第十三話 覚悟を持って
帰りの馬車の中でひたすら嘔吐き吐き続けた私を見た双子が、「まま、しんじゃやだ」と張り付いて離れず、ロベルトさえも私の袖を掴んで離れなかったので、いつものように四人で湯に入った。
デレたちとの湯浴みは最高だったとだけ言っておこう。
さっぱりして全員でミカル様の診察を受け、全員怒られた。
家出した子どもたちは分かるが、何故私まで。あ、自分で行くな? 行くわよ、我母ぞ?
イペントリ川に流された者のうち、辺境伯を含めた十人は固まって流され、流れてきた戸板などにしがみついて命からがら助かったという。
その他の者たちは、今のところ見つかっていない。
辺境伯は身を調えるよりも先に、避難所となっている広場に向かい、領民に帰還を知らせた。
行方不明者の欄に書かれた『ヘンリック・メルネス』に自ら線を引き、一日も早い復興を誓うと、領民たちは心から安堵していた。
さすがの存在感だった。
金もなく食料もなく、流れ着いた先は争っている隣国の領土内。命こそ助かったが、存在を気取られないように潜伏しながら少しずつ進んでいたため、知らせを出すことも出来ずに時間がかかったという。
やっとのことで国境を越え、騎士たちと合流することが出来たが、自分たちを探している捜索隊と思いきや、領主一家がイペントリ川の避難所から領主館に戻る途中で消息を断ったといい、そのまま捜索隊の指揮をとっていたとのこと。
湯浴みと診察の後、そんな説明を辺境伯から聞いている私だが、おかしいことがある。
まず、メンツがおかしい。
メルネス家のお歴々方は分かる。当事者のロベルトとエルディスとカーリンも分かる。ビルギット様とダーヴィットがいるのはなんで?
そして、私は辺境伯の膝の上にいる。
これ、なんで???
当たり前のように膝の上に座らせられた私が混乱していると、みんな私から目線を絶妙に外して何事もないような態度なの、なんで???
「何度も同じ話をするのは面倒だ。一度で済ませる」
それ、私を膝の上に座らせる理由じゃないよね?
「流されて連絡も取れず帰るのに時間がかかったのは説明したとおりだ。その間の説明を」
メルネス家のお歴々と家令が端的に対応を説明すると、辺境伯は「それでいい」と全肯定した。
「で、お前は何でメルネスに戻ってきたんだ? あっちで一緒に逃げた男に逃げられて商人と結婚したんだろうが」
辺境伯がビルギット様にそう話しかけた。
え、男と逃げたのに男に逃げられて別の人と結婚? ……バイタリティ有り過ぎじゃなかろうか。
「別れたわ」
一言で終わったよ。
絶対一言で言い尽くせないはずだよね!?
「戻ったところでお前の籍はもうない。お前はただのビルギットだ。大叔父上と相談して身の振り方を考えろ」
ビルギット様は「相変わらずね」と溜め息を一つついた。
「あなたが若い後妻をもらったなら子どもたちはもう用なしでしょう? 今後ぽこぽこ生まれそうだわ。……三人は私が連れて行くわ」
ロベルトとエルディスとカーリンが一斉に私を見た。
ぽこぽこ……産めるかどうかは分からないけれど、とりあえず一人は産むわよ。
だって、今お腹にいるもの。
お腹に手をやった私を見て、ビルギット様は気が付いたようだ。
「あら……、懐妊しているのね。おめでとうヘンリック。あなたの正統な後継ぎの誕生ね」
この人は。
悪気がないのに、天然悪意の塊だな。
子どもたち三人には正統性がないと言って手放させるつもりか。
誰が我が子たちを手放すものですか。
戦闘態勢に入った私の腰に回された手に力が入った。
「本当か?」
耳元で囁かれた言葉に気が削がれてしまった。喜びを滲ませた声だ。
膝の上に乗っているから近いのよ顔が。
「年明け頃に生まれます」
辺境伯は「そうか」と言って私をぎゅうぎゅうに抱き締めて額に口付けを落とした。
コノ人、誰デスカ?
川に流されて誰かと中身が入れ代わったんじゃないの……?
そう私が混乱している中、辺境伯は高らかに言い放った。
「祝いだな。我が家の第四子が誕生するぞ」
第四子。
そのたった一言で、すべての懸念を払拭してしまった。
子どもたちは『我が子』であり、長男はロベルト、次男はエルディス、長女はカーリンであり、手放すつもりもないことを。
「そう」
ビルギット様がそう言って少し寂しそうに笑った。
辺境伯の一言で納得したよ。
メルネス一族は一言しか話せないのか?
行間を読みすぎて、圧倒的に言葉が足りないんじゃないの!?
案の定、ロベルトはなんとなく分かってホッとしているが、双子は不安がって固まったままだ。
仕方ない。掘り起こしますよ。しなくちゃコレ進まないやつだよ。
「ビルギット様は、辺境伯と結婚が決まった時、どのようなお気持ちでしたか?」
「……なによ、いきなり」
超警戒しているわ。
「あのですね。お二人と皆さんはなんか納得して終わった感出していますが、メルネスに馴染みの浅い私ではメルネス流の『一言で察する』ことは難しいのですよ。お互いが納得したつもりでも、答え合わせのつもりでお付き合いくださいませ。で?」
少し考えて、ビルギット様は話し出した。
「私は父の子ではないの」
そしてぶっ込んできた。
相変わらずの勇者ぶりだ。
何食わぬ顔をして思い出しながらなのか、間を開けながらも続けた。
「本当の父は知らないわ。父は私を大切にしてくれたけれど、どこか預かり物を大切にするようで。母は父の子でない私をいつも『仕方なく産んだ子』だと溜め息をついていた」
ミカル様が「そんな」と呟いたが、今は無視する。
「自分の存在がいつもふわふわしていて、殿方との寝台でだけは一対一で存在が固定された気がしたわ。まあ、そんなことしていたら婚期を逃すわけだけども、それで良かったのよ。仕方のない子の産む子はメルネスにはもう要らないの。私は子を産む以外は役目はないのだし。……なのにヘンリックと結婚しろと言われて一族はどういうつもりなのかと思ったものだわ」
ふふふ、とビルギット様が笑った。
気持ちを吐露して、少しずつ肩の荷を降ろしているかのようだった。
「当主に嫁いだら子をなさないわけにはいかない。ちゃんと覚悟して嫁いだの。けれど、ヘンリックは私を一度も抱かなかった。最初はなぜだか分からなかったけれど、ああ、私が産む子だったらそれでいいんだと思い至ったわ。私にもメルネスの血は流れているもの。子を産めばいいだけだったら、勝手に孕んでこいってことね、って。ヘンリックは私が妊娠した時も産んだ時も何も言わなかったから、ああ正解だわ、と思ったわ。だから三人産んで、もう、私はいらないでしょう? ちゃんと出て行ったわ」
メルネスのお歴々が動揺していた。
海千山千の爺どもが、隠しきれないほど動揺していた。
自分たちが差配した結果を、今、突きつけられているのだ。
……ビルギット様が逃げた時点で、なんとも思わなかったのかよ、爺どもは。
「……仕方なく生まれた私と関わっても良いことはないわ。子どもたちとはなるべく関わらず離れたけれど、忘れたことはなかった。ヘンリックが再婚して、子どもたちが再婚相手に懐かずに偽物と呼んで上手くいっていないという話を聞いて、……なら、私が産んだのは本当なのだからと思って戻ったの。……雨がものすごくて、イペントラ川がいつもと様子が違って。小さい頃から見てきた川だもの。異常はすぐに分かったわ。これは大変なことになると思っていたら、ヘンリックたちが来たの。話しかけようと近づいた途端に川が氾濫して。ヘンリックは私を突き飛ばして、あっと言う間に流されていった。……なんで私を庇ったの?」
話のきっかけを得て止まらなくなったビルギット様が、顔を上げて辺境伯を見た。
「……いたか?」
しん。
ち、沈黙が痛い……。
この人はこういう人だよ……っ!!
その一言に目を見開いて、力なくビルギット様は笑った。
ああ、もう!!
やっと話してくれているのに!
辺境伯をひと睨みして、私は聞きたかったことを真っ直ぐに聞いてみた。
「仕方のない子ではなく、領主夫人として、母として望まれた存在になれると思って、戻ってきたのですね?」
私の問いに、はっきりと肯定した。
「そうね。違ったけど」
私は辺境伯の膝から降りて、ビルギット様の横に座り、泣き笑いのような苦笑いのビルギット様の手を握った。
この人には辛いかも知れないけれど、どうか子どもたちのために、答えて欲しい。
「あなたは、ロベルトとエルディスとカーリンを仕方なく産んだ子だと思っていますか?」
「思うわけないわ。この私が覚悟を持って産んだ子どもたちよ」
三人は望まれたメルネス家の子だと、そう言ってくれたビルギット様を私は抱き締めた。




