てをお話しする時が来ました」
その声は決して大きくはなかった。けれど、誰もが息を呑み、耳を傾けずにはいられなかった。
クマちゃんはソファの端で、両手でピーチソーダの瓶を抱きしめ、不安げに探偵を見つめていた。
「今宵の吹雪は、偶然ではありません。赤い幻影も、消えた足跡も、納戸の密室も……すべてが一本の糸で結ばれているのです」
静寂が一層濃くなる。
誰かが息を呑む音だけが響き、広間はまるで裁きの法廷のようだった。
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第七章 承(推理の積み重ね)
探偵はゆっくりと広間を見渡し、言葉を紡いだ。
「まず、あの“血だまり”に見えたものからご説明します」
窓辺に立ち、赤いフィルムの張られたステンドグラスを指差す。
「これは偶然ではありません。映写会の飾りとして貼られたものですが――外の雪に光を投じればどう見えるか、考えた人間がいた」
ランタンを傾けると、窓の外の雪面が赤く染まった。
一同は息を呑み、若者が立ち上がりかける。
「や、やっぱり俺の見間違いじゃなかったんだ!」
探偵は穏やかに首を振った。
「いいえ。あなたが見たのは確かに赤。ですがそれは血ではなく、仕組まれた幻影でした」
そう言いながら、胸の奥でふっと別の記憶がよみがえる。
(――“青い沈黙”。青い影を操り、密室を作り上げた小説。そして“真相に繋がる黄金への道”。黄色い光を使って人を欺いた短編。どちらも、色が人の目を惑わせる仕組みだった。ならば赤は……血、呪い、恐怖を呼び起こす色。これは偶然じゃない。幻影は仕組まれていたのだ)
探偵は呼吸を整え、表情を崩さずに続けた。
「呪いを再現するために“赤”が使われたのです」
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「次に――足跡です」
探偵は窓の外の雪を示す。
「館から出た人数と、戻った人数が合わない。しかも吹雪で消えるはずの跡が、一部だけ鮮明に残っている」
姪が小声で問う。
「……つまり?」
「つまり、誰かが後からつけ足したのです。まるで“別の人間が歩いた”ように見せかけるために」
古物商が鼻を鳴らす。
「証拠になるかよ! 雪なんざあてにならん!」
探偵は視線を向けたが、あえて否定せずに言葉を重ねる。
「では納戸です」
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広間の空気が張りつめる。
「主人と古物商が揉み合いになった。これは確かです。しかし主人は、その途中で女中を呼んだ」
女中の肩が震える。
探偵はあえて視線を外し、淡々と告げる。
「そこで用いられたのは毒。特別なものではなく、清掃用具に混ぜられていた日常的な薬品です」
若者が顔を上げる。
「じゃあ……やっぱり誰かが!」
「ええ。普段から清掃用具を扱っていた人物が最も自然です」
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そして探偵は最後にベランダへと歩み寄った。
「作家志望の転落です」
雪に覆い被さるような跡を指差す。
「彼は自ら飛び出したように見えました。ですが角度や痕跡を考えれば、偶然ではない。背後から力を加えられた形跡がある」
姪が息を呑む。
「まさか……」
「そうです。彼は真相に気づきかけ、口を塞がれたのです」
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広間は静まり返った。
探偵は一歩前へ進み、声を落とす。
「赤い幻影。足跡の矛盾。納戸での毒。そしてベランダの転落――これらはすべて一本の糸で結ばれます」
誰もがその言葉を待ちながら、固唾を飲んでいた。
(つづく)




