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護衛騎士の回想 そのいち

 

 俺はメルネス家に仕える一族に生まれた。

 一族と言っても大層な家ではない。就職先が代々メルネス家であることが多いだけだ。


 古くから隣国との前線であり国の砦であるメルネス家は『武骨』な一族だ。

 華美なことは好まず、ひたすらにメルネス領の、ひいては国の安寧を担ってきたのだ。


 時代によって、メルネス家は戦うことしか知らない貴族らしからぬ一族と嘲笑されることもあった。

 時代によって、国を守る英雄と讃えられることもあった。


 それらはすべて、時の王の腹づもり一つ。


 メルネス家はずっと変わらずに、襲いかかってくる隣国をただ追い返し国を守るだけだった。


 メルネス家の血を引く者は、不思議なことに紫の眼をしていることが多い。

 本家は特に顕著だ。

 町で紫の眼の赤子が生まれると、「メルネスの子か?」と冗談で言われるくらい、メルネス家の特徴でもある。


 俺が十五の時、ヘンリック様が生まれた。


 その時には俺はもう辺境伯軍に入隊しており、結論から言えば、ヘンリック様の護衛の一人として側に仕えることになった。


 生粋のメルネス家の赤子はやはり紫の眼をしていた。


 当時の辺境伯夫妻は、まあ仲の悪いこと悪いこと。

 いっそのこと無関心になれればお互い気が楽だろうに、やれ新しい恋人が出来ただの、どこに逢い引きに行っただの、何を贈っただの、お互いがお互いを監視していたのだ。


 それって『愛情の裏返し』って言うんじゃないのか? と、実は今でも思っている。


 お互いに嫌味を言いながら王都へ向かう馬車に乗り込んだ二人は、見送るヘンリック様に声をかけることもなく、途上の事故でそのまま帰らぬ人となった。


 本当にそれが事故だったのかは今となっては分からない。


 その時、ヘンリック様は十八歳になったばかり。

 大人と言えば大人だが、未熟であることは否めない。辺境伯の代替わりを機に、今まで小競り合いだった隣国との戦端が緊張を孕んだのは確かだ。


 ヘンリック様は戦において非凡だった。

 自らの戦闘力もさることながら、戦局を読む視野の広さ、騎士を動かす采配、どれをとっても秀逸だった。


 ヘンリック様がいる限り、辺境は安泰だと安心出来るくらいの存在感だった。


 だが一方で、人間としてはちょっとアレな人に育ってしまった。


 その逞しい腕に抱かれたいと女たちが群がるが、適当に選んで適当に寝て、最後は女の方から去って行く……ということが続いた。


 護衛といえども、さすがに寝台に女を連れ込んでいるのに側で立っているワケにはいかない。頼まれてもイヤだ。そういう趣味ではないし、そういうのにワクワクする歳も過ぎた。

 その間は控え室で待機しているが、最中に特に常軌を逸した声や物音はしていない。

 探るようなまねをしたいわけではないが、あまりに女と続かないため、メルネス一族のお歴々がヘンリック様の性癖を疑ったのだ。

 はっきり言うと、変態なのかと。だから女たちはすぐに逃げるのかと。


 どうなんだ? と俺が爺どもに囲まれたが、そんなの見てないし聞いてないし知らんし。


 光栄にもヘンリック様が生まれた時から側にいて、兄というか父親のような役回りをも担っている自分が聞くしかないのか……。

 ヘンリック様も可哀想に。こんなところまで管理されてしまうのも貴族の継嗣の宿命だろうか。


 濁してもしょうがないので、ズバリと聞いてみた。

 何が原因で婚約どころか正式な交際に至らないのか。女と別れる時、どんな別れなのか、と。


 するとなんて言ったと思う?


「別れる、とは?」


 って、真顔で言ったんだぜ、おい。

 まさか、と思ったが、どうやらヘンリック様は身体の関係を結ぶ女性と付き合っている認識をしていないようだ。もっと言えば、個別に相手を認識しているかも怪しかった。


 そりゃあ続かないわ。

 俗に言うヤリ捨てだ。遊びですらない。


 うちの(あるじ)、ただのクソ野郎じゃねぇか。


 まあ、寄ってくる女たちも辺境伯夫人という肩書きが欲しくてギラギラしているヤツか、単純にイイ身体している若い男に粉かけたい未亡人だろうから、おあいこかもしれない。


 いや、擁護できんな。

 純粋にゲスだわ。


 結婚についてどう考えているかヘンリック様に聞いたら、「……」と黙ってしまった。

 領主として後継ぎを残す責務は理解しているのだろう。

 だが、一族が一杯いるんだから、性根が腐らないうちに後継ぎに指名して教育すればいいとでも思っていそうだ。

 それを口に出さないだけの分別はあると。


 分別を発揮するのは他のところで頼みますよ……。


 どうもヘンリック様は『結婚』というものに対する認識が大分歪んでいるようだった。

 あのご両親じゃ無理もないが、まわりには至極真っ当な夫婦もたくさんいるのに何でだ。


 そのまんまお歴々に報告したところ、全員頭を抱えてしまった。


 そして爺の一人がとんでもないことを言い出した。


「ビルギットと添わせてはどうか。血が近すぎることもないし、愛情がなくてもお互い関心が無いからいがみ合うことも無さそうだ」


 正気を疑った。


 ビルギット様は恋多き女性として、辺境どころか王都にまでその名を轟かせている女性だぞ?


 ついたあだ名が『辺境のトワイニクス』。


 トワイニクスは森に生息する夜行性の生物だ。植物のような見た目で顔はない。根を後ろ足に、分かれた茎を前足にして四つ足歩行する、植物なのか動物なのか分からない生き物だ。

 顔に当たる部分には、重なりあうような二枚の葉があり、牙のようなとがったギザギザがあるこの葉で挟み込むように獲物に齧り付く。囓り飲み込んだ獲物は強烈な酸で溶かされて養分にされる。

 トワイニクスを捌いても血も出なければ内臓も筋肉もない。身体は植物なのだろうが捕食する雑食動物という謎の生物なのだ。

 トワイニクスは何でも食べる森の掃除屋とも言われ、森の自然には無くてはならない存在ではある。

 その一方で、森に入る男たちからはダントツで嫌われている。俺も嫌いだ。

 トワイニクスは動いていないと草むらに同化して全く見分けがつかない。気が付かぬうちに忍び寄ってきたヤツらに、脛や足首を噛まれてしまうのだ。

 毒は無く、噛まれてもすぐに強酸は分泌されないので致命傷にはならないが、森で足にケガを負うことは別の意味で致命傷になりかねない。そして地味に痛い。

 何より、男たちに嫌われる理由が、トワイニクスに噛まれるのは圧倒的に男だという点だ。噛まれたことがある女もいるだろうが、ほぼ、男が噛まれるのだ。それは人間以外の犬や馬でも同じだ。

 トワイニクスには生殖器はないので見た目で性別は分からないが、噛まれた者は皆あいつらを(さか)ったメスだと思っている。


 そんなのに例えられるほど奔放なビルギット様との間に後継ぎが生まれたとしても、ヘンリック様の子かどうか信じられるのかよ。


 爺どもが、ぱあぁぁぁっと「それいいかもしれん」とはしゃぐ中、ビルギット様の祖父にあたるミカル様だけが青い顔をして反対した。


 反対の理由の歯切れが悪い。

 何か隠している人間の反応だ。


 結局、爺どもの話し合いは多数決で二人の縁談を進めることにまとまった。

 呼び出された当の本人たちは抗うことなく決定に従って、ヘンリック様とビルギット様はその場で婚姻誓約書に署名をして夫婦となった。


 決断、早くね? 言われてすぐ「はい分かりましたー」って結婚するもんなの? 貴族って。


 式も披露宴もなし。領民には後日公告しただけだった。


 初夜。

 ヘンリック様は夫婦の寝室には行かなかった。

 そしてずっと青い顔のミカル様を呼んで淡々と言った。


「ビルギットが産む子がこのメルネスの子だ。恋人は慎重に選ばせろ」


 ミカル様は青い顔をしながらも安心したように頷いた。


 ……今日、夫婦になったんだよな?

 メルネス家の後継者はヘンリック様とビルギット様の子だよな?


 それとも、護衛ごときの俺が知らない『やんごとなき事情』があるのだろうか。

 まあ、そうだろうな。深く突っ込むのはやめよう。俺の仕事は護衛だ。


「……全部顔に出ているぞ。ビルギットが子を産めば、その子が後継ぎだ」


 もしかして。

 この人は結婚や後継ぎ問題なんぞただ面倒臭いだけで、いかに労力を少なく問題をやり過ごすことしか考えていないのか?

 自分の結婚だぞ?

 自分の子の血筋の話だぞ?


 おい。兄ちゃんは怒るぞ。


「血の繋がらぬ男を父と呼ぶ子の心はどうするのですか。あなたの子だと思って育つ子は、知れば嘆くでしょうに」


「血の繋がりなど目に見えぬのに厄介でしかないのだがな。……ふむ。ならば最初からきちんと皆にも説明しておくことにしよう。血ではなくこの子が継ぐ子だと」


 いやいや、そうじゃねえだろうよ。


「ヘンリック様が妻となったビルギット様を慈しみ子をなせば、それで良いのでは? なぜ妻の浮気を推奨し、不義の子を自分の子にするつもりなのか理解に苦しみます。……まさか、ご自分も愛人を囲むおつもりですか?」


「結婚しろと言われたからしただけだ。愛人などいらん。ビルギットとの子は無理だ」


 だからそれは何でなんだよ。


()たん」


「……」


 ……その若さで?


「哀れみの目を向けるな。ビルギットには、勃たん」


 なんで限定。

 だから何でなんだよ。

 好みから外れてても、そういうことになったら半自動だろうよ。


 ヘンリック様はそれ以上答えることはなかった。



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