【抄録】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬
抄録:抜き書き。
本作では、試合および物語のハイライトを指す。
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パキィン!
小気味よい音が地下通路にこだまする。槍の穂先が天井に跳ね返る。
地を這うほど低い姿勢から繰り出された《化け烏》が、その小さな顎を満足げに開く。
地吹雪のような戦慄が、浪馬の顔を叩いた。
鉄芯入りの槍の柄を、まさかハサミで切り飛ばすとは。
断面は斜めに走っている。大鋏の形状変化以上に、突き込んだ威力を逆用された。まんまと誘われたのだ。
「……さッすが、バケモン。
やってくれンじゃねーか、蓮葉ちゃんヨ」
凍てつく汗を振り切るように跳び退り、その身を翻す。
槍の穂先が床に落ちるより早く、浪馬は駆け出していた。居並ぶ石柱を追い越し、一目散に突っ走る。
「えっ。逃げた?」
たつきが疑ったのも無理はない。蓮葉に背を向け、全力疾走する浪馬の姿は、誰の目にも敵前逃亡である。策があるとは到底思えない。
それを否定したのは、洋と烏京の二人だ。
「やっぱりか」「ああ──やはりな」
「ちょっとあんたたち、わかってるなら教えなさいよ!」
うなずきあう二人にたつきが癇癪を起こした、その時。
耳を聾する咆哮が、曽根崎地下歩道を震わせた。
生ある獣ではない。二灯式の眼と鋼の心臓を備えた、機械のそれだ。
「あれが、八百万の奥の手ってことさ」
遠吠えの正体は、浪馬のまたがる族車──改造バイクだった。
右手でアクセルをふかしながら、浪馬の左手がバイク後部を探る。
孔雀もかくやという飾り羽根を一本引き抜くと、一振りで伸長させる。
予備武器だ。装飾に偽装したそれを、バイクに積んでいたのだ。
新たな槍を左に構え、浪馬は通路の先の蓮葉を見やった。
蓮葉は浪馬を追っていない。元の位置で立ち上がり、《化け烏》を構えている。
彼我の距離、実に30メートル。
「そんじャ、第2ラウンドと行こうじゃねーノ」
ドルン! エンジンが猛り、バイクが飛び出した。
左手は槍を握っている。クラッチは使えないはずだが、バイクは滑らかにギアチェンジし、速度を上げていく。
《ノークラッチ・シフトアップ》。高度なライドテクニックの一つである。
バイクこそ族車仕様だが、浪馬のテクは素人レベルではない。
十分に加速した騎馬武者──いや機馬武者が、間合いを突破する。
雄叫びを上げ、浪馬は槍を繰り出した。
すれ違いざま、穂先の残像が踊り、《化け烏》を握る蓮葉に殺到する。
連突きの技量は、やすやすと凌がれた先刻と同じ。
だが、馬上の技には馬の力が加わる。ましてやそれが機馬となれば。
桁違いの威力と切れ、速度。加えて高速移動による手元と穂先の変化。
戦国時代にすら存在しない、まさに新時代の連撃は、交差の一瞬で無数の火花を散らし、地獄のような残響を置きざりに、蓮葉の横を通過する。
「マジかよ、ゼンブ受けやがッた! ウケるゥ!」
《化け烏》のぶ厚い刃が震えている。とっさに大鋏を逆立て、防御したのだ。
「想像以上に厄介だな、あいつ」
洋が思わずつぶやいたのは、その《化け烏》故だ。
幅広の刃を開いて上半身に翳せば、鋏は《X》字の盾となり、堅固な防御力を発揮する。
しかしそれは、攻撃力と引き換えに得たものだ。刃を上に向ける以上、反撃は捨てたに等しい。
一合と打ち合わず忍野の二刀流を見極めた蓮葉が、機馬を駆る浪馬に、一方的な防御を余儀なくされている。
耳障りな音とゴムの焦げる匂いをまき散らし、バイクが反転した。
機先を返した浪馬が、再び、蓮葉に突っ込んでくる。
しかし、いち早く蓮葉が動いた。
傍らの石柱の陰に飛び込んだのだ。直進する浪馬の死角へと。
石柱に背を当てた蓮葉が、《化け烏》を横に、浪馬が通過する方向に向ける。
洋の目に映る蓮葉に動揺はない。無表情に首を刎ねる《畔の水妖》だ。
勝負は柱の横を浪馬が通過する一瞬。その刹那を、どちらが制するかで決まる。
「あぁン? カクレンボかヨ、蓮葉ちゃん。
どうせ遊ぶなら、もっと大人のアソビにしよーゼ!」
蓮葉の隠れた石柱が右手に迫る中、ニヤリと笑う浪馬。
バイクの上で槍が円を描く。
二つの異常が、観衆に息を呑ませた。
繰り出されたのが、刃のない石突の方であること。
そしてその向かった先が、蓮葉ではなかったことだ。
「ソーユー悪いコには、オシオキだゼ──ッ!」
人馬一体の神通力を込めた一撃が、蓮葉の潜む石柱に叩き込まれた。
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