第十四話 思いの丈を
「さて」
我ながら凍るような声が出たものだ。
「ビルギット様の話を聞いて、皆様方の一言で分かり合える『あうんの共通認識』とやらと合致されていましたか?」
辺境伯が溜め息をついた。
「ビルギットは妹だ」
……は?
この人は今なんて言った?
「妹だ」
辺境伯が繰り返した。
いもうと? イモウト?
……って、妹!?
「はあああぁぁぁっ!?」
部屋の中は驚愕で包まれた。
ビルギット様本人さえも唖然としていた。
その中で辺境伯とビルギット様の祖父であるミカル様だけは苦虫を噛んだような顔をしていた。
「ビルギットの父親は我が父だ。正確には異母妹にあたる。子が出来ないことに悩んだ大叔父上と息子のイェスタ夫婦が、父と相談して決めたことだと聞いている。……ビルギットとの結婚を一族として進めた時、てっきり私の子は諦めて、妹とは公表していないビルギットと恋人との間に生まれる子を家の後継ぎにする気でいると思って了承したのだが……、その様子だと、ビルギットの出自を知らなかった……のか? さすがに妹と子は作らん」
お歴々が呆然とする中、ミカル様が涙を流し始めた。
「ビルギット……イェスタは、メルタは、お前の父と母はちゃんと話をしなかったのか……?」
驚愕から逃れられずに目を伏せたビルギット様を見て、問いの肯定を見て取ったミカル様は、膝をついてビルギット様の手を両手で握った。私の手ごと。
「すまなかった……っ!! お前はイェスタとメルタの娘だ!! ワシの孫だ!! 子どもが望めないと大人になってから分かったイェスタが子を抱けるならと黙認した。どうしてもどうしてもと二人に懇願されてワシは頷いた……! そんな環境にあったとは……お前が何も知らなかったとは……」
ああ、と言ってミカル様は泣き伏してしまった。
……私の手、どうすればいいの?
そう思っていたら、辺境伯がやって来て膝の上に連れ戻された。
「……我々の結束は強固で、気持ちは通じ合っていたと思っていたが、情報の共有化については出来ていなかったようだな」
辺境伯が渋い顔で認めたので、畳みかけてやった。
「まったくもって言葉が足りません。話し合いも足りません。理解度の確認も足りません。出来ていないようだ、ではなく、まったく出来ていなかったということです。いえ、やっていたつもり? なのでしょうね」
「シーヴ」
だから顔が近いってば。
「お前を愛しているのも伝えたつもり、なのだろうか?」
は?
「……伝わっていないな」
コツン、と額と額を合わせて呟かれる。紫の眼が私を捕らえた。
「お前を愛している」
これ以上ないくらいストレートな言葉を疑えるはずがない。
ぼん。
「……私のことよりも、子どもたちが先です」
辺境伯は笑いながら、真っ赤な顔の私を膝から降ろし、つかつかとロベルトのところに行って抱き上げた。
突然のことに固まるロベルトを片手で抱き直し、もう片手でエルディスとカーリンをまとめて抱き上げた。
危なげなく私のところに戻ってきて、ドガッと三人を抱いたまま座った辺境伯は、ぶっきらぼうに言った。
「血縁的には私はお前たちの伯父だ。だが、生涯父親である。お前たちの生みの母はビルギット。お前たちを命をかけて産んだ。血縁の父親はそれぞれ生きている。興味があるなら会わせよう。シーヴは生涯、お前たちの母親だ。年明けには赤子が増える。生まれた後はきっともっと増える。兄として姉として私たちの子として、やがて父となり母となり良い人生であることを願っている」
そう言って、辺境伯は三人を抱き締めた。
父親からの恐らく初めての言葉に、子どもたちはじわじわと泣き出し、「僕たちは要らない子だから興味ないんだ」、「にせものだもん」、「めがあうとしぬ」と最後は号泣して辺境伯をボコボコに叩き出した。
子どもたちの訴えに、「親子とはそういうものではないのか?」と私に聞いてきた辺境伯に、この人自身の闇も深そうだと悟ってしまった。
きっと、この人の子ども時代は親と関わりなく、言葉もなく、愛情の籠もった視線もなく、淡々と後継者として学ぶ日々だったのだろう。
ロベルトも気が付いたのか、叩く拳が一瞬緩んだが、握り直して続行した。
それでいい、ロベルト。
思いの丈を、全てを受け止めてもらいなさい。
私の時と違って六本の手によるフルボッコは、辺境伯に多少のダメージを与えたようだ。
母の真似? 親子だもの。
私の子どもたちですから。
こうして、メルネス家にやって来た嵐は収束した。
被害は甚大で、亡くなった命に鎮魂の祈りを捧げ、イペントラ川沿いの町の復興に領は総力を挙げて取り組んだ。
ビルギット様の復籍は出来ないが、分家のビルギット・メルネスとしての籍が与えられた。ビルギット様の両親は既に他界しているので、幼少からの思いのぶつけどころはない。それでも祖父であるミカル様が命ある限り寄り添うと誓って、二人一緒にメルネス領で暮らし始めた。
時々、ミカル様の助手として館を訪れては、双子と取っ組み合いの喧嘩をしているらしい。それを側で喜んで見ているミカル様がいて、中々のカオスである。
カオスと言えば、復興現場にダーヴィットがいるのだ。
あの話し合いの場にいたダーヴィットは、「説明されなくても聞いているだけで、自分の独りよがりがよく分かったよ……」と言って項垂れた。
そして何をどう思ったのか、復興現場で働き出したのだ。
「元々僕は家を継がないし、兄の補佐役についてその給金で食べていくつもりだったんだ。雇い主がメルネス家になっても大して変わらないよ」
そう言って生き生きと笑った。
困った人を放っておけないダーヴィットは、元々目配り気遣いが出来る優しい性分だ。
あっと言う間に領の女性たちのハートを掴んで男性たちの妬みを買ったが、私にフラれたと知られると、「辺境伯が相手じゃな……」と男性たちの同情を誘い、一気に懐に入っていった。
イヤ、フラれたの私だし。
辺境伯はやっぱり川に流されて中身が入れ替わってしまったんだと思う。……帰還して以来、皆の前でも私にデロ甘で困る。ほとんど口をきいていなかったのに、この落差はなんなんだ???
あと、ダーヴィットにわりと当たりが強いけど、何度も言うが私がフラれたんだけどな? 皆、古傷を抉るよね……。
「まま」
ソファに座る私を正面から抱き締めるようにカーリンがお腹に顔を埋めてきた。少しだけふくらんできたお腹に耳を当てるのが好きらしい。
「……まま」
エルディスは恥ずかしいのか人前では「ははうえ」と呼んでくるが、私たち親子しかいないと甘えてくる。
エルディスを隣に座らせ頭を撫でて頬を撫でる。
最高か。
そこにロベルトが来た。
あの家出の時。
ロベルトは鞄に着替えと小遣いと私が贈った剣帯を入れていた。
私の剣帯を連れていってくれようとしたのだ。
慌てて準備して、剣は忘れていったのに。
それを聞いて涙が止まらなかった。
息子が愛おしくてたまらない。
ロベルトが無言で空いている私の隣に座ったので、頭を抱いてやる。なされるがままのロベルトの旋毛にキスを落とした。
最上か。
「カーリンも!」
「ぼくも!」
ここにデレの至高たちがいる。
チュッチュして、皆で支度をすることにした。
今日は双子の誕生会なのだから。
剣帯? ちゃんと三人分、間に合いましたよ!
頑張った、私(の指と針)!!




