第十二話 おいしいとこ取り野郎
私は一息吐いて、皆に向き合った。
「幸い道具はあります。岩を割りましょう」
あるか分からない他の出入り口を探すよりも、目の前の岩を砕いた方が早いだろう。
私がそう言うと皆不安な顔で「こんな大岩どうやって」と呟いた。
そうだよね。
そう思うよね?
でもね、私は鉱山で育ったもんで、石を砕くのは日常茶飯事だったのだよ。
石目を読めればハンマーで割れるし、小さい石を一打で割ってよく遊んでいた。
岩はでっかい石、なんとかなると思う。
ただ、外側の状況がまるで分からないのが痛手だ。岩の上も土砂で埋まっていれば、岩がなくなることで土砂が流れ込んできてしまうかも知れない。
でもその頃には帰らない私たちの捜索隊がたどり着いてくれているだろう。
ここの指揮官は私。
恐れずに迷わずに導くのが役目だ。
子どもたちを連れて岩に近寄り、土を払って石目を読んだ。うん、地下で遭遇するとルート変更せざるを得ないクッソ硬い岩とは違う。時間はかかっても割れそうだ。
道具はノミと楔とハンマー。
そして幸運はここにも。
私たちから見て右寄りに綺麗な縦の石目があった。もし石目が真横だったら、割っても内側から岩を動かすのは難しかっただろう。石目が斜めか縦でなければ、労力をかけて割っても無駄に終わる可能性が高かった。
ツイテる。
綺麗な縦の石目を目当てに、男たちに打つ場所を指示する。
一気に割れると割れた石に押しつぶされることがあって危険だが、岩は入り口に覆い被さるようになっている。倒れるとしたら外側か横だろう。
ノミで楔を打つ分の穴をまず掘る。コレが一番時間のかかる作業だ。
男たちに根気良くやってもらうしかない。
私の護衛も「やれることはやれるうちにしましょう」と賛成してくれた。ベテランの一言が後押しになった。
カンカンカンカン……。
男たちと護衛たちが交替でハンマーを振るっている。
上下一直線上にノミで十の穴を開け、楔を入れて順番にひたすらハンマーで叩いている。
皆が持っていた水と携帯食を少しずつ口に含んで、作業をしていない者は肩を寄せ合って休んでいる。
作業開始から既に数時間は経っており、閉鎖空間での作業は疲れと共に綱渡りのような緊張感を孕んでしまっていた。
ロベルトと双子も座る私の脇で外套にくるまって眠っている。
起きていると緊張に耐えられないのだ。
ぽつりぽつりと話していた者も、皆、口を閉ざした。
身体的にも精神的にも皆の限界が近かった。
どうするか。
今から別の出入り口を探す?
子どもたちに歩き回る体力はもう無い。
私も、たぶん無理だ。
ひゅっと喉が締まった。
判断を誤った?
焦るな。
お父様も山の皆も言ってたじゃないか。
坑道でもしも閉じ込められたりけがをしたりして脱出出来なくなっても、決して諦めるなと。冷静に自分が出来ることを見極めて、やれるだけやったら、後は仲間を信じろと。
カーン、カーン、コォーン……。
ハッとした。
楔を打つ音が今までよりも低くて鈍い音になった。
他の者は気が付いていないのか、変わらずにハンマーを振るっている。
もうすぐ割れる。
「打つ人以外は離れて。音が変わった。岩に割れ目が入ったんだわ。もうすぐ割れる」
男たちがハッとして私を見た。
……もう、意識せずに気力だけで腕を動かしているのだ。
男たちのリーダーが自分でハンマーを持ち、他の者は奥へと下がった。
一打一打慎重に打って、十五打目。
楔から楔にかけて一直線に岩が割れた。
指三本が入るか位の隙間の向こうから、新鮮な空気と光が差し込んできた。
もう、朝になっていたのか。
皆一瞬、希望に心震えたが、この隙間では人は通れない。
皆が沈黙した。
よろよろと割れ目に近付いて、向こうを覗き見る。岩の奥行きは私の身長くらいあって、押したくらいでは動きも倒れもしない。
岩を動かすか、倒すか、また細かく割るか。
男たちに、岩を割る同じ作業をもう一度する体力と気力は無い。
仲間を信じて、待とう。
そう言うのは簡単だが、それを生きる縁として信じさせることが私に出来るだろうか。
言うべき言葉が見つからないでいると、声がした。
あまり聞いたことがないのに、ひどく安心する声。
「よくやった」
隙間の向こうが陰った。
子どもたちと同じ紫の眼と目が合った。
「全員離れていろ」
その声は不思議なくらい良く通り、その場に固まる私を護衛がそっと奥に誘導した。
外が騒がしくなった。
そう思ったら、「せーのっ!」というかけ声で右片方の岩がドシンと倒され、土煙が辺りに舞うと同時に人がわらわら入ってきた。
あっ。
という間に閉じ込められていた全員が外に救出された。
雲が美しい抜けるような青空を見上げ、呆気ない危機の終わりに腰が抜けてしまった。
捜索隊の騎士たちの中に、泥だらけのひげもじゃが十人ほど交ざっていた。
その内の一人、紫の眼をしたひげもじゃが腰を抜かした私をおもむろに抱き上げた。
馴染みのある抱き方。
生きてた。
生きてた。
生きてた。
生きてた……!
帰ってきた。
助けてくれた。
来てくれた。
大変だった。
水害はあるわ辺境伯の行方は知れないわ幽霊は出るわダーヴィットは来るわ子どもたちは家出するわ真のデレは覚醒するわ岩がピンポイントで降ってきて閉じ込められるわ頑張って岩割っても脱出出来ないわ。
ぶわっと涙が溢れてきて止まらない。
ひげもじゃの辺境伯は私を抱き上げたまま器用に背中をさすってくれた。
そんなんじゃ誤魔化されねぇからな。
生きて帰ってくれた喜びや助けてくれたお礼よりも、私の口から出た言葉は。
「諸悪の根元野郎……。最後のおいしいとこ取りかよ……」
辺境伯は目を見開いて破顔した。
「言葉が戻ったのか。お前の可愛い声は、夜、私だけのものだったのに」
子どもの前で何を言うのかな!?
声は出るんだよ……言葉が出ないだけで! 卑猥かよ!!
ポカポカ拳で胸を叩くが、胸板が厚すぎてノーダメージじゃねぇか。むしろこっちが痛いわ、ちくしょうが。
「岩を割ったのは良い判断だった。割れてなければテコでは倒せなかった大きさだ」
よくやったと褒めても許さないもん。
こうなったら服に鼻水を付けてやると肩口に顔を埋めてグリグリするが、……これ、私の顔に泥がついたよね……。
そして気にしないようにしていたけど、無理だ。
「……臭い」
「ああ、隣国まで流されてしまって、見つからないように森に潜伏しながら戻ってきたからな。汗と泥まみれだ。すまん」
何日か鉱山に潜った兄さんたちと同じ匂いがする。
慣れているけれど、臭いものは臭い。
特に今は、我慢が出来ない。
「臭い~……おぅっ」
一度気にしてしまえばもうダメだった。
嘔吐いた私に慌てた辺境伯だったが、どうすることも出来ずにその身で全てを受け止めた。
すまぬ。
そんなこんなだったから、ビルギット様とダーヴィットをはじめとした周囲が「なによアレ……」、「ベタ惚れじゃん」と呟いていたのには、ついぞ気が付かなかった。




