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最終話 私の日常

 

 今日も朝から館には阿鼻叫喚がこだまする。


 三歳の次女のアーネと二歳の三男エーミルが、やれ起きるのがイヤだ着替えるのがイヤだ顔を洗うのがイヤだ歯を磨くのがイヤだ『にいちゃまとねえちゃま』じゃなきゃイヤだと泣き叫んでいるのだ。


 すごい声量ですごい体力だと思う。しかもユニゾン。

 そして飽きない、というか諦めない。


 これはもうメルネス家の伝統なのだろうか。


 これが現在の辺境伯家の朝の風景であり、この声が聞こえてきたらまもなく朝食である。


 朝一から執務を始めている辺境伯はキリの良いところで仕事を置き、朝の読書をしている十一歳の長男は本を閉じる。九歳になった次男と長女は自分の支度を済ませてトテトテとやって来るのだ。


「アーネ、エーミル、おはよう!」


「にいちゃま! ねえちゃま! おはようごじゃいましゅ!」


 ひしっと抱き合った四人は朝の挨拶をして、支度を始めた。


「生き別れの恋人が再会したみたいに、毎朝毎朝よくもまあ……」


 エルディスとカーリンは、アーネが生まれてからすっかり赤ちゃんっぽさが抜けてしまった。時間があれば側にいて、声をかけて遊んでやり、面倒を見てやるのだ。

 二人は赤ちゃん返りすると予想していたのに拍子抜けしてしまった。


 むしろ、赤ちゃん返りしたのは()()二人である。


 私を取られたと感じたのか、辺境伯は夜と朝が半端なくなった。元からとか言わないで。


「若い男の方が良いのか?」


 と、頓珍漢なコトを言い、ロベルトとエルディスにまで嫉妬する始末。


 私は筋肉だるまに囲まれて育ったから、反動で小さくて可愛いものが好きなのだ。子どもたちのぷにぷにのほっぺた、最高か。


「若い女の方が良いの?」


 と、アーネを抱っこしている時に言ってやったら「……いや」と呟いて大人しくなったけど。

 言われた方の「なに言ってんのコイツ」感を少しは味わった模様。


 ロベルトは寂しかった赤ちゃん時代をやり直すかのように、寝る前だけだが、がっつりと赤ちゃんに返った。

 私と二人きりだから問題ない。年齢なんか関係ない。詳細は省くが、思う存分赤ちゃんとして扱ってやった。

 少ししたら気が済んだのか収まったが、逆に私が寂しくなってしまった。


「ささ、支度をしましょう。朝ごはんをいただいて、今日はダーヴィットおじさまたちの結婚式ですよ」


 私がそう言うと、子どもたちは顔を輝かせて支度を始めた。

 子どもたちは優しく穏やかなダーヴィットが大好きなのだ。


 結局、ダーヴィットはこのメルネス領に住み着いた。

 改善されつつはあるが、圧倒的に言葉の足りないメルネス家の『通訳』として、今では辺境伯の片腕と言われるまでになり、なくてはならない存在である。


 優しいけれど頼りないと思っていたのに、私もまた、ダーヴィットのことを見誤っていたのだと知ったわけで。


 そんなダーヴィットだが、本日結婚する。

 誰と?

 なんと、ビルギット様とだよ!!

 しかも逃げるビルギット様をダーヴィットが追いかけたんだよ!!


「自分勝手なのに健気とか……気が付いたらもう墜ちてた」


 って、聞いてもいないのにダーヴィットから惚気られ、大の大人が頬を染める(さま)を見せられた私にどう反応しろと……。


 ビルギット様は辺境伯の一つ年下、ダーヴィットの七つ年上だ。

 ダーヴィットは初婚で、ビルギット様は再婚(本当は再々婚)となるので、ダーヴィットの生家であるアルテーン侯爵家の反対が凄まじかった。それはもう反対された。


 まあ複雑すぎる事情の年上の女性だからご家族の気持ちも分かるけれど、武力行使にまで至ったのには驚いた。

 いわく、侯爵家に対する挑戦だと。


 辺境伯があっと言う間に「ぺい」と追い返したので、大きな衝突にはならなかったけれど、死者どころか負傷者すら出さずに追い返したものだから、あまりの力量の差に周辺領地の領軍がザワついたとか。


 しかも、その時先頭に立った辺境伯も嫡子のロベルトもダーヴィット大好き双子もお揃いの剣帯をしているものだから、ベルツの剣帯が一躍(とき)のアイテムになり、注文が殺到してベルツ領が潤ってしまった。

 元々細々と販売はしていたけれど、今では年単位での予約待ちだ。

 いや、剣帯をお揃いにしたから強いわけじゃないからね。

 気持ちの問題? 左様ですか。


 ちなみに、ダーヴィットは頭脳専門官だ。剣を握れないわけではないが、けして強くはない。


 そんなこんなを乗り越えて、本日夫婦となる二人は国教の教会で式を挙げた後、町の広場で披露宴を行う。ダーヴィットが町の人気者過ぎて、皆がお祝いをしたがったため、無礼講でのお祭りとなったのだ。


 幸せそうに手を取り合う二人を見て、ビルギット様がダーヴィットに捕まった時のことを思い出していた。


「いつも狩る方だったから逃げるのは新鮮だったわ。初心(うぶ)な年下に迫られるのは正直気分が良いものね。ダーヴィットはきっと爺になっても初心なままね。楽しみだわ」


 そう言って眩しい笑顔で笑っていたビルギット様。

 ……ダーヴィットは一生尻に敷かれるだろうけど、何が幸せかは二人が決めることよね。


 式場のアルテーン家側ではダーヴィットの父侯爵と兄二人が滂沱(ぼうだ)の涙を流していた。


 結局、アルテーン家の武力行使の後、国王陛下の仲裁が入り、アルテーン家はメルネス家に謝罪して二人の仲を認めた。


 まあ、ビルギット様がビルギット様であることは皆分かっていることだが、あくまで隣国で商人と結婚して離婚したメルネス家の分家のビルギットであることを受け入れた格好だ。


 なんて言ったって、その後ろには眼光鋭い紫の眼の一族が見ているのだからね。


「シーヴ」


 辺境伯が珍しくモジモジと呼んだ。

 盛装なのに帯剣しているが、似合っているから恐ろしい。剣帯はもちろん私が贈ったものだ。


「最初の結婚も書類にサインをしただけで、シーヴとの結婚も大して考えずに書類にサインをしただけだったが……。式をしなかったのは、良くなかっただろうか?」


 あらまあ。


「ふふ。今更ですね。五人の子どもがいて、六人目もお腹にいて、今更お式もないでしょう。当時要らないと判断されたのですから、もういいのですよ」


 手を握ってそう言うと辺境伯は黙ってしまった。

 イヤミ臭かったかな? 本当にもういいんだけど。

 唯一の心残りの母から受け継いだドレスは、娘たちに着てもらおうと思っているし。


「何年経っても……まだまだ話し合いが足りないな。今思ったことを言ってくれないか? それに、いつになったら、名前を呼んでくれる?」


 おずおずと手を握りながら紫の眼を不安に揺らす姿に、おお……、進化したなぁ、と感慨深く思ってしまった。


 私は「ヘンリック」と呼ばない。

 もしも辺境伯がその事に気付く時が来たのなら、借金のカタに嫁いで『辺境伯夫人』の仕事を(こな)すという、ふて腐れた日々を終わろうと思っていたのだ。


 終わって、ちゃんと真っ直ぐにこの不器用な人を見ようと、賭けていたのだ。


 感情を出さなかった人が、その眼に感情を乗せ、私に愛を()うている。


 愛されていると実感する時は、こういう何気ない日常の瞬間なんだな……。


「ふふ……よく出来ました。もっと年を重ねないと気が付かないと思ってましたが、イイ子にはご褒美ですね」


 そっと触れるだけの口付けをした。


「愛していますよ、ヘンリック。母から受け継いだドレスが着られなかったことは残念に思いましたが、そんなに良いものではないでしょうし、もしカーリンやアーネが良かったら着てくれたら良いなくらいで。それでいいの」


 じっと紫の眼を見て、続けた。


「私はこの日常が続くことが、何よりの幸せです。あなたの隣で」


 いつまでも。

 この目を開けられず最期の息を吐くその瞬間まで、私の日常はそうであって欲しい。


 ここは辺境だから中々穏やかとは行かなくても、常にあなたと子どもたちと共に。


「それが私の日常だったと、最期に言わせてくださいね?」


 納得したのかしていないのか分からない顔をしたヘンリックだったが、深く追及しなかった私よ、愚かだったと言っておこう。


 私の六人目の出産直後に隣国が攻めてきて、やはり「ぺい」と追い返したヘンリック。

 褒美として、凱旋パレードと私との結婚披露を兼ねさせてもらうよう国王陛下に強請(ねだ)り、「お前がそんなこと言うなんて」と大爆笑されながら快諾されてしまったのである。


 はい、王命。


 一人で馬に乗る凜々しいロベルトはマジ格好良い。

 護衛に二人乗りしてもらい、誇らしげなエルディスとカーリンは小さな双子騎士でキュンキュンする。

 屋根のない馬車に乗ってはしゃぐアーネとエーミルは微笑ましい。四人の剣帯を見て、「わたちも!」「ぼくも!」と床に転がって泣いて駄々をこねたようには見えない。切り替えの早い子たちだ。


 私?

 馬車じゃないんだよ。予定どおり馬車に乗り込もうとしたら、ヘンリックに拉致された。

 まだ首の据わらない四男のラーシュを抱いて、念願の母から譲り受けたドレスを着ている私は、横乗りでヘンリックに抱かれながら馬に乗り、壊れた人形のように手を振っている。

 古いドレスが場に負けると思いきや、ヘンリックの剣帯と刺繍が揃っているので、なんとかなってしまっている。


 そんな私の目に光がなくても仕方がないことだと思うんだ、うん。だってコレ、誰得なのさ……。


 そんなことを考えていたら、ラーシュがうんちをして、漏れている模様……。あああああ……。


 私らしいといえば、らしいの、か?







 この先。


 外面イイ子は変わりないけれど、ひとり我慢はしなくなり、隠れて甘えてくる長男と。(尊い)

 デレが覚醒して甘えたなのに世話好きで、たまにツンする双子の次男と長女と。(クソ可愛い)

 わがままだけど引くところは本能で分かるのか人タラシを発揮する、まるで双子のような年子の次女と三男と。(あざと可愛い)

 存在するだけで全てが許される末っ子四男と。(ただただ可愛い)

 無口じゃなくなってデロデロに甘やかしてくる十歳上の夫と。(好き)


 皆と紡ぐ私の『日常』は、波乱万丈だけれど、ずっと続くのでした。



読んでくださり、ありがとうございました。


全十五話、いかがでしたでしょうか。

少しでも面白かったぁ~と思っていただけたら嬉しいです。

。゜+。:.゜(*゜Д゜*)゜.:。+゜


口の悪い女の子と、ツンがデレる瞬間を書きたくて始まったお話ですが、最初は短編で書いていて、二万字超えたところで諦めました……。


あれ? もしかしてヘンリックは帰って来ないのか……? と私自身が思ってしまうくらいヘンリックが全然帰ってきてくれなくて、相当ヤキモキしましたが、無事においしいとこ取りで帰ってきてくれました。


シーヴにちょいちょいもて遊ばれながら、この夫婦は晩年までデロ甘なのでしょう。( ゜∀゜)



それでは、また別のお話でお会い出来ますすように……。


ありがとうございました。

m(_ _)m



【2023.2.18 追記】

皆様のおかげで日間ジャンル別一位をいただきました!

!!ヽ(゜д゜ヽ)(ノ゜д゜)ノ!!

たくさんのお星様といいね! ありがとうございます!!


誤字報告もたくさんありがとうございま。(すみません……)


誤字報告は全て確認しております。

恥ずかしながらの誤字は訂正させていただき、表現についてはそのままのところもあります。

拙いながらも、今の私の精一杯の表現ですので、ご理解いただけたらと思います。


よろしくお願いいたします。


【再追記】

すみません、ビルギットはヘンリックの妹なのに、「一つ上」「ダーヴィットの九歳上」と書いておりました。本当は一つ下で、ダーヴィットとの差は七歳です。

算数が出来ず……。

訂正しております。

ご指摘くださった方、ありがとうございました。



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